よく晴れた平日の昼間、俺は外へ出かける。遊びに行くというと、語弊があるかもしれない。そうそう毎日遊ぶ友人がいるというわけでもない。ただ、仕事が夜中心であるのも相俟って、俺は昼間によく眠る。昼の光の下だとよく眠れない人の方が多いらしいが、俺は闇の中で静かに眠るよりも光の中で温かさを感じる方を好む。
学生時代もよく眠れなくて、夜中に友人宅へ押しかけては遊び倒した。ほとんど眠らずに学校へ行き、授業中に机に突っ伏して眠る。それはとても幸福でかけがえの無い時間だ。何物にも代えられない時間だ。
店の近所の公園のいつものベンチに座って、一本だけタバコを点ける。軽く吸って、ふっと吐き出す紫煙の向こうにはいつも、小学校へ上がる前の子供やそれを見守る親たち、散歩に来た年寄が集う。
俺には縁の無い、穏やかで、温かい世界がある。
そこにあるのはいつも同じでなく、いつも違う事が起きる。
「へぇ~」
道の向こうにソレを見つけて、いつにもまして俺は驚いた。
(珍しい…)
心から喜んで、また紫煙を吐き出す。
何が珍しいって、まず俺の友人がここを通ること自体が珍しい。あいつはイマドキ貴重なくらい真面目な教師で、休日を返上してまで課外授業やらなにやら行っている。だからまず、ここにくるワケがない。
でも、あんな目立つ長身と髪を俺が見間違えるハズがない。職業柄、一度会った人間の顔も名前も忘れないし、あいつとは一度や二度の仲じゃない。
腐れ縁といったところか。小学校から、今までずっと続いてる友達はあいつぐらいしかいない。
いつも眉間に皺を寄せ、気難しい顔で難しいことを考えて、何にでも理由をつけようとする。笑うことが滅多に無く、相好が崩れるのはピアノの前と酒のまわった時。他の時は俺もない。疲れないかと聞いたら、本人に自覚は無いときている。
うちの客連中にも、あのピアノの前でだけ見せる笑顔は好評なんだけどな。ただ座って酒を飲んでいるとあまりに笑わなすぎて、いつか笑い方を忘れるんじゃないかと心配していた。
まぁ大声で馬鹿笑いした日には、天変地異でも起こりかねないけど。
目の前を歩く男は別人ではないかと、一瞬疑う。そこにいるのは、あの貴重な笑顔を大安売りしている友人、氷室零一だ。しかも、驚くほどに優しい顔で一緒にいる相手を見つめ、少年のように頬を染めている。
そうさせているのは、十六歳ぐらいの零一の教える高校生ぐらいの少女で、隣りで一生懸命長身の零一に話しかけている。何故かスーツ姿の彼とは不似合いに可愛らしい格好である。揺れるピンクブラウンの髪を肩より少し上できちんと切りそろえ、背筋をピンと張っている姿は年以上にしっかりとした印象を与える。ここからだと、彼女が向こうを向いていて顔まで確認できないのが残念だか、ちょこまかしていて小動物を連想させる。
いるだけで空気を柔らかく、朗らかなモノに変えてしまう。そんな気がした。
「よかったな、零一」
タバコを灰皿に押しつけて消し、俺はベンチに横になった。見ている方は変えずに。
不器用な友人がこれから先もひとりでいるのかとおもうと、少し不安だった。俺は別に世渡り上手だし、どこでも誰とでもやっていけるからいい。だか、あいつは不器用で、自分の気持ちにさえ気づけないような男だ。だから、それを支える人間が必要だ。
今、一緒にいた相手がそうなるだろう。そのときは、心から祝福してやろう。
――あの様子じゃ、次に店に来たあたりで勝手に話すだろう。その時、俺は今日のことをどう切り出してやろう。
そんなことを考えながら、俺は陽だまりの中に意識を溶かしていく。
――さぁ。この小さな愉しみをどう料理しようか。
零一の氷壁を壊すのはどんな女かと思ったが、彼女はごく普通の少女だった。
ある日、ひっそりと開かれたドアの向こうに彼女はいた。もちろん、一人ではない。
「よう、零一!…あれ?珍しいな、デートか?」
たとえ遠くからでもわかる。零一をただ一人、笑顔にさせるコトのできる少女だ。
あの時とは違うが、やはり大人し目で少女らしい服装をしている。顔は特別可愛いとか美人などというわけではないが、年相応らしくみえる。
俺の言葉にうろたえたのは案の定、零一で。彼女のかすかに微笑む姿がその長身に庇うように隠される。別にとって食ったりしないって。
「くだらないことを言うな。私の生徒だ」
信用しがたい無理に堅く作った表情はもう、肯定しているようなモノだ。やはり、素直じゃない。
いつもの零一の席に二人を案内しながら、彼女を盗み見る。こういう場所は初めてなのだろう。店内を見まわしながら零一の後をあの時のようにちょこまかとついて歩いている。
「へぇー、生徒ねぇ…。オーダーは?いつものでいいか?」
テーブルにつく彼女を確認してから、零一も向かい側に座る。エスコートするにしては、及第点だ。慣れていないのだから、仕方ないのだろうが。
「生徒の前でアルコールを飲むわけがないだろう。レモネードだ」
そうくるだろうとは、思ったよ。でも、彼女に選択権はあるのだろうか。
「じゃあ、生徒さんは?」
「レモネードを2つだ」
彼女の瞳に残念そうな顔が浮かぶ。まぁ、未成年に俺も酒を出すわけにはいかないからな。仕方ないか。
「はいはい…」
しかたない。せめて俺が作ってやるか。
俺がテーブルを離れると同時に、少女が話し出す。思ったよりも高い声ではないし、低いという訳でもない。万人に心地好い良い声だ。話す言葉も溌剌としているし、言葉の端々に零一と同じような気難しいモノを加えて話す。なのに、零一とは違って、素直に理解できそうに思えるから不思議だ。
内容は、今日のデートのことか?
あいつのことだから、ドライブぐらいしか連れていってなかったりしてな。
考えて、ありえそうだとほくそ笑みながら、レモネードを運んだ。少女は礼儀正しく礼を言って受け取る。零一には、まぁ、いつものようにグラスを滑らせてやり、俺は彼女の隣りに座った。
とたんに顔が不機嫌になる。さっきまでの情けないくらいの笑顔の大放出はしないのか。
「それにしても、零一がこの店にカノジョを連れてくるとはね…。雪でも降るかな?」
わざといってやると、今度は不満を隠すようにレモネードに口をつけた。目だけでこちらを警戒しているけど。
「…何度も言わせるな。私のクラスの生徒だ」
その様子で言い張るのは説得力がないがな。たぶん、俺にからかわれるのが面白くないんだろう。気にしなくてもイイのに。
「ハハハ!…ねぇ、生徒さん。こいつ、教室でもこの調子?」
彼女のほうはというと、ひたすら零一しか目に入っていない様子。俺の方を向きながらも、視線はしきりに零一を気にしている。
「えーと、大体そうです」
返事も上の空。まったく、これで付き合ってないわけないだろ。
見えているのはお互いのことばかりで、なのに互いの気持ちに気づいていないのか。変なカップルだよ。
不器用な零一の数少ない理解者とちゃんと出会ったのはこの時だけど、二人の知らない出会いはおそらくあの公園から始まっていた。
これから先、ずっと二人を見続けていられればそれでいい。
そう、思っていたのは真実本当の気持ち――。
空気が不穏~っ(笑
テーマ『出会い』
…マスターからの一方的な主人公との出会いを書こうとしたんですが、少し(少し?)ズレた気がします。
先生と主人公は社会見学中だったと思ってくださいっ。
マスターは…まだまだダメだなぁ…(くすん)。
完成:2002/11/28