(原田視点)
どうしてこういうことになっているのか、全然わっかんねーんだよ。ただよ、気がついたら葉桜と出掛けることになっててよ。いや、別にそれが嫌なワケじゃねーし、むしろこいつといられるのは楽しいし、誘ってもらえるのは正直言ってすっげー嬉しい。
だけどよ、なんで俺なんだ?
先に立って歩いていた葉桜が歩きながら、大きく上げた両腕を頭の後ろで組んで伸びをする。わずかに現れる傷跡は新選組内の誰よりも多い。流石のこの俺も葉桜に向かって切腹痕の自慢はできねー。
「江戸はいつまでも変わらないな」
「そうか?」
「ああ、昔から何度も来たけど、やっぱり空気が変わらない。いいな」
本当に嬉しそうにそれを言うから、こいつは本当に江戸が好きなんだと思って俺も嬉しくなった。
「俺からすれば、ちょっと見ねーうちに随分と変わっちまった気がするぜ」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、葉桜はただ嬉しそうに笑うばかりだ。
「それよか、どこ行くよ? 好きなとこ連れてってやるぜ」
「ああ、なら神社がいい。神社にしよう。少しお願いしたいコトがあるんだ」
葉桜は振り返らない。それは別段妙なことには思えなかった。ただ俺は、葉桜と二人で出掛けられるコトが嬉しかったんだ。それだけなんだ。
「ふ~ん。じゃあ、そうすっか」
俺の知っている神社までの道を二人で歩く。そうすると、意外にもこんな場所でという場所で葉桜は声をかけられることが多い。
「葉桜、おまえ、顔広いんだな」
「私じゃないさ」
「?」
「父様の顔が広いから、一緒にきていた私を憶えているものばかりだ」
どうしてと考える。だって、見てきた俺があいつらが「葉桜」に声をかけていると思うのに、どうして当の本人が自分じゃないなんて言うんだ。
「あ、いい風」
吹いてきた風に葉桜が目を細める。本当に気持ちよさそうなその顔を前に、問いただす時を逃した。
「そうだな」
葉桜はこだわりすぎている。何にとかそんなことは俺にはわからない。伝わってくる不安の要因がなんなのかも、俺にはわからない。だけど、そんなに深刻になるほどのことじゃないはずだ。だって、葉桜の周りにはいつだって俺らがいるんだから。
もちろん、いつまでもこのままじゃないかもしれない。だけど、葉桜から俺たちが離れるなんてコトは絶対にないハズだ。
「確か、この先に神社か何かがあったはずだぜ」
「神社か何かって、罰当たりな言い方だなぁ」
軽く返してくる様子から口ではそう言っても本心は違うということがわかる。
ほどなくして、少し開けた場所に出る。
「おー、ここだ、ここ」
「へぇ~、原田がここを知ってたとはねぇ」
意外そうな言葉に葉桜を振り返る。にこにこと屯所で会ったときとまったく変わらない笑顔を浮かべている彼女は、さっさと俺を追い越してしまう。
「てことは、おまえも知ってたのか?」
「なっつかし~な~」
聞いてねーし。
ざかざか歩いてゆくと、社の前に葉桜は両足を揃えて立った。その隣に立つ。
「小さいけど、やっぱり神社だね」
「ああ。まあ、神社なんてどこ行っても同じだろ?」
「かもね」
くすりと笑い、葉桜は頭を垂れて両手を打ち合わせた。鎮守の森に響き渡る柏手が空気を震わせ、清浄な風を送り込んでくる。
こうしてみるとやっぱりこいつは本当に巫女に見える。一瞬で空気が澄み渡るなんて、ただのお参りでこんなことはなかなか起こらない。
俺も両手を合わせて、その清浄な空気に便乗した。こいつとなら何でも叶えられそうな気がする。…そうじゃねーか。願い事ってのは頼むもんじゃねえ。自分で叶えるもんだろ。それを葉桜がわかってねーハズねぇんだけどな。
長い間、手を合わせていた葉桜の祈りが終わったあとで聞いてみる。
「なあ、おまえは何を祈願したんだ? 教えてくれよ」
俺に叶えられることなら、叶えてやるから。なんてことを口に出して言えるワケがねぇ。だけど、口に出しては言えないけど、叶えられる願いならなんだって叶えてやりたいんだ。俺に出来るなら、葉桜が笑っていられるなら、なんだってやってやる。
そう思っている俺を葉桜はいつものようにニヤリと笑った。
「原田のことだよ」
「なっ!? お、俺のこと~!?」
「これからもこんな風に上手くやっていけたらいいなって。ま、こんな時期にお願いすることじゃないけどな」
深い意味はないと、思う。だけど、それは誤解するには十分だろ。
「あ、ま、まあな。でも、それって直接俺に頼んだ方がよくねーか?」
「はははっ、そうかもな」
笑っている葉桜の頬がわずかに染まって、照れているのがわかった。自分で言っておいて照れてんなよ。俺まで照れるじゃねーか。
「ったく」
「そう言えば原田の願い事って何だったんだ?」
「決まってるだろ、おまえの」
「私の?」
口に出しかけて気がつく。俺は一体何をいうつもりだよ。まさか本人に向かって、「葉桜の願いを叶えること」なんて科白、近藤さんや新八じゃあるまいし、言えるわけねーって。
不思議そうにこちらを見つめる葉桜の視線を避けて、両手を顔の前で振る。
「な、何でもねーよ。俺の方は内緒だっ、内緒!」
「内緒って。私にだけ言わせて不公平じゃないか?」
「うるせーな! 内緒ったら、内緒なんだよっ!」
さっさと行くぞ、と先に立って道を戻る俺の後ろで、大きくため息をついてから、笑い声をあげて葉桜が飛びついてきた。
「わっ!」
「はははっ、ま、叶うといいな」
「あ?」
「原田の願いがなんだか知らないけど、その願いが叶って、原田が本当に幸せになるといい」
え、と振り返ったときにはもう葉桜は俺の前を歩いていた。軽い足取りで、鼻唄でも歌い出しそうな勢いで。囁いた言葉を俺の耳に残して。柔らかな体の感触と、清浄な残り香を残して。
葉桜は絶対わかってねぇ。そりゃ、俺の科白だ。俺たちがどれだけ葉桜の笑っていられる日常を願っているか、自分がどれだけ俺に、俺たちに影響を与えているか。全然、わかってねー。
追いかけて、追い越した影は笑いながらまた俺を追い越していった。
(葉桜視点)
願い事は多くない。それは、祈りで叶う願いなどないと知っているからだ。願いは、誓い。この世界にはもういない父様との誓約。
皆が思うように生きられるような、そんな世界を創りたい。
ただそこにある幸せに気がつかなくてもいい。気がつかないほどの小さなもので良い。そんな幸福を守りたいだけだ。
「今日は付き合ってくれてありがとな、原田」
屯所に着いてから、原田に礼を言う。彼は頬を朱に染めて、照れ笑いをしながら、葉桜の頭を撫でた。
「俺の方こそ、誘ってくれてありがとなっ」
彼自身が気がついていないその心を受け取って、葉桜は胸の内に抱きしめる。答えることは出来ないけど、友人として、とても大切な人だから。
「また、誘っても良いか?」
いいぜと即答してくれる彼に笑い返して背中を向ける。嬉しくて、嬉しくて、こんな普通な日常が嬉しくて、泣けてきそうだ。
どうか私に守らせてください。強くて優しいこの人たちを、守らせてください。
願いは誓い。叶えるための決意の誓約。
(どうか、守らせてください)
仰いだ空は、朱く焼けた雲を棚引かせていた。とても、キレイだった。
~次回までの経過コメント
大石
「近藤さん…なぜこの時期に俺を甲府へ向かわせるんです?」
「もしや厄介払いですか?」
近藤
「いや…俺は幕府に甲府進攻を献策するつもりだからね。あくまでそのためさ」
「まぁ、よろしく頼むぜ」
「………」