幕末恋風記>> 本編>> (慶応四年五月十五日頃) 18章-上野戦争

書名:幕末恋風記
章名:本編

話名:(慶応四年五月十五日頃) 18章-上野戦争


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.3.7
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:4179 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(149)

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 近藤が松本の医学所を一人出立した頃、葉桜は上野の寛永寺へと足を運んでいた。ここには血の気の多い男たちが徹底抗戦を叫んで集結しているのだ。何があるというわけじゃないが、とにかく葉桜は紙に書いてあったから来たまでである。それに、何もなくとも彼らもまた自分を生かそうとしてくれているのだ。見捨てるつもりは毛頭ない。

 彰義隊の渋沢と面識はなかったものの、彼は新撰組で修羅場をくぐってきた葉桜のなを知っていたため、すんなりと合流できた。もっともその後内部分裂で彼とは別れてしまったのだが、戦い続ける限り再会できるだろうと言葉を交わすに止めた。

 彰義隊にいる間も絶えず、薩摩から様々な謀略を受け、旧幕府側からも解散を度々勧告される。似たようなことがあったなぁと葉桜が苦笑いしていたことは、周知の事実である。

 そして、慶応四年五月十五日。旧幕府側だけでは暴徒と化した彰義隊に対応出来ないと言う建前をでっち上げ、新政府側は彰義隊の江戸市中取締の任を強制的に解任し、新政府自身が彰義隊の武装解除に当たる旨を布告した。江戸庶民を巻き込んで開始された総攻撃を前に葉桜が激昂したのは言うまでもない。

 薩摩藩、肥後藩、因幡鳥取藩は湯島を経て寛永寺黒門口へと向かう。背後の団子坂からは長州藩、大村藩、佐土原藩が迫り、側面の本郷台には砲隊を主力とする各藩が陣取っていた。大軍勢で押し寄せる新政府軍に脅えた多くの兵が脱走したことで、彰義隊の兵力は著しく減少した。

 彰義隊と征討軍の拮抗した攻防が正午あたりまで続くが、本郷台から撃ち込まれる新兵器、アームストロング砲の砲弾が戦況を一変させた。

「一気にかたをつける! 薩摩兵は黒門へ突撃せよ!」
「簡単には行かせない」
 薩摩兵の前に立つ一人の女の姿を目にしたものの、あっさりと駆け抜けてゆく相手を見向きもせずに葉桜は彼に剣を突きつけた。

「次にあったときは敵、だと言ったね」
「葉桜…」
「結局、こういう縁は変えられないんだな」
 辺りでは大砲や銃声、剣劇の音や悲鳴、気合の声まで聞こえる。だけど、二人の心は静かだった。互いに剣を構える。葉桜は無限に、半次郎は居合い。

「あれは放っておいても良いのか?」
「西郷さんがいる」
「んんん、そりゃ私の分が悪い」
 じりじりと互いの間を読む。葉桜の間合いは半次郎のそれよりも広いが、半次郎の間合いの一撃は今の疲れ切った葉桜にはかわせそうにない。

「だが、負けられんのだろう」
「よくわかってるねぇ」
 ジリジリ。こちらから先に仕掛けるのは負ける。だが、誘いに乗るだろうか。

「約束、しちゃったからさ。生きて帰らないと土方に怒られる」
「……」
 半次郎が構える様子に自分でも身構える。じりじりと近づいて、彼の間合いまでもうすぐだ。

「だから、悪いけど」
 気合と共に繰り出された瞬檄を僅かに反らして避け、間髪入れずに繰り出した斬撃もまた避けられる。そこですぐさま互いに退いて体勢を立て直す。これは長年の経験からの行動だ。

「葉桜、その腕は」
 体中に傷があることも半次郎には知られている。だが、これは知らなかったのだろう。近づいたことで垣間見えた葉桜の二の腕から、呪いのように施された黒い印に眉を顰めている。

「代償」
「なんの」
「命の」
 ひゅんと払った剣が啼く。問われる前にもう一度と剣を打ち込む葉桜を半次郎がわずかに押しとどめる。両者の腕は均衡していて、力だけわずかに半次郎に分がある。

「命?」
「話しただろう? 業を持ち越したくない」
 短い会話だが、それだけで通じたのだろう。半次郎の目が僅かに開き、眉間に皺が寄った。いつだって、何故と彼は問い続けてきた。

「馬鹿者」
「うわ、ひどっ」
 力に押し負けて、すかさず葉桜は間合いを取る。

「…貴様が死んでどうする」
「ふふっ、優しいなぁ。敵なのに心配してくれるんだ」
「呆れているだけだ」
 それでも伝わってくる優しさは隠しようもなくて、彼は剣を鞘に収めた。勝負はつかない。互いにつけるつもりはない。

「次の戦場はどこかなぁ」
 葉桜も半次郎に背を向ける。

「死ぬまで、戦うのか?」
 背中で感じるのは優しさで。

「私が諦めたら、皆の苦労が無駄になる」
 彼の手にかかるのならばそれでも構わないと思ったのは本当で。だけど、生きたいという願いも確かにあった。

 くるりと彼を振り返ると、まっすぐに短銃を突きつけられていて。そして、見覚えのあるそれは才谷のものに違いない。

「それは誰の意志?」
 自分を葬りたいものなど多すぎて検討もつかない。そう言うと、半次郎は黙ってそれを投げてよこした。弾はないと。

「彼からの伝言だ。生きろ、と」
 代わりに、中から小さく巻かれた手紙が出てくる。才谷からのそれに書いている一文を見て、思わず笑ってしまったのは伝えないでほしい。だって、さ。

「あはは、いや~元気で何よりだな」
「……」
「待っていると伝えておいてくれ」
「……わかった」
 嬉しくて泣き笑いなんて、格好悪いじゃない。約束したのに、それを守る時間は残ってない。私が私でいられる時間だって、きっともう僅かしかないのに。

 半次郎が姿を消してから、足の力が抜けてしまって、へたりと座り込んでしまってから気がつく。震える両手が笑える。

(怖い…)
 そんなことを思ったのは生まれて初めてだ。死ぬことが、じゃない。これからきっと変わっていくであろう自分が怖くて仕方がないのだ。いつまでこのままでいられるのかと、ずっと不安だった。そして、不安は現実となり、すべてが変わり、自分自身も変わりつつある。さっきだって、理性を捨ててしまえば簡単に半次郎を殺せてしまっただろう。悪い方向へと変わってゆく自分が、怖い。

 このままではきっといつか敵も味方もわからなくなる。それが、怖い。今だって、自分の中の境界は曖昧なのだ。理性がなくなってしまったらきっと見境なく血を求める化け物へと成り下がるであろう自分が怖い。

「死ねぇぇぇぇっ!!」
 向かってくる相手にとっさに懐剣を飛ばしてしまいそうな自分を押さえ込む。このまま死んでしまえたら、きっとその心配だけはなくなるだろう。

 すべてを投げて、そうして、逃げてしまった自分でもきっと父様は迎えてくれるだろう。ただ、葉桜自身が自分を許せないだけだ。すべてを投げ出して逃げてしまう自分を嫌いになるだけだ。

「覚悟っ!!」
 振り下ろされた真剣を懐剣一本で押さえ込む。

「それじゃ、駄目だ。私が私を許せないようじゃ、今まで生かしてくれた人たちに申し訳が立たない」
「なっ!?」
「まだ何も終わっちゃいない。約束だって、守りきれてない。そんな私に死ぬ資格なんてないよな?」
 ぐぐぐっと真剣で押さえ込まれつつもゆっくりと立ち上がる葉桜を前に、相手の方がひるむ。

「悪いけど、」
 僅かに力を抜いて、相手が体勢を崩したところに柄で一撃をたたき込んで気絶させた。そこに、もう震えはない。

 顔を上げて、辺りを見回し、戦況を見聞する。

「さぁ、もうひと踏ん張りだ! 死ぬにゃあ、まだ早えーぜ!」
 遠くで聞こえる懐かしい声。ああ、ここにいたんだ。だから、ここに自分がいるのだと自覚して、今度ははっきりと笑顔を浮かべる。その足で剣を手に声の方へ駆け出し、すぐさまその背に回り込む。

「久しぶりだな、原田っ」
「なっ、葉桜!? なんでおまえが…っ」
「話は後だ。今はこいつらの相手してやろうぜ」
「お、おうっ! 気合入れてくぜ、葉桜!」
 戸惑いつつも賛同してくれた原田と共に周囲の敵を蹴散らす。その懐かしさに泣きそうになるのをすんでの所でこらえた自分は偉いと思う。

「うわぁっ!」
「死にてぇヤツはこっちへ来い! 薩摩のバカどもにはでっけぇ借りがあっからなぁ! 何人だろうと構わねぇぜ!」
 血の気の多い原田を笑いながら、自分も剣を震う。今、原田との道は再び重なった。この喜びを胸に、原田とともに、この戦場を駆け抜けよう。明日へ、明日に向かうためのこの戦いが終わったら、そうしたら。もう一度だけ、ありがとうと言わせてほしい。戦い続けていてくれたことに。変わらないでいてくれたことに。

 後に上野戦争と呼ばれるこの戦いで、彰義隊は多くの血を流して敗北した。そして、葉桜は原田、永倉らと再び出会う。

「もう一度、一緒に戦ってほしい」
 決意に満ちた葉桜の前で、しかし彼らは頷くを良しとしなかった。

「言っただろ。俺らはもう近藤さんと袂を、」
「わかってるけど、そこをなんとか! な?」
 拝み倒しても駄目で。泣き落としなんてやりたくなくて。上目遣いに不安そうに見上げたら、そんな顔をしても駄目だと怒られた。

「そんなに俺らといたいなら、オメーが一緒に来りゃいいじゃねェか」
「だ…! それが出来ないから頼んでるんだろ!?」
「頼んでる、だァ? 頼むっつーならな、もうちっと女を磨いてこい」
 なんでそうなるんだと永倉を殴りつけたものの、あっさりと交わされて。倒れそうになったところをしっかりと抱えられてしまって。

「それとも、今すぐ俺の女に」
「なるか、馬鹿っ」
 結局別れてしまった道は戻らなくて、再びの再会の約束だけで別れるしかなかった。

「本当に、本っ当~に、来ないのか?」
「しつけェなァ」
「…気が向いたら、いつでも来てくれて良いからな?」
 別れ際の背中に小さく小さく呟いたら、二人して戻ってきて、思いっきり頭を叩かれる。

「なぁに弱気になってやがんでェ」
「おまえこそ、無理すんじゃねーぞ」
 そんな言葉を残して、いなくなるまでずっとずっと見送った。完全に姿が見えなくなってから、深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出して。空を見上げる。

 白い雲と青い空の綺麗な五月晴れだ。こんな空の下で泣き続けられるようなら葉桜じゃないから、笑顔をつくって見上げる。

(もう少し、だ)
 残された時間は少ないけど、いつだって自分は迷ってばかりだけど。どうか約束を守れるように、どうか願いを叶えられるように、見守っていてくださいと空の向こうへ呼びかけた。

 風の返事を受け止めて、ゆっくりと一歩を踏み出す。まだまだ先は長いのだ。どこまでもどこまでも青い空が続いてゆくように、自分に出来るせいいっぱいをやるしかない。誓いを胸に、ゆっくり、ゆっくりと道を歩く。次に目指すは、会津、だ。

あとがき

戦争は難しいけど、殺陣を書くのは好きだ。
どう動くかとかいろいろ考えるのが好きです。
でも、武道は少林寺拳法をかじった程度なので、かなり適当です。
頭の中では綺麗に型が決まるんですけどねー。
現実って、厳しいですよねー。
原田メインの回のはずが、ものすごく半次郎メイン。
脇キャラなのになぜでしょうか。
それほど好きってワケでもないのに。
嫌いでもないですが。
んで、原田がいるってことは靖兵隊が加わってるってことだから、永倉もいるんじゃないかと言うことで。
前回同様、イベントをねつ造しました。
本物のゲーム中のこの原田イベントはもっと原田が格好良いですよー。
と、思いついたようにフォローしてみる。
作中でやってやれって話ですね。
予定ではこの辺りで二人がヒロインに懐柔される予定だったんですけど、無理でした(きっぱり。
次は会津編です。
戦争ばっかり書いていると、心が荒みそうでなにか嫌です。
でも、会津にはあの人がいるんでそればっかりというほどでもないと思います。
暴走しないように祈っておいてください。
祈るぐらいで暴走を食い止められれば万々歳です。
(2007/03/06 23:57:41)