幕末恋風記>> 日常>> 慶応四年睦月 15章 - 15.4.1-隊士稽古

書名:幕末恋風記
章名:日常

話名:慶応四年睦月 15章 - 15.4.1-隊士稽古


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.10.18
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4055 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(112)
山崎の心配、永倉と喧嘩
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p.1

 屯所の屋根の上で初日の出を見た。闇を押し上げて徐々に白みゆく、新たな年の喜びに心が打ち震えるのを感じて、自分の両肩を掻き抱く。これから後どれだけこの夜明けを迎えられるのかなんて、久方ぶりに考えた。そして出てくる結論は、結局の所。

「なるようになる」
 といった、明らかに投げ出したような案で、これがやっぱり今の私らしいと自分でも笑いが零れるのだ。昔の私ならなんのためらいもなく出てきたこれが、ここ最近は随分と重かった気がする。それだけ、私が深く考えすぎていたと言うことだろう。

 結局のトコ、定められた運命を変える時ってのは「なるようになる」ぐらいに明るく吹っ切っていかないきゃどうにもならないことが多いのだから。そして、吹っ切ってしまえば後は悔いの残らないように精一杯やれることをやるしかないし、それしか出来るコトなんてないのだ。

「やっと、この日が来た!」
 年が明ける前から、屯所内の至る所でこんな噂を聞くようになった。新選組が待ち望んでいた薩摩討伐ーーいや、報復の機会がとうとうやってきたからだ。でも、その声を聞く度にどうしてか広がる不安は隠しようもなくて、どうしても私はその中に混じることが出来なかった。

 そもそも新選組がここまで薩摩を憎むことになったのは、あの油小路での御陵衛士との戦いが原因だ。そして、こうなるとわかっていながら阻止できなかったのは、自分だ。それが自分の驕りだとわかってはいても、悔やみきれない。

「またそんな顔してる~、可愛い顔が台無しよ。葉桜ちゃんっ」
 いきなり目の前に出てきて人の両頬をつまむ山崎を前に、深く深~くため息をつく。葉桜の様子に山崎も眉を顰め、手を離して、隣に座り、肩を抱き寄せた。

「何度も言うようだけど、」
「わかってる。私のせいじゃないって言いたいんだろ」
「分かってるならどーしてそんな顔してるのよ~?」
「…頭で理解するコトと感情ってのは別だろ…」
 こちらからも体重を預けて、目を閉じる。人の鼓動の音は、いつだって優しく私を癒してくれるから。

「…烝まで無くしたくない…」
 聞こえるか聞こえないかの呟きに、強く肩を抱かれる。

「アンタ、少しはアタシを信用なさい」
「信用、してるに決まってる」
 生きている人の中では誰よりも信用しているから、だからいなくなったらと思うと怖くて仕方がないんだ。山崎までいなくなったら、私はどうやって生きていったらいいのかわからなくなりそうだ。

 山崎はひとつ大きく息を吐いた後で、ぐいと葉桜の顎を持ち上げた。まっすぐに通じ合う視線と、迷い無い言葉が混じり合う。

「アタシだって、葉桜ちゃんを信用してるわ。だから、アンタの得意な約束といこうじゃないの」
「え?」
 顎から手を離し、山崎が白くて長い小指を葉桜の少し焼けた肌色の小指に絡ませて囁く。

「そうね。二人とも、生き抜くこと、を約束しましょ?」
 涙を堪え、額を合わせて囁く。

「決して諦めないで。私も、諦めないから」
「ふふふ、このアタシを誰だと思ってるの。葉桜ちゃん?」
「ふ。山崎烝、私の大親友だよ」
 だからこそ。

「諦めないって、約束だからねっ」
 精一杯の笑顔で誓った。この親友だけは絶対に失うものか、と。



p.2





 屯所内によく通る叱咤の声が響き渡る。誰あろう、怪我の完治した葉桜である。これから始まる「鳥羽伏見の戦い」に向けて、隊士らを特訓中なのだ。普段はどちらかというと穏やかな葉桜のこの豹変ぶりは、ある種沖田の指導よりも怖いとの評判である。

「次っ!」
「はい! お願いしますっ!」
 向かってくる相手に一切の手加減も甘さもなく指導してゆく。ただそれだけのことなのに、へばる男のなんと多いことか。

 ひととおり剣を握る気力のなくなった者たちの中心で、以前のように口端をにやりとあげて笑う。それは真実を隠すための笑顔だが気がつくものはないだろう。

「まったく、近藤さんと総司がいないだけだってのに、何を腑抜けてんだ? そんなんで新選組を名乗れると思ってるヤツはこの私が根性叩き治してやるよっ」
 沖田と近藤が襲撃され、近藤と葉桜が負傷したことは、少なからず隊士たちの心の中に不安を残していた。その状況で薩摩と喧嘩できるとわかって喜んでいるように見えても、結局のトコで一時的な士気の高揚と言わざるを得ないだろう。だけれど、だからこそ今葉桜がやらなければならないコトは決まっている。

「誰だよ。葉桜さんが怪我して、弱くなるなんて言ったヤツは…」
「俺じゃねーよ。つか、前より強くなってね?」
「前から思ってたけど、やっぱり葉桜さんは女じゃ」
「私が、なに?」
 背後から囁きかけると、こそこそと話していた隊士たちがびくりと体を震わせる。おそるおそる振り返る男たちが見とれるほどに、綺麗に葉桜は笑ってやった。

「元気余ってるみたいだね。さー、稽古を再開しようか!」
 首根っこを掴んで、無理矢理引きずるわけでもない。別に逃げようと思えば、いくらでも逃げ道はある。だけど、隊士たちはどこか逃げられないと観念した面持ちで葉桜を見上げていた。

「お、いたいた」
 そこへ原田と永倉、それに斎藤がやってくると、とたんに場が砕けたものになる。

「お、俺、斎藤先生に教わってきますっ」
「俺は原田隊長に!」
「あ、永倉隊長っ」
 口々に離れてゆく隊士たちを温い眼差しで眺め、葉桜は上座横の柱に背を預けた。

 これから幾度ここにいる者たちと笑い合えるだろうか。これから幾度こうして稽古出来るだろうか。残された限りある時間というのは新選組だけではない。葉桜自身にも時間は、ない。

「オメー、少しは手加減してやれよ」
「永倉が相手してくれるのか? いやー、助かるなぁ」
「やらねぇよ」
「この際だから、真剣にどっちが強いかカタでもつけようや」
 足を踏み出そうとする葉桜は自分の腕を引く力に抗うことなく、足を留めた。形だけの笑顔を貼り付けたまま。

「んなことはいつだってできるんだからいいだろうが。それよりもオメー、」
「永倉がやる気ないんなら、私があいつらの相手してやるかな~」
「葉桜っ!」
 いつになく強い口調に、もう一度その姿を振り返る。どこか怖い表情をしている理由は、なんとなくわかった。永倉は自分とよく似ているし、勘も良い。葉桜の行動の意味も、笑顔の意味もなんとなくだが感じているのだろう。だからこそ、踏みいられたくはない。

「そんなに怖い顔してると女にフられるぞ、永倉」
 明るく言う言葉とは逆に、強くその手を振り払う。これ以上、踏み込むなと示す。

「…葉桜」
「気が削がれた。ちょっと出てくるな。後、頼んだぜ」
 葉桜と永倉のやりとりを呆然と見ていた隊士たちを振り返りもせずに、葉桜はまっすぐに道場を出た。

 目の前に広がる青い空、たなびく雲が、水気を吹くんだ僅かな風が、そろそろ雨が降るぞと教えてくれる。そんなものを感じながら、落ちついた心で葉桜は井戸へと向かった。

 さっきの永倉のまっすぐな視線を見て、もしもという考えが過ぎる。あれほどに心を共にしてくれる者は今まで出会ったことがなかった。もしも自分が男であれば、友として何でも話せたかもしれない。いや、男でなくても、永倉も大切だ。彼ほどの心根の強さがあれば、もっと間違えずに生きられたかもしれない。そう思うと少し悔しくて、笑いが零れてくる。

「葉桜」
 先ほどと変わらない声音の男を振り返る。厳しさと寂しさの宿る声に、怒気が滲む。

「なんで、逃げんだよ」
 話すことは、話せることはない。

「はっ、なぁんで私が逃げなきゃならないわけ? 単なる休憩だって」
 井戸から水を汲み上げ、思いっきり顔を洗ったら、少し気分もすっきりした。そんな葉桜の両肩と胸が急に苦しくなる。

「冗談で済ませてほしいんだがな、永倉」
 顔は正面に向けたまま、動揺もせずに話し掛ける。内心は急に背後から抱きしめられるなんて思わなくて、枝から今にも離れそうな木の葉ほどに揺らいでいた。顔を俯かせているのか、首筋にかかる吐息に揺らぐ心を押し隠す。

「なんでオメーはいつもひとりで抱え込んでんだよ」
「え?」
「葉桜が何を隠しているかなんて、俺は知らねェ。だけどよ、そうやって無理して笑ってるオメーを見るのは辛ェんだよっ」
 やっぱり、と思った。永倉は気がつくような気がしたんだ。似ているから、いいかげんなようでいて、しっかりと人を見ているから。目を閉じて、軽く息を吐き出す。

「言いたいことはそれだけか?」
「いや、まだまだある」
「そうか」
 永倉の腕を両手で掴む。

「私には、ない」
 一瞬の後には、目の前で呆然と地に倒れている永倉の姿がある。体術で葉桜に勝てるような人間は、この新選組にない。剣術では、まだおそらく近藤にも土方にも勝てるか怪しいが。少なくとも永倉を初めとした幹部連中とは互角だ。

 出来るだけ感情を持ち込まない瞳で永倉を見下ろす。感情を顕わにしたらきっと、つけこまれてしまう気がした。揺らいでしまう気がした。

「隠しているのがわかるなら、放っておいてくれないか。永倉には関わりのないことなんだから」
「っ」
「最初に言ってあるはずだろう? 私はずっと近藤さんと土方さんについていくと。もう永倉と遊んでいる時間はないんだよ」
 怒るように言葉を選ぶ。呆れるように、嫌ってくれるように。少しずつ代えてしまった時間の流れの中で、もしも彼の生き抜いてゆく運命を変えてしまったらと思うと酷く胸がざわめいた。

 あの少女にもらった紙の一覧に名前があるかないかじゃない。新選組の仲間はもう誰も失いたくない。たとえ自分が嫌われることになっても、どうか生き抜いて欲しいと。誰もいなくなれば、戦力が無くなればきっと戦い続けることもできないはずと、卑怯なことまで考えた。

 呆然としている永倉に笑いかける。

「だからな、永倉。私の邪魔をするなよ?」
 踵を返して、葉桜はさっさとその場を後にした。背を向けた後の表情は、決して笑っていないことに気がついたのは、それを見ていたただ一人だけだった。

あとがき

何故でしょうー。
別に永倉と喧嘩がしたかったわけじゃなくて。
でも書いていたら、話が一人歩き…。
このまま斎藤さんに繋げますー。
中途半端ですいませんー。
(2006/10/18 00:33:17)