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書名:GS
章名:姫条まどか

話名:(姫条/千晴SELECT) 遠くまで


作:ひまうさ
公開日(更新日):2002.12.9 (2002.12.20)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:6592 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 5 枚
デフォルト名:東雲/春霞/ハルカ
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p.1

 ひとつひとつをこの瞳に焼きつけて、忘れん自信はある。でも、忘れてしまいたい過去も多いもんやな。

 店先で考えこむ俺に背中を向けたまま、初老の男がぽつりと漏らした。普段めったに口を開かないだけに、余計に驚いて俺は言葉を無くしてまう。ここは行きつけのバイク屋で、俺は点検してもらってるだけやのに、なんで急に言い出したんやろ。

 首を傾げる俺を振りかえりもしないで、老人は続ける。

「兄ちゃんも同じクチだろ?えぇ?」
 忘れてしまいたい、というより春霞に知られたない過去なら多い。ただでさえ、不安にさせとるんは承知や。けど、なにゆうても春霞の耳に届くは歪んだ言葉で、どうしようもない伝言ゲームみたいやな。

「ほれ、二人乗りも良いがカノジョに怪我させんじゃねぇぞ」
 サイドシートを叩いて、老人は店の奥へと消えた。後ろ姿が昔の家にいた庭師に似ている気がしていたのは、おそらく空気のせいや。

 呆然と見送ってから、なんでわかったんやろと口の中で呟きながら、俺は愛車のバイクに触れる。毎日磨き上げている真っ赤なバイクには、傷ひとつついてない。

 老人の云うように俺はひとつの決心を固めていた。春霞に見せたい景色があるからや。こっちに来てからよく行くようになった場所で、先日妙に春霞に逢いたくなった。以前、このバイクに乗りたいゆうてたし、丁度良い時期やから連れて行くかと思って点検整備をしてもらったんや。

 日はまだ高く、風は少し冷たい。海から来る塩風味の風に耳を澄ませつつ、俺はバイクにまたがる。

 今日はこれからバイトやけど、まだ時間余っとるな。少し、走ってくるか。

 エンジンを駆けて、一気に公道に出た。



p.2

 透明な回転ドアをくるりと抜けるとそこはもう大通りで、私は気持ちを弾ませながら信号までの道を歩いた。しっかりと抱えた鞄の中には今日の収穫が入っている。

 黒真珠のピアス。何度目かのデートで姫条に見立ててもらった私の宝物。

 それが先日、不注意で壊してしまった。詳細は語りたくないけど、壊してしまった事が哀しくて、ただ哀しくて、尽に相談したら買った店で直してもらえるって聞いて。そして、今日、引取りにきた。

 すっかり元通りになって、気持ちもホクホクだというわけだ。

「~♪」
 流行りの歌を口ずさみながら、家路を急ぐ。信号待ちをしながらも、自然と足がリズムを刻んで、地面を蹴る。溢れる音がいつのまにか違う曲に変わる。姫条の携帯の着メロになっている、あの曲に。

 そういえば。今日は遅番と言っていたはずだから、まだ家にいるかもしれない。

 信号が青に変わるのを尻目に、私は方向転換して道を変えた。つもりになった。

「わっ!」
 後ろから来ていた人物に弾かれて、私は道路に投げ出された。手元を離れた荷物がバラバラとあたりに散らばる。でも、そんなことを気にするより先にさっき直したばかりのピアスの包みを探していた。ミルイヒの上品なパールピンクの包装を。

「あ、あったぁ!」
 拾い上げようとした袋に迫った影に、急いで引き寄せる。これがまたダメになったら、とんでもない。

「悪かったな。大丈夫かい、おじょうちゃん?」
 少し高めの耳障りな男声が上から降ってくる。そして、差し出される手を私は唖然と凝視した。人の顔は人並みに覚えているほうだと思うけど、この顔はある事件からよく覚えている。

 目障りな金の髪、妙に下がりすぎた目、その粘着質な話し方。人によって態度の違う人は、好きじゃない。

 姫条とデートの待ち合わせをしているときに、関西弁で話しかけてきたナンパ男。彼のほうは私の事をまったく覚えていないようだ。

「ごめんなさい、私も急に振りかえったから…」
 機械的に謝罪を紡ぎ出しながら、よほど凝視していたのだろう。彼は不思議そうな笑みを浮かべた。

「君、どこかで会ったコトある?」
「え?」
 手を取らない私の腕を引いて立ち上がらせ、荷物を親切に拾って、私に手渡してまでくれる。

「君みたいな可愛い子、なかなか忘れないと思うんだけど」
「そう、ですか?」
「あいにく覚えてないんだよねぇ。名前、聞いてもいい?」
 妙に馴れ馴れしい。笑顔に釣られてへらりと笑うものの、半分逃げ腰になりながら、頭を下げる。

「あの、ありがとうございました! 急いでるんで、その…」
「そんな逃げなくてもいいじゃない。ちょっとその辺でお茶でもどう?」
 逃げる前にまた腕を掴まれ、強引に引っ張られる。なんなの、この人。

「いえ、本当に用事があるんでっ」
「そうなの?」
「そうなんですっ」
「じゃぁさ、電話教えてよ」
「は?」
 敵も然るモノ。だからこそ、それでも食い下がってくる様子にどうやってこの状況を切りぬけられるか、必死で考えを巡らせる。

「今度、デートでもしない?」
 その言葉に姫条が浮かんで、少し泣きたくなった。最初に会った時に彼もそんな軽い言葉をかけて来た。冗談だってわかってたけど、こんなに強引じゃなかった。それから、前の時はデートだったから来てくれたけど、今日は絶対に来ない。助けは来ない。

「しませんっ」
「そんなこといわないでさ~」
「離してくださいっ」
 なんでもいいから、この場から逃げたい。泣きそうな気分で、歯を食いしばっていた。

「あまり賢い方法ではないですね」
「な、なんだ、おまえ!?」
 掴まれていた腕が急に離れ、バランスを崩しそうになるのを違う腕が支える。ふっと力の抜けそうになるのを堪えて、私はしっかりと足を付いて立った。目の前には後づさるナンパ男と、私を支える青い髪の青年。

「大丈夫ですか?」
「え、はい…」
 私がしゃんと立つのを見届けると、瞳だけ笑んで支えていてくれていた腕を離してくれる。驚くほどに優しい…そして、切なさの残る視線がナンパ男に向き直ったとたんに厳しくなる。

「女性をそう乱暴に扱っては嫌われますよ」
「な、なんだと? 何もんだ、てめぇ…」
 青い髪のこの人、見たコトがある。高校の頃、何度か外で会ったことがある。

「僕は…そうですね、通りすがりの正義の味方ってことでいかがですか?」
「へ?」
「それとも、通りすがりの侍の方がいいですかね?」
 視線が私を見やって、また微笑む。サムライ…?て、もしかしてこの人…?

「あんたの、知り合いか?」
 ナンパ男が青い髪の少年の影に隠れた私に声をかける。これは、チャンスだ。

「そ、そうなの! ね、千晴くん!! 待ち合わせしてたのよね」
 とっさに出した名前に、青い髪の青年の方が驚いた顔をする。以前メールでやり取りしていた「ちはるちゃん」の名前を使っただけなんだけど、どうしてだろう。

「ええ。なかなか来ないから、探しにきたんです」
 なんだろう、視線が溶けそうに優しい。ナンパ男は私達のその様子に小さく舌打ちしていなくなった。姿が人ごみに消えるのを見届けて、青い髪の青年が向き直る。

 前に一度図鑑で見た紫苑の花のような色の髪は珍しいけど、それ以上に南の海の蒼さを閉じ込めた瞳がとても印象的だ。よく街で会う人と同じ人だろうか。これほどまでに近づいたことがないのでわからない。

「あ、あの…腕は大丈夫ですか?」
「え?」
「僕、余計な事でしたか?」
 さっきまでの勇ましさが掻き消えて、急に自信なさげに問いかけてくる。その様子がかわいくて、思わず笑ってしまった。ほっとしたせいもあるのだろう。一緒に涙も溢れてくる。

「ううん。ありがとう! 私の方こそ勝手に、待ち合わせ、とか言っちゃってごめんね」
「いえ、その、アナタが困っているように見えたので…」
 だんだんとしどろもどろになる姿に、余計に笑いが止まらなくなる。

「え、あの?」
「そういう時は素直に、どういたしましてって言えばいいの」
 縋りつきたい気持ちをおさえて、彼の腕をバシバシと叩く。泣かないで、頼らないで、強くなるの。姫条の隣にいるには強くい続けなきゃいけない。

「あの、大丈夫、ですか?」
 戸惑う気配にパッと顔を上げて、目を瞬かせる。そのまま笑顔だけを返す。姫条とは違う柔らかい海色の瞳に、少しのまれそうだ。

 彼が何か言おうと開く口を静かに見つめていた。

 そして、バイクの止まる音が、すべてを遮った。

 声も空気も気分も、海色の瞳さえ閉じた瞳に隠されてしまう。

 音は私の真後ろに止まった。



 気になるのはどっち?



▽2002/12/09 バイクに乗った人 gs120021210

▽2002/12/20 助けてくれた人 gs120021221

p.4

<バイクに乗った人SELECT>







 俺のカノジョ、春霞には持って生まれた天性の才能っちゅうもんがある。人を惹きつけるっちゅう、上に立つもんには絶対に必要な才や。噂で聞いて、会ってみてからわかるようになったんやけど、それでもそれだけやない。あいつはちゃんと努力して、真っ直ぐに誰とでも話す。高校時代は堅物の氷室さえも陥落させたとか、人嫌いの葉月を落したとかいろんな噂もあったな。でも、重要なんはそんなところやなくて、どうしてそうなったかてことや。――誤解させるほどに、アイツは優しいんや。

 大通り、商店街の中央を突っ切る横断歩道の片側に、俺はそれを見つけた。

 あれほど楽しそうに笑ろてるなんて、滅多にない。近くに藤井らでもいるんか思うて近づくと、すぐに違うことに気づく。なんや、あの青い髪は。日本人か?春霞の魅力は、国際的なんか。

 穏やかそうな目をして、奥で春霞を狙っとる。なんで、そんなやつと楽しそうにしとんねん。

 きっちり春霞の後ろでバイクを止めると、春霞が振り向くと同時にそいつの顔が険しくなる。

「春霞、ちょぉつきあえや」
 前から用意しておいたもうひとつのメットを手渡す。驚きながら受け取るものの、視線で相手のヤツを気にしとる。

「まどか」
「見せたいもんがあんねん」
「今じゃなきゃ…ダメ?」
 探る視線が上目遣いに俺を見る。メットをかぶってなかったら、キスしてまうところや。

「せや」
「でも、今日スカート…」
 云われてやっと格好に視線が行った。ミニスカートに赤い模様編みのニットを着ている。バイクに乗るには、厳しいか…。

 考えこむ俺らの間に影が落ちて、春霞の視線が大きな紺地の布に遮られる。

「You take care so that she may not catch cold.」
 俺にだけ、挑むような視線と共に残して、男は去っていった。

「あれ? あの人は??」
 渡された物は、男の上着ひとつだ。それでもなんぼかマシには違いない。こいつの事を本気で好きになりかけてたんかな。まずいな。

「それ、貸したるて」
「ホント?」
「ええから、早よ乗り」
 上着に袖を通す姿に少しの嫉妬がかすめる。ホンマは俺が用意し取ればよかったんやろうけど、他の男のもんに袖通させるなんてさせたないんやけど。

 かすかに後ろに下がる感覚と、そっと掴まれる感触。

「しっかり捕まってないと落ちるで」
 手をぐいっと引き寄せて、自分の腹の前まで回させる。折れそうに細い腕に一瞬躊躇しつつ、捕まるように指示して発進した。

 身体に受ける風よりも背中が熱い。春霞の触れる部分が熱を帯びて、このバイクよりも俺を赤く強くする。

 出会ってから三年以上も一緒にいて、姫条まどかともあろうもんが手をだせないのはあんただけや。なんでやろ…怖いんかな、やっぱり。あのバイク屋のオヤジの云うように、俺は春霞にだけは過去を知られたくない。余計な心配をさせたないてのもあるが、なにより軽蔑されるんが怖い。そらもう春霞なしには生きていけんくらい、依存しておるからや。

「…!」
「なんや?」
 強すぎる風が春霞の声をもかき消す。でも、今はきっと声を聞かん方がええ。このまま誰もいない世界に連れ去りたくなる。

「もうちょいや!」
 目的地まで、あとだいたい十分。それからやったら、なんでも聞いたるから。



p.5

「うわ~ぁ!!」
 メットを外して置くと、春霞は子供のように走り出す。掴もうとした手はするりとすりぬけて、バランスを崩しかけたバイクを慌てて押さえる。急いで駐車して、欄干に乗り出す春霞の後ろから、両手をついて包み込む。

「はばたき市にこんな場所があるなんて、私、知らなかった!!」
 タワーからの景色に以外に街が見渡せて、海がよく見える場所があるなんてことはあまり知られていない。ここは俺が偶然見つけた秘密の場所やし。

 海の青と空の青の境目はわからんが、そこにくっきりと浮かぶ春霞の姿は眩しいくらいに焼きつく。今にもここから飛び立ってしまいそうで、でもどこかでそんなことはないと俺は確信してる。

「せやろ? 俺も春霞にしか教えた事ないし」
 顔を寄せるとほのかに染まり、寄せると冷たさが伝わってくる。

「早く連れて来てくれたらよかったのに」
「それは、なぁ…いろいろあんねん」
 俺のバイクの腕だとか春霞の気持ちだとかオヤジの事とか、いろいろあんねん。

 冷たい手が反対の頬にそっと寄せられる。少し、震えている。いつもこいつは俺に触れる時、少し震えてる。

「寒いか?」
 ここは風が強い。タワーの中でみる景色もええが、屋根のない場所で障害なく見渡すとココロが柔らかくなる。だから、何度もここに走らせてきた。

「少し、だけ」
 居心地悪そうに腕の中で身動きする身体を反転させて、両腕で抱きしめる。

 なんで連れて来たくなった場所がここなのか、俺にも実はわからへん。でも、ここは春霞と同じなんや。春霞の心ん中みたいに広くて澄んでいて、俺にとってどんな場所よりも清廉な所や。

 俺の知らない世界をもつ春霞。でも、俺にも春霞が知らない世界がある。聖さとは無縁の、赤黒い小さな泡に閉じ込められて抜けられない世界や。

 そこに春霞を引っ張り込む気はないが、同じ世界て持てんものやろか。

「まどか、あったかいね」
「それは春霞への愛が溢れてるからやな」
「ふふ…冗談ばっかっ」
 またそうやって冗談にしよる。そうゆうこというと、俺ばっかり春霞の事想ってる気がしてくるで、ホンマに。ずるいわ、春霞。

 見上げた大きな瞳はいつもどおり笑ってて、俺も笑いながらキスを落とす。鈍いあんたにいくら言葉で行ってもしゃーないしな。行動で示しちゃるわ。

「ねぇ、まどか。さっきね?」
「それはあとや」
「ナンパされてね」
「………」
「あの男の子に助けてもらったのに、名前も聞いてないの」
 口が触れ会う寸前まで、早口に笑いながら続ける。

「すごくね、かっこよかったよ」
「…なんや、それ。俺よりか?」
「まどかの次くらい…っ」
 どうして俺だけを見ていてくれんのかな。

 俺の世界の中心には春霞がおるのに、あんたの世界にはいろんな奴が住んでおるみたいや。

 どうして二人きりでおられんのかな。

 広い世界でせっかく巡り会えた恋人やのに、俺だけが損してる気がするわ。

「――いつまでも、ここにいさせてね…」
 小さな羽根が一枚、俺の手に落ちた。世界の翼の欠片はまだこの一枚だけ。いつか全部集めたら、春霞は俺だけを見てくれるんやろか。







<姫条まどかEND>

p.6

<助けてくれた人SELECT>







 透明な白――。彼女を見た時にそう思ったことがある。初めて見たのは高校の時だった。

 彼女の真後ろに赤いバイクが止まる。目のさめるような際立って鮮やかな赤が、彼女を包み込む。

「春霞、ちょぉつきあえや」
 メットを被ったまま、その男は話す。

 名前、春霞というんだとドキリと胸が高鳴る。メールの彼女と同じ名前。…でも、よくある名前なのかもしれない。

「まどか」
 冷静に、でも嬉しそうに彼女がその名を呟く。花が、開くみたいだ。夏の、名前も知らない小川の花が辺りに咲き乱れるみたいだ。

「見せたいもんがあんねん」
「今じゃなきゃ…ダメ?」
 戸惑う視線が僕を振りかえる。これは、迷っている時の目、かな。仕草ひとつひとつも、みればみるほどマリによく似ている。

「せや」
 まっすぐ彼女を見つめる男。彼は彼女のステディなのか、それともフレンドなのだろうか。彼の言葉の響きは、映画で見た極道によく似ている。

 考えて考えて考えこんだ末、彼女は男に伝えた。

「えとね、さっきこの人に助けてもらったの。その、ナンパから」
 控え目に、だがキッパリと。その言葉に、バイクの男の空気が剣呑なものに代わる。

「ほう。そらおおきに」
 メットで見えないハズの瞳が鋭く僕を品定めするのがわかる。

「それでね、助けてもらったお礼をしたいの」
「そんなん後でもええやん」
 いいからと伸ばされた手から、彼女は少し下がって避ける。

「お礼はね、感謝する気持ちがある時にするものなの」
 振りかえって、僕を見る瞳に吸い込まれそうになる。

「俺とのデートより大事なん?」
 氷みたいに冷たい声で、鋭い切っ先を僕と彼女に向けてくる。

「まどかは今日、バイトでしょ」
 もういちど彼を振り返る彼女の目が笑っているのが見えた。どうして、楽しそうなのだろう。

「せやけど、まだ時間あるし」
「そうやって遅刻寸前に行ったら、まぁた店長に怒られるよ」
 一定の距離を置いているのに、彼女は別のなにかで彼に触れているように見える。どうしてだろう、温かい絆が見えるんだ。

「あの、僕は別に…」
「また夜電話するし、今日は早めにバイト行きなさいっ」
 彼女の言葉とともに辺りの空気がふわっと熱を持って暖かくなる。陽射しが彼女を照らして、温かさを分けているようだ。――いや、光は彼女自身か。

「――ずるいでホンマ、春霞は」
 しかたないと彼は諦めて、バイクのエンジンをふかす。かき消されるように「そんな顔で言われたら、引き下がるしか…」と呟く声が耳に届いた。

「絶対やぞ!」
 言い残して走り去る姿を見えなくなるまで彼女は見送る。横顔が少し寂しさを隠している。名残惜しさというのだろう、これが。飼っていた大切な小鳥が逃げてしまった時の、マリと同じ表情だ。

「ごめんね」
 振り向いた彼女は、もとの満面の笑顔を浮かべていた。何かを振りきるように僕の手を引く。

「えっと、お礼にお茶でもどう?」
「いいんですか、彼は」
「いいのいいの」
 見たところ、ただのフレンドには見えなかったのに。とても僕の両親たちのような温かさを感じたのに。

「あのね」
 そして、恥かしそうにことの真相を彼女が切り出した。問題は、バイクと今日の彼女の姿だと。いわれてみると、今の彼女はミニスカートに赤い模様編みのニットを着ている。とてもバイクに乗るにしても寒そうな格好だ。

「それで、せっかくのデートをキャンセルしてしまったんですか」
 たったそれだけのことで。信じられないというと、彼女は照れくさそうに笑った。

「でも、あたしがそのせいで風邪引いたりしたら心配するでしょ。彼は忙しいからね。あんまり心配かけたくないの」
 そういって微笑む表情はまさに華で、僕は少し彼を羨ましく思った。僕にはまだそう思える人はいないから。

「じゃぁ、僕が風邪を引かせたら、叱られてしまいますね」
 あのさっきの空気、とても強く彼女を大切に思っているのが伝わってきて痛いほどだった。彼にとってもまた、彼女はかけがえのない花なのだろう。僕に手折ることは出来ない。

「え?あ!」
 バサリと上から上着をかけると、彼女がきょとんと驚いた瞳を返す。まるでうさぎみたいだ。警戒心など微塵も感じさせない無垢で純真さを素直に示してくる。

「着ていてください。今日は風も冷たいですから」
「いいです。アナタが風邪を引くじゃない」
 つき返される上着を彼女の肩に掛けて、外されないように肩を軽く抱いた。あまり離れて歩いても他の通行人の迷惑になるだろうからという親切心からだったが、彼女の顔が瞬時に赤くなる。

 折れそうに細い肩、これはすべてバイクの彼のものだけれど。今は少しだけ、僕のもの。

 もしもまた偶然に出会えたなら、僕はそれを必然に変えようか。

 この温かさをまだ感じていたいから――。







<千晴END>

あとがき




どうでしょうか!?全部入りましたでしょうか?
・免許とって初めて後ろに主人公ちゃんを乗せてドライブ+ちょっと焼きもち+
・せっかく誘いに行ったら誰かと仲良くしてて、無理矢理バイクに乗せて攫ってく+
思ったより脇役がカッコ良くなってます。書きながら、千晴くんが半メイン(笑。
苦労人だなぁ~姫条。千晴くんと主人公のメールが再開したら、どうなるのでしょう~♪<コラ
完成:2002/12/09



バイクに乗らなかったときの結末。です。
一応、喫茶店での会話まで考えてましたが、どちらにしても切ないです。
切ないですけど、どうしようもないのです。だって、この彼女は姫条のモノなのですよ。
あげたくなる気持ち、私もわかります。
もっと早く出会えていたら、違う結末でしたね。きっと。
ちゃんやすさんと、千晴好きのアナタに捧げますv
完成:2002/12/20