読切(二次)>> 遙時3>> 星の姫 - 強がり

書名:読切(二次)
章名:遙時3

話名:星の姫 - 強がり


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.11.15
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:3196 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:/美音
1)
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p.1

 ひんやりとした床に寝そべって、頬を貼り付ける。京よりは涼しいとはいえ、夏の日差しの中を歩いてくるのはなかなか体力を奪われるもので、勝浦の宿まで来たとたんに美音は宛がわれた部屋へ倒れ込んだ。

「涼しーぃ、気持ちーぃ」
 望美とこの時空に来てから、もう何度ここに来たかわからない。だけど、いつきても勝浦は楽しい場所だ。みんなでいられる、本当に少ない貴重な平和の時間が、美音は大好きだ。

「ふふっ。そんなに疲れているんじゃ、僕の用事に付き合って欲しいなんて我が侭は言えませんね」
「言ってるじゃん」
 声を掛けてきた男に答え、しぶしぶ美音は身体を起こす。私を見下ろす表情は軟らかく笑っているけれど、その瞳の奥は鋭くて冷たい。この人はいつでもこうだ。

「で、弁慶の用事って?」
「大した用事じゃないんですが、市で買うものがありまして。よろしければ、美音さんも一緒にいかがですか?」
「へー、市…」
 市というからには陽が燦々と降り注いで、そりゃあもう眩しいくらいだろう。せっかく涼しい場所に来たのに、また外へ出るというのが何よりも面倒だ。身体も怠いし、出来ればじっとして英気を養いたいところなのだが。

「ここ、勝浦は大陸とも貿易をしていますから、いろいろと珍しいものも多いんですよ。唐菓子も美音さんは好きそうですね」
「御菓子より、今は涼が欲しい」
「…暑気あたりですか?」
「んー、ちょっとね」
「珍しいですね、白龍や望美さんは元気そうなのに」
 揺れるように影が目の前に降りる。ひんやりとした手が額に当てられ、自然と美音は手を閉じていた。彼の手も宿の床に負けず劣らず冷たい。

「熱はないようですが…」
「ん。休んでれば治るよ。だから、今日はひとりで行ってきて?」
 柔らかな表情が急に険しくなる。何か気に障っただろうかと考え込んでいると、弁慶は立ち上がりながら、その腕ですんなりと美音を抱え上げてしまって。余りに動作が自然なので、反応が遅れてしまった。

「あ、え…弁慶?」
「ただの暑気あたりではなさそうです。かといって、美音さんが龍脈の影響を受けるとも思えません」
「ちょっ、それってどういう意味ですか~?」
「どこかで穢れに障ったのかもしれませんね」
「いやいや、ただ疲れただけだから」
「望美さんや白龍に影響があってもいけない。念のため、部屋を移してーー」
 だんだんと大事になってゆくことに気がついて、慌てて否定する。

「弁慶っ! 大丈夫だから、降ろして。そんで、一緒に市に行こうっ」
「いえ、今日は安静にしておいた方が」
「本当に大丈夫。この通り、元気だからっ」
 弁慶の両肩に手をかけて、ひょいと腕の中から逃げ出す。そうですかと口では心配そうにしながら、弁慶の口元がゆるく笑みを作っている。わかってはいたけど、私を連れ出すための演技ですか。

「もー、一日ぐらい休ませてくれたっていーじゃん」
「ふふっ、一日ほうっておいたら、美音さんは拗ねてしまいそうですからね」
「別にそんなことないよー。子供じゃないんだから、今更望美がどうとかで騒がないし」
「そんなことがあったんですか?」
 問い返されて口を噤む。あまり、人に聞かせるような話でもないのだが、物心ついたときから私の祖母は望美を可愛がっていた。たまに遊びに来る程度だったとはいえ、従兄弟たちも彼女にかかりきりで一緒に遊んでいてもぬぐえない疎外感への不満がある日爆発したことがあった。まだまだ幼い幼稚園児だったとはいえ、我ながら恥ずかしいことをしたものだ。

「さて、ちゃちゃっと出掛けましょーっ」
 誤魔化すように歩き出そうとしたとたん、目の前が暗くなり、視界がぐるりと回る。軽い立ち眩みのようなもので、熊野に来てからは初。この世界に来てからは幾度となくあったのだが、運が良いのか悪いのか、弁慶にバレたことは一度もなかった。

 一度白龍に見られたときにわかったのだが、どうやらこの世界の陰陽のバランスが崩れているということ自体が思いがけず影響を与えているらしい。望美や白龍のように土地の影響はまったく受けず、ただ陰陽のバランスに敏感なのだと言うことだ。

「あ、はは。ごめん、なさい」
「…美音さん…」
「望美には言わないで。あの子、そうでなくても無理してるから、ね」
 運命に立ち向かっている大切な親友に余計な心配を増やしたくない。というと、弁慶は袈裟で包み込むように、私を抱きしめた。近すぎて、表情が見えないから、どんなことを考えてこうしているのかわからない。

「君はいけない人ですね」
「む、なにそれ。別にいけなくはないでしょ」
「いいえ。それほどに大変なことをどうして今まで黙っていたんですか」
 形だけじゃない、心配の囁きにどきりとする。

「大変じゃない。こんなのは慣れちゃえば問題ないもの」
「それまでは? もしも、戦場で今のように倒れたらどうするんですか?」
「倒れないようにする」
「美音さん」
「もしも倒れたら、その時は置いていってかまわないよ。自分で何とかするから」
「剣も持たない君がどうするというんですか」
「…なんとかするしかないじゃない。だって、弁慶たちは私より望美を守らないといけないでしょ?」
 抜け出そうともがいても弁慶の腕は弛められることもなく、ぎゅうぎゅうと締め付けてきて、でも苦しいというほどでもない。強いていえば、心が少しだけ苦しい。

「君という人は…」
「何よ。なにか間違ってる?」
 答えは返ってこなくて、私はただ弁慶の静かな鼓動に耳を澄ませることしかできなくて。その苦しみを取り除いてあげたくても、力が、なくて。

「たしかに美音さんのいう通り、僕は八葉として望美さんを守らなければなりません」
 わかってることだけど、はっきりと言われて落ち込んでいる自分がいる。いつだって、そうだから。祖母も従兄弟たちも、みんな望美が大切で、私はそこに入り込めなかった。今までも、きっとこれからもそれは変わらないのだろう。私は主人公にはなれない、ただの脇役にしかなれない。

「ですが、だからといって、美音さんを守ってはいけないというわけではありませんよ」
 少しだけ締め付ける腕が緩んで、苦しそうな瞳が私を覗きこんだ。

「君さえ良ければ、僕に守らせてはいただけませんか」
 どうして私のことなのに弁慶が苦しいのか、私にはわからなかった。だって、今まで「私」を見てくれる人なんていなかったから。

「私、を…?」
 だめだ、と心が囁く。期待しちゃ、いけない。いざとなったら、私のことなど忘れてしまうのだから。いざとなれば彼だって望美だけを守るのだから。

 だけど、と誰かが囁く。差し伸べられたこの温かな手を掴みたい、と。

「いい、けど…」
 断る理由が思い当たらないままに答える。同時に、嬉しいという心を封じ込める。期待、しちゃいけない。そう思うのに弁慶の不意打ちのような笑顔に、動揺した。

「ありがとうございます、美音さん」
 心の中で呪文のように「期待しちゃダメだ」と唱え続けるのに、それを打ち砕くように柔らかな感触が額に触れる。

「え、弁慶…? な、なに…?」
「よかった。君に断られてしまったら、どうしようかと思いました」
「じゃ、じゃなくて…っ」
「守らせてくれるというのならば、今日は部屋で大人しく休んでいてくれますね?」
 最初から今日はそのつもりだったので、素直に頷く。それで、弁慶が出て行ってから冷静になってみたら、すごく恥ずかしくなってきてしまった。

 守る、というのはいい。だけど、あのキスの意味はなんだろう。挨拶、だろうか。それとも、全く別のなにかなのだろうか。その何かを考えるのが嫌で期待するのが嫌で、美音は両目を閉じた。

 だけど、何かを期待させるように、弁慶が出て行ったばかりの扉から、一陣の風が頬を掠めて駆け抜けてゆく。そして、安らぎをもたらす、かすかな香を残していった。

あとがき

レイさんからいただいたリクエストです。
「日常の一コマみたいな話で、できれば望美以外の人(恋華の「揺らぎの葉」のようにオリジナルの人)をヒロインとして」
だったんですけど、いろいろ設定考えていたら楽しくなってしまって。その半分も書ききれていないヒロインです。
(ex. 有川兄弟の従妹。年齢は望美&将臣と同じ。星の一族としての力がある(占いが得意?。とか。)
強いようでいてものすっごく弱い人だとか。逃げ隠れが得意だけど度胸は据わっている方だとか。
そのうちこっちも番外ばっかり書いてみたいな。連載は自分の首を絞めそうなので…(笑。
(2006/11/15 10:44:39)