幕末恋華>> 永倉新八>> 偽りの笑顔

書名:幕末恋華
章名:永倉新八

話名:偽りの笑顔


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.3.28
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:3940 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:桜庭/鈴花
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p.1

 時々、自分がなんなのかわからなくなることがある。それは初めてヒトを斬った時からずっと、だ。どれだけ普段笑っていても、それはいつだって私の中に潜んでいて、ふとしたときに首を擡げてくる。

 いつから笑顔なんて作るようになったんだろう。

「あははははー」
 他の隊士たちと他愛もない話で笑い合っていても、いつも消えずにそれはそこにある。

「そ、そこまで笑っちゃ…か、かわいそ…っ」
「そーゆー平助君だって笑ってるじゃない~」
 隣で平助君がお腹を抱えて笑っているのに、私だって笑っているのに、どこか冷めた目で見つめている自分の存在を感じてしまう。いつからこうなってしまったのか、どこで間違えてしまったのか。覚悟なんてとっくにできていたつもりだったのに、所詮それは「つもり」でしかなかったってことなんだろうか。

「よォ、楽しそうじゃねェか」
「あ、永倉さんっ」
「新八さん聞いてよ、左之さんってばおっかしーのっ」
 ゆらりと歩いてくる永倉さんに心だけ身構えて。でも、悟られないようにいつものように手を挙げて返して。見た目だけなら、それはもう完全に溶けこんでいるのに、どこかで輪から外されて冷めた目で眺めている自分が怯える。

 正直、私は永倉さんが怖い。この人には見透かされてしまいそうで、いつからか身構えるようになってしまった。そう見えないように振る舞うのにも慣れた。だけど、振る舞っているだけで警戒は解けない。見透かされているのかどうかわからないけれど、近づいてきた永倉さんはいつだって少し優しい目で笑って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「ここだけの話ですよ。実は、」
「その件で左之の奴、すっげェ剣幕でお前ら探し回ってるぜ」
 平助君の笑顔が固まる。

「げ、マジ? なんでオレと鈴花さんってバレたんだろ」
「まあ、そろそろバレてもおかしくないって」
 青くなっている平助君の背中を笑顔のまま叩く。

「さて、じゃあ、私はさっさと逃げますか」
「ちょっ…ちょっと、鈴花さん!?」
「平助君もがんばってっ」
「が、がんば…そんな~」
 軽い足取りでその場を後にする。原田さんに見つかる前にどこへ逃げ込むか。外で探し回られても困るが、どうやら給金前の永倉さんは屯所内で過ごすようだ。永倉さんとあまり長くいても自分を作っていられるのか自信もない。

「島田さんって今日は非番だっけ」
「さっき土方さんに呼ばれてたみてェだから、違うと思うぜ」
「そうですか」
 新選組の幹部は誰もが一流の剣客で、今のように気がついたら隣にいたなんていうのは日常茶飯事だ。だから、そう驚くことでもないのだが、どうして今隣にきているのかということに動揺してしまった。

「オメーが俺を避けるのは勝手だけどよ」
 永倉さんは私の所属している二番組の組長なのだから、避けるも何もない。答えを返さずにいる私の肩をぐいと引いて、自分の方へ向ける。そうして向けられる私の笑顔がニセモノだと、きっと気がつかれている。

「避けるって、」
 やんわりと反論しようとした私のほっぺたが、ふに、とつままれた。いったい、この人は何をしようとしているのか。それを考え込んでいる間に今度はもう片方もつままれて、うにーと引っ張られた。これが子供同士とかならともかく、永倉さんぐらいの男性に普通につままれるだけでも痛い。

「ひゃひひゅひゅんへひゅひゃ~(なにするんですか~)」
「その顔だけはやめてもらいてェな」
「ふゅ?」
「嫌いでもいいからよ、俺の前で作るなってんだ」
 痛みで目に涙が浮かんでくる。そうでなくても、見透かされそうで怖いのに。

 誰にも気がつかれたくない、のに。ヒトを斬るたびに自分の中の何かが壊れてゆくのを感じる。平気だと、思っていたのに。剣士になると決めたときに覚悟なんて出来ていたはずなのに。どこかで吹っ切れていない自分が、泣いている。

 ふっとまた優しい目で笑って、永倉さんが手を離す。とても、とても優しい目で、そんなことを言う、から。だから。

「…嫌い…」
「おう」
「なんで、わかったんですか?」
 俯いている頭に手が乗せられる。ぽんぽんと、いつもとは違う調子で叩かれて、また優しさが伝わってきて。心の中で、涙が溢れた。

「そりゃ、オメー…」
 何も続かない言葉に顔を上げる。涙が浮かんだ私を見て、永倉さんは慌てながらもそっと抱き寄せた。聞こえてくる鼓動の音はとても早い。

「別に何でもいいだろ」
「よくないです」
「いーんだよ」
 こうされるのは別に初めてじゃない。だから、余計にその音の早さが気になった。

 ねえ、期待、しちゃいますよ。

「そりゃ、気づいちまったんだからしゃーねェだろ」
 今、顔をあげたら、この人でも少年のように頬を染めているんだろうか。そんなことを考えてドキドキしている自分がいる。

「永倉さん」
「あァ?」
 顔をあげたら、よく見る前にまた永倉さんの胸に顔を押しつけられた。

「…こんな顔、他の奴に見せられるか」
 ため息と共に吐き出される言葉に心の中から笑いが溢れる。…永倉さんでも、こんな普通の少年みたいな恋をするんだと、嬉しくなる。

「…嫌い、です」
「っ」
「私は弱いから、弱い私が嫌いだから。見られたくないんです」
 でも、反対にそんな私を見つけてくれるから、永倉さんが怖い。見つけてしまうから、見つかったら、きっと好きになってしまうと思ったから。

「オメーは弱くねェだろ」
「ふふっ、根性だけなら負けないんですけどね~」
 いや、見つかるとわかっていたから、好きになるとわかっていたから、怖かったのかも知れない。誰かを好きになったら、私は新選組にいられないような気がしていたから。

 両腕を永倉さんの背中へと回して、きゅっと力を込める。彼の力には到底敵いはしない女の力だけれど、気持ちはこもっている。

「責任取ってください」
「あ、あァ」
「責任取って、私を強くしてください」
「あァ? オメー、それ以上強くなってどーすんだっ?」
 足で永倉の臑を蹴りつける。

「永倉さんに背中を預けられるぐらいじゃなきゃ、ずっとここにいられないでしょう?」
 守れるとは思わない。この人はとても強いから。剣客としても、人間としても強いから。だから、釣り合うぐらいに強くならなきゃ、私が守られてしまう。

「んなことしなくても、俺が守ってやるよ」
「私が、嫌なんです」
 守られるだけの女でいたいなら、さっさとここを出てしまえばいい。でも、隣で戦い続けたいなら、強くならなきゃ。足手まといになるぐらいなら、好きになる資格なんてない。

 身体を離して、永倉さんを見上げる。笑顔は作れなくて、不安な心しか出せなかった。

「永倉さん、誤解してもいいですか?」
「…誤解じゃねェよ」
 ふてくされたような言葉がおかしくて、心の底から笑いながら目を閉じる。ほんの少しの間をおいて、唇に柔らかな感触が触れて、目を開けた。

「まだ閉じてろ」
 目を閉じたままなのにどうしてわかるのか。額がぶつかりそうな距離に身を引きそうになる私を永倉さんが抱き寄せる。

「好きだ」
「っ」
 触れるだけなのに身体中が痺れて震える。それは、甘い痛みとでも呼ぶのだろうか。心地よく、満たされる。自分を見失いかけ、不安になっていた私を簡単に癒してしまう力を感じた。

 時々、自分がわからなくなる。どうやって立っているのか、どうやって歩いているのか、何のために剣を振るうのか。

「このため、かなぁ」
「なにがだ?」
 永倉さんの腕に抱かれて、身体を預けたまま囁いて、目を閉じる。心地よい、揺れに気持ちが安らいでゆくのを感じる。でも、ひと度剣を手にすれば、また不安に揺れるのだろう。それでも、こうして心を預けられる場所があるということ。それがあるというだけで、きっと私は私を見失わずにいられるだろう。

「なんでも」
 なんでもないと答えると、ただ永倉さんは追求せずにそうかと言ってくれた。



p.2

 永倉さんの部屋の前で、少し私は立ちつくした。だって、思っていたよりも片づいていたからだ。絶対、絶っっっ対っ散らかしていると思ったのに。

「なにしてんだ、早く入らねェと見つかるぜ」
「あ、はいはい」
 促されて部屋に入り、障子を閉める。でも、そこから動けないままだ。

「鈴花」
 初めて、名前を呼ばれた。動揺している間に、腕を引かれ、崩れるように永倉さんの上に落ちる。さっきまでとは違って、部屋の中は風もないし、音も遠くて、昼間なのに静かで。誰かの廊下を走る音にまでびくりと身体が跳ねてしまう。

「くっくっくっ…」
 耳元で聞こえる永倉さんの笑い声はからかいが混じっている。

「なんですか?」
「いやァ、オメーのあの気持ち悪い笑顔以外を見るのは久々だと思ってよ」
 気持ち悪いって。

「そうして、素直にしてるほうが断然可愛いぜ」
「なななっ」
 耳元で囁かれて、離れようとする身体はしっかりと押さえつけられている。力を抜けば、簡単に倒れ込んでしまうだろう。

「鈴花」
 私を呼ぶ、永倉さんの声はとても幸せそうで。

「静かにしてねェと、左之に見つかるぜ?」
「っん」
 二度目の口づけはとても深くて長くて、しばらくの間、私は否応なく永倉さんの部屋から動けなくなった。

「この程度でへばんじゃねェよ」
「こ、この程度…」
 これで、と続けようとしたが、本当にへばっていて動けない。本当に、情けない。

「この程度でへばってたら、次はどうすんだ」
 どうって。

「…手加減、してください」
 恥も外聞もかなぐり捨てた情けない私の懇願の前に、永倉さんは少しの間を置いて「無理」と宣言しやがった。私が可愛いのが悪いって、前に色気がないだとかさんざん言った人の台詞とは思えない。

 そう返したら、絶対に手加減しないと言われてしまった。



あとがき

永鈴で甘い話を書きたいんですが、どうやらやっぱりスランプみたいです。
つか、どうでもいいことですけど、永倉さんとか近藤さんとか絶対キス上手いですよね!?あ、土方さんも!!
原田は噛まれそう。あああああ、斎藤さんも天然で危険な気がします。
つか、読み返してみると何を書いているんだ、私!
正ヒロインでまともに書くの初めてな気がするのに、何書いてんだ。
でも、やっとまともに永鈴書けた気がします。
恋華はどうもオリジナルに走っていけない。


一夜明けて読み返して、自分はアホだなぁと再認識しました。
変なもの書いた。でも、後半は良い感じに仕上がってました。
よかったよかった。


てことで、Web拍手でリクエストくれた方に、この話を捧げます。
え、ダメ?
(2007/03/28 09:10:44)