GINTAMA>> RE-TURN>> 行き先なんて歩いていればそのうち決まる1#-5#(完)

書名:GINTAMA
章名:RE-TURN

話名:行き先なんて歩いていればそのうち決まる1#-5#(完)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.9.5
状態:公開
ページ数:7 頁
文字数:18533 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 12 枚
デフォルト名:/美桜
1)
2-1) 傷が疼く
2-2) 怯れる
2-3) 雑魚寝
2-4) 泊まる場所
2-5) 防衛本能

前話「デートしようよ!」へ 2-1) 傷が疼く (土方視点) 2-2) 怯れる 2-3) 雑魚寝 (土方視点) 2-4) 泊まる場所 2-5) 防衛本能 あとがきへ 次話「義理と人情」へ

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p.1

2-1) 傷が疼く



 目が覚めて、一番最初に安心することは隣に誰もいないこと。知らない間に隣に温もりがあることが、今の私は何よりも怖い。それは宙を旅している間に出来てしまった習慣のようなものだ。心安らげる場所なんて、どこにもなかった。

 布団から起き上がり、枕元の上着を羽織って、部屋を出る。寝ぼけ眼をこすりながら、洗面所へ向かって顔を洗い、部屋へと戻る。

「バイトしねぇか、美桜」
 何か人の気配はしたけれど、放っておいて隣の部屋へと入る。

「おい」
「着替える。覗いたら、出て行く」
 彼はその一言で大人しくなり、隣の部屋へと私を見送ってくれる。出て行く、の一言は相当堪えるらしいが、いい加減私の行く宛がないことぐらい気が付けばいいと思う。

 上着を脱ぎ、夜着を脱ぎ、宙を旅して手に入れた異国の服を着込み、武器類を装備し、その上からまた上着を着る。坂本さんにもらったこれは、意外と通気性も良いし、保温性も良いので重宝している。

「今日は全国的に夏晴れらしいですよ、美桜さん」
「ふぅん」
 襖を開けて、出てきた私の目の前で銀時はTVをつけて、寝転がって、ジャンプを読んでいる。

「今日はちょっと寒いところに行くから、丁度良いかも」
「どこ」
「さる御屋敷の貯蔵庫」
「…いったい何の仕事だよ」
「快援隊絡みでね、明かせないの。守秘義務守っとかないと」
 あからさまに不機嫌オーラを漂わせる男を置いて、美桜は台所へと向かう。そこでは忙しなく新ちゃん(妙さんのが移った)が朝食の準備をしている。材料はほとんど私が買ってきたものだ。驚いたことに、これだけの道場に住んでいて、この家にはほとんど金がない。妙さんがホステスで稼いでいるらしいが、銀時のトコで働いているこの少年に収入があるわけもなく、今のところ私が快援隊から借りている金で生活しているようなものだ。坂本さんは最初から私のものだと言っていたがそんなはずはない。

「おはよう、新ちゃん。私、今日は遅くなるから」
「おはようございます、美桜さん。もうすぐ朝食出来るんで、居間で待っててくださいね」
 机に並べられた漬け物を摘み、焼きたてのハンバーグを口へと放り込む。

「ごちそうさま」
「え!? ちょ、あ…っ」
「いやぁ、料理上手だね。良いお嫁さんになれるよ~」
 ひらひらと手を振って台所を出て、もう一度部屋へと戻る。そこにいるだろうと部屋を覗いた瞬間、首を押さえられ、部屋へと引きずり込まれた。

 もちろん、この家でそんな不埒な真似をするような男は一人しかいないだろうが、朝なのでどうしても警戒が先に立つ。

「触るなっ」
 相手を確かめずに放つ掌撃を避けられ、出来た隙から抜け出し、相手に向かって短銃を構える。避けたとはいっても死角のもう一撃は避けられなかったのだろう。踞る銀時を目の前に、はぁと息を吐く。

「いきなり何するんですか、銀ちゃん~?」
「そりゃ俺のセリフだ。俺の息子が大変なことになっちゃうでしょうが!」
「知るか、馬鹿!」
 わかっていてももう制御なんて出来ない。

「…美桜さん?」
「仕事、あるから。今日はもう帰らないって伝えておいて。…いいや、自分で手紙投げとく」
 足早に部屋を離れ、急かす想いのままに恒道館を出て、脇目もふらずに屯所へと向かう。その途中の路地裏で、我に返り、はぁと息をついた。

(私…何やってんの)
 戻りたいと願っているのは私で、銀時たちはそういう風に接してくれているだけだ。戦争が終わってからの自分の足取りを知っている者なんて、ここには誰もいない。それなのに、恩を仇で返すみたいなことを。

「あぁ~あ、最悪…っ」
 痛そうだったなぁと、思い浮かべ、今度帰ったら、ちょっとだけ優しくしてやろうと決意した。



p.2

(土方視点)



 今日はいつになく平和な見廻りだと思っていたら、小一時間前に姿を消していた総悟がとんでもない拾いモンをしてきやがった。今のご時世、よっぽどのことでもない限り、満身創痍になるようなのはいねぇ。大抵、誰しも逃げ方ってヤツを心得ているから、俺たち真選組でもねぇかぎりは大怪我すんのは事故ぐらいだ。

 だけど、そいつは明らかに刀傷やら銃弾といった傷ばかりで、致命傷ではないとはいえ、大量の失血をしていた。普通の相手ならまず間違いなく病院へ向かわせる。

「病院は駄目だってんでここにつれてきやしたが」
「駄目も何もねぇだろ、さっさと医者ァ連れてこい!」
 山崎に医者を呼ばせ、治療の間に話を聞く。

「あの辺で仕事しているって話は聞いていたんで、近くまで言ったら、路地裏から妙な男が飛び出してきやしてね。化け物がいやがるってんで行ってみたら、いきなり撃ってきやして。しばらくして、発砲もなくなったから近づいてみたら、こう構えたままの美桜さんが気絶してたんでさァ」
 こう、と両腕を伸ばして、短銃を構えるフリをする総悟。その情景を思い浮かべて煙草を咥えたまま嘆息した。

「何してやがんだ、あいつァ」
「美桜は口堅いですからねェ、俺らには死んでもいわないとおもいますぜィ」
「だろうな」
 治療も終わり、絶対安静ということで状況も考えて、見張りをつけて美桜を寝かせておく。朝になって目が覚めているようなら聞き出してやると決めて、俺も床についた。

 騒動は深夜に起きた。短銃の音で目を覚ます。

「もう、嫌になるわね! 私が行くって言ったら、絶対に行くのよ!!」
 美桜の部屋から聞こえる元気な声で刀を手にして、現場へと向かう。そこでは美桜を前に震えながら抜刀している見張りの隊士が一人いた。

「あ、土方さん~っ」
「うっせーな、夜中に騒ぐんじゃねぇよ」
 部屋の中を覗けば夜着のまま、部屋に置いておいた俺の予備の刀を構えている女が一人いる。この気迫を前に抜刀していられるだけ、見張りは大した男らしい。

「おう、ここは俺が預かる。お前はもどって休め」
「ああああ、あの…っ」
「ごくろうだった」
 その場を後にする隊士を振り返らずに俺も抜刀し、美桜へと向き合う。こうして対峙するのは初めてだがゾクゾクするほどの強さってやつを感じる。もともとできるんじゃねぇかと思っていたが、こいつは相当だ。

「やる気なら、怪我人だろうが病人だろうが容赦しねぇぜ、美桜」
「土方…?」
 俺だと認識したとたんにへなへなと力を抜いて、その場に膝をつく。

「銀ちゃんを呼んできて」
「!?」
「私、言わなきゃいけないことがあるの。出してくれないなら、呼んできて」
 俺がいることで出て行くのは断念したらしい。鞘へと収め、部屋へ入ろうとした俺の一歩の前、美桜が部屋の奥へと逃げる。

「お、お願いだから、部屋に、入ってこないで…っ。わけ、は明日話すから、銀ちゃんを呼んでっ」
 荒く息を吐き出しつつも、警戒心はむき出しで。前々からここで警戒はしていても、表に出すコトなんてなかったということに気が付く。

「あいつなら、明日呼んでやるよ。それより」
「銀ちゃんを呼んでっ!」
 悲鳴のように繰り返し、ビクビクと部屋の隅で縮こまる姿は、明らかに怯えている。

「美桜さん、こんな夜中になにしてんですかィ、話なら明日でも」
「入ってこないでっ! …お願い、だから…っ」
 総悟が気にせず一歩を踏み出す。一歩ごとに美桜の緊張が高まり。

「お、おい、総悟」
 部屋の半分まで来ると、美桜はくたりと意識を失った。総悟も足を止める。

「山崎、万事屋まで行って、ヤツ引っ張ってこい」
「えええっ、副長、いくらなんでもこんな夜中じゃ旦那だって眠って」
「さっさと行ってこい!」
「はいぃぃぃっ!」
 山崎を送り出している間、総悟は一歩も動かない。

「土方さん」
「なんだ」
「美桜さん、俺らと別れてから…何があったんですかィ?」
 山崎に調べさせてはいるが、宙にいたということと快援隊という壁が邪魔をして、調査は困難を極めているらしい。

「知らねェよ」
 仮に知っていたとしても、美桜が話さない限りは言わねェがな。

 近づいて、小さく丸まっている美桜を抱き上げて、布団へと横たわらせる。小さく震えたままの姿からは、いつもの自由奔放な姿を想像できない。

「これじゃあまるで俺らを怖がって」
「違ェよ」
 目元に残る涙を指で救う。こいつが怖がっているのは、部屋に入る一歩、だった。

p.3

2-2) 怯れる

(沖田視点)



 ぱたぱたと何かを手で探るような音で目を覚ます。それから、昨夜と変わらぬ怖れを響かせた誰何の声。

「そこにいるのは、誰!?」
「うぃーっス、美桜さん」
 俺の声にホッとした息を漏らす。

「ああ、総悟か。おはよう。ねえ、私の上着と短銃は?」
「それなら土方さんが預かってますぜィ」
「土方ね、おっけー。んじゃ、着替えは?」
「その辺に土方さんのと俺の制服を置いておいたんで、好きな方をきてくだせィ」
 部屋の中から聞こえるくぐもった声は、必死に隠そうとしているがまだ震えている。

「もしかして、総悟が助けてくれた? 昨夜は悪かったねー」
「いえ」
「怪我してない? 大丈夫?」
「へい」
 制服に袖を通す音がして、いつもなら覗こうかぐらいは考えるのだが、いつもとは違う意味で俺は動けなかった。昨夜の美桜さんの目が焼き付いて、離れない。

 こちらへ近づいてくる足音に、体が硬くなる。障子が開くまでの間が、妙にゆっくりと感じられた。

 姿を現した美桜さんはいつもの笑顔で、土方さんのダボダボの制服を折って、着ていた。

 まっすぐに俺の前へきて、前触れもなく、俺を抱きしめる。

「昨夜はごめんね」
 耳元で囁くように謝罪される。昨夜と違って、とても落ち着いたいつもの声だ。

「総悟が怖かったんじゃないの。ただ、気配が怖いの。あの時間は誰かといるのが怖いだけなの。だから、気にしないで」
「美桜さん、それは」
 どう意味かと聞こうとする前に温もりが離れ、彼女は鼻唄を歌いながら歩き出していた。いつだって、勝手な女だ。この俺が唯一翻弄される、女。

「待ってくだせィ」
 隣に並んで歩き、手を繋ごうとしたがするりと交わされる。これがいつもの美桜さんだ。

 土方さんの部屋の前に辿り着く前に、美桜さんが何かを見つけて庭へと駆け出す。その先にいるのは思った通り、万事屋の旦那だ。あの人の前にいるとき、美桜さんはすっかりただの子供になるらしい。

 抱きつかれた旦那が慌て、それから、しっかりと美桜さんを抱きしめた。何を話しているのか、ここからは何も聞こえない。

「やっと来たのか」
 ふと隣で呟く男に目をやる。いつもの咥え煙草で、眉間に皺を寄せて、二人を見つめている。

「ったく、朝から暑っ苦しい女」
「俺もさっきやられましたぜィ」
「…マジでか」
 動揺している土方から、もう一度旦那と美桜さんへと視線を移したところで、いきなり土方さんがぶっ倒れた。それは、美桜さんが飛びついたからにほかならない。

「ちょっと、これぐらいで倒れないでよ。鍛え方足りないんじゃないの、土方?」
「てめっぇが、いきなり飛びついてくるからだろ!」
「えー、銀ちゃんは倒れてないよ」
 よっこらしょと、縁側を上がってきた旦那が、美桜を軽々と抱え上げる。

「こいつはニコチン中毒で体力ねぇんだろ。それに、これは俺だけにしておけって、言ったじゃねぇか」
「言ったけどー、土方にも早く謝りたくて」
 抱え上げられたまま、美桜が土方に両手を合わせる。

「昨夜は迷惑かけて、ごめんなさいっ」
「お、おう…っ」
 土方さん、どうして顔が赤いんですかィ。

 旦那の腕から飛び降りた美桜が土方さんに駆け寄る。あ、その角度は。

「美桜さん、先に着替えた方が」
「ああ、着替えなら持ってきたぜ」
 旦那の取り出した風呂敷に、美桜が笑顔で後ずさる。

「そうだ、土方、私の上着は? 短銃は? 総悟から預かってるって聞いたんだけど」
 二人の男が舌打ちする。いや、俺も同じ気持ちですぜィ。今の美桜さんの姿は男のロマンですからねェ。

「上着はもう使い物にならねぇだろ。っつか、服も駄目だ。短銃は、話が終わってからだ」
「あれはもういいじゃないの。それより、おめぇに似合う着物を買ってきてやったからよ」
「やぁだ、銀ちゃん。着物じゃ動きにくいじゃない」
「それぐらいが丁度良んだよ、美桜はじっとしてなさすぎるからな」
 笑っているが、引きつった笑顔で美桜さんが後ずさる。

「外で買ってくる!」
「美桜さん」
 逃げだそうとした美桜さんを抱きかかえる。

「ええええ、ちょ、総悟、邪魔しないで~」
「その格好で外に出るのだけは駄目だぜ、美桜。そんなことしたら、一生ウチから出してやらねぇからな」
「監禁だから! それ、犯罪だから、銀ちゃんっ」
「服は今、山崎に似たヤツを買いに行かせてるから、少し待ってろ」
 土方の言葉に、美桜さんが観念して、暴れるのを止めた。

「…とっさとはいえ、捕まえ慣れてない、総悟?」
「真選組なんで」
「理由になってないっ!」
 仕方ないなぁと笑い、美桜さんがやんわりと抜け出す。

「三人とも、私に振りまわされすぎ。そんなことでどうするの」
 たしかにそうだが、それにしても。

「俺たちが怖いんですかィ?」
 一瞬哀しそうな顔をして、ゆっくりと美桜さんは首を振った。

「銀ちゃんや土方たちだけが怖いんじゃない。今は、気負ってないと制御できないんだ」
 何が、とは言わない美桜にゆっくりと旦那が近づく。

「何を制御できねぇんだ?」
 ふわり、と微笑んだのに、美桜さんは泣いているように見える。

「私自身」
 ぱちり、と美桜が制服の前を外す。これには、驚いて俺も土方も止めようとしたが、美桜は止まらなかった。黙ったまま、旦那が自分の上着を美桜の頭からかぶせる。

「朝っぱらから大胆すぎるぜ、美桜」
「銀ちゃん、私…」
「沖田クン、美桜の寝てた部屋はどこ?」
 美桜さんを慣れたように抱え上げる旦那を案内し、四人で、部屋に収まる。それには少し狭すぎる部屋だ。

「それで、それを見せずに話はできねぇのか」
「ん」
 頷いた美桜さんが再び制服の前を外し、俺たちの前にはだけさせた。白い肌には傷一つ無い。だが。

「なんですかィ、これは」
 鳩尾の辺りに淡く浮かび上がっているのは、文字だ。ただの刺青ではなく、数字とおぼしきものが描かれている。

「奴隷番号、ってヤツ」
 さらりと言ってはいるが、泣きそうな美桜の前でそれは徐々に濃くなってゆく。

「これのせいで、私は私を制御できなくなるの。正気でないとき、全てに恐怖する。そういう風にされた」
 正気である間は心配ないんだけどね、と淋しそうに呟く。

「どこで、そんなもん、」
 流石に言葉を失う旦那を見上げずに、美桜さんは前を閉めた。

「なんで、おまえが、っ」
「声が大きいよ、土方」
「だって、おめーは戦争が終わってから宙へ、」
「とある人の依頼を受けて、暗殺へ向かったんだけど捕まっちゃってネ」
 美桜さんを捕まえるほどの天人。

「殺すには惜しい、だけど自由にするには私は知りすぎていた。だから、薬で自由を奪い、調教された」
 語る美桜さんは顔を上げない。ただ見つめる虚空の先に見ているのは死か闇か。

「坂本さんに助けられたのはつい最近で、そのまえのことはほとんど覚えてない。ただ、ずっと怖くて怖くて、血の臭いがずっと消えなくて」
 小さく震えている美桜さんに、男が三人もいながら声をかけられない。

「助けられてもしばらくは、何もわからなかった。正気に返るようになってから快援隊で航海術と護身術を習った。そして、江戸へ寄港するというときになって、初めて、あなたたちを思い出した」
 必死だった、と美桜さんは笑った顔を上げた。

「昔と同じ銀ちゃんや真選組や皆と会えば、何もなかった頃に戻れるような気がしてたなんて、今考えてもすっごい笑える。過ぎたときは返らないのに、子供みたいに還れることを望んでいたの。…馬鹿みたいに、願ってた」
 手を伸ばして、抱きしめてやりたいと思った。だけど、おそらく触れるだけでも今の美桜さんには苦痛かもしれない。

「戻れないのなら、会いたくなんてなかった。変わってしまったことを受け入れるほどの余裕なんて、全然なかった。変わってしまったあなたたちと会うのも話すのも、私にとっては苦痛以外の何者でもないよ」
 やんわりと拒絶される。それを旦那も土方も黙って聞いていた。

「でも、苦痛であると同時に、嬉しくもあった。変わらない態度で接してくれるとき、淡い想いを、無くしてしまった想いを思い出せる気がするの」
「…想い?」
 小さな俺の問いに、美桜さんが深く頷く。

「銀ちゃんも土方も同じ。その背中をずっと私は追いかけてた。立ち止まらないで、待たないで、ずっと先へ行ってしまってもいつかおいつけることを願って、ずっと走り続けてた。その頃を思い出せる気がした」
 今となってはよくわからないと言い、立ち上がって障子を開ける。陽の光の下で眩しそうに目を細め、空を見上げる美桜さんの目に何かが光る。

「何が欲しかったのか、何を願っていたのか。あの頃…先生が死んでからはずっと必死で生きてきて、どうしたいのかも全然わからなかった」
「今も、それは同じ。解放されて、どうしたいのか、なにをしたらいいのか、何もわからないまま惰性で生きてる」
 空は晴れているのに、美桜さんは土砂降りの雨の下にいるように、震えている。でも、それは下を向いているのではなく。見開いた瞳を天へと向けたままだ。

「船を降りたばかりの時はまだ平気だった。だけど、快援隊の皆がいなくなって、日が経つにつれて…夢に、見る。血が滴る、夢。私が、血を、恐怖を、死を求める夢」
「美桜さんっ」
 手を引いたけれど、もう美桜さんはこちらを見ない。

「しっかりしてくだせィ、あんたは」
「ただの奴隷なんかじゃない。私は、あの部屋で快楽と恐怖を与えて、与えられて、ずっと過ごしてきた。こんな私が、ここにいる資格なんか」
 がり、と骨を砕くような音が響いた。

「って!」
 美桜さんの口に指をつっこんだ土方が苦痛の声を上げる。

「ったく、無茶するんじゃねぇよ」
 驚いた美桜さんがおそるおそるその口を開けて、土方の手を解放する。噛み痕に血を滴らせた土方の手を見、それをした人を泣きそうな顔で見上げる。そんな美桜さんの頭を土方がそっと撫でる。

「過去に何があっても俺たちは何も変わらねぇよ」
「…ごめ…っ」
 ぺろりと、その傷跡を舐める。必死なのだろう。自分が何をしているのか自覚なんてしていないだろう。その姿はひどく男の欲情をそそるような姿だと。

 言葉もなく、それに魅入る。ぽろぽろと透明な雫をいくつもいくつも見開いた瞳から零しながら、必死で血を舐め取る。堪えきれなくなるのは旦那の方が早かった。

「ここにいるのに誰の許可もいらねぇだろ。だいたい、俺たちゃ昔っから好き勝手やってんだ。誰に尋ねる必要もねぇだろ。いたいなら、いりゃあいい」
 美桜さんを引き寄せ、腕の中へ語りかける。

「だけど、私はっ」
「腹のヤツは見せなきゃ誰も気が付かねぇよ。ていうか、そりゃ脱がなきゃバレねぇもんだろ」
「ここにいたらきっとまた傷つけるよっ?」
「俺がそんなに軽い気持ちで一緒にいると思うなよ」
 はっとした美桜さんが旦那の腕を振り払い、俺たちから距離を取る。

「私だって、軽くないっ。軽くないから、苦しいんでしょ!? 三人とも大切だから、傷つけるのが怖いんじゃないっ」
 俺も含まれたことに驚いた。すっかり眼中にないものと思っていた。

「決めつけてるとこ悪ィですが、あんたは俺たちがそんなに弱いと思ってたんですかィ?」
 だから、つい口が出た。いうつもりはなかったのに。

「弱くないよ。強いでしょうよ。だけど…本当に好きになったとしても私は一緒にいられない。一緒に寝たら、きっと朝には殺してる。血溜まりの中で、ひとりで眠っているんだよ」
 そういう風に過ごしてきたのだと、云った。

「だったら、好きになる前に消えてしまった方がずっといい。誰かを、殺す前に」
 その瞳が剣呑な光を帯びる。

「総悟、気をつけろ」
「へい」
 二人で抜刀の構えで迎える。旦那は、ただ俺たちの前にたったままだ。

「おふたりさん、相手は美桜よ。ここは俺にまかせな」
 何の気負いもなく向かいながら、旦那がふところから苺を一粒取り出す。

「実は今朝、来る途中でいーものもらったんだ。おまえの好物だろ?」
「来ないで、銀ちゃん」
「ほれ、口開けな」
「来ないでって、言ってるでしょ!?」
 悲鳴のような声を無視して、苺を放り投げる。動かない美桜さんの口にそれが収まる瞬間を逃さず、強く腕に抱きしめる。

「ほーらほら。イイ子、イイ子。もう怖くないよ~。銀さんがいるから、大丈夫」
 根拠のない言葉だが、効いているようだ。

「変わんねぇな、美桜は。いつまでも俺の可愛い拾いモンだ」
「…っ」
「怖いコトなんてなんにもねぇよ。銀さんがぱぱっとやっつけてやっから」
「…銀…っ」
「何があっても、俺は絶対にお前のそばにいてやるし、絶対に先にいなくなったりしねぇから、安心しろ」
 縋りつくような、幼い呟きが聞こえる。

「なんてったって、銀さん無敵だから」
 巫山戯ているけれど、愛しさ全開のそれを聞いてしまえば、自分なんて敵わないと思ってしまう。土方さんも同じなんだろう。煙草を深く吐き出す。

「おい、そこの馬鹿ども。さっさと離れろ」
 落ち着いているように見えて、相当苛ついているらしいや。面白そうなので、俺も旦那と美桜さんの方へと向かう。

「旦那ァ、そろそろ美桜さんを着替えさせやせんかィ。その制服、実は土方さんの一張羅でさァ。そろそろ美桜さんがマヨ臭くなっちまいますぜィ」
 後ろで騒いでいる土方を無視して、旦那の腕の中へ話しかける。

「そいつはまずいな。せっかく旨そうな匂いしてんのに」
「私は甘くなんかないって言ってるでしょ」
 痛そうな音ににやりと笑う。踞る旦那の腕から抜け出した美桜さんが、いつものように不敵に笑う。

「はははっ、美桜さんはそうでなきゃァ!」
 俺の頭を犬を撫でるみたいにガシガシ撫でて、じゃあとそのまま庭へ降りる。

「触れあうのは怖い。馴れあうのはもっと怖い。だけど、できるだけ頑張ってみるよ。人生、なるようにしかならない!」
 無理をしてるだろうコトはわかる。だけど、そうしなければ立っていられないほど、弱い人。

「くくくっ」
「総悟、妙な笑いはやめなさい」
 俺を咎める美桜さんもしっかりと苦笑していて、振り返った姿はなんだか可愛らしかった。

 ずっと敵わねぇとおもってたんですぜィ。だけど、そんな風なあんたの顔見るのはなんだか楽しい。さっきのような必死な顔も、泣き顔もかなり俺好み。

「ねぇ、美桜さん。俺も参戦してもいいですかィ?」
「駄目」
 あっさりと断られちまった。

p.4

2-3) 雑魚寝

(美桜視点)



 よく寝たなぁと目を覚ます。そして、部屋の中を見回した私は自然な笑みを零した。戦争からの経緯を告白した後、私は真選組で長期滞在することとなった。気配があるのが駄目だというのなら丁度良いと平隊士たちの大部屋へ放り込まれた。荒療治兼隊士たちの根性を叩きのめすためだと言っていたが、両隣に土方と総悟がいたのでは、他の隊士たちもおちおち眠っていられないだろう。

「何もみんなで寝なくてもいいのにねぇ、退くん」
「ていうか、副長達がここにいたら、休まるものも休まりませんよォ」
「でしょうね」
 仕方ないなぁと早起きな山崎と小声で話しながら、総悟の鼻を抓む。

「ちょ、何してんですか!」
「うふふ、日頃の小憎たらしい総悟に愛情を示してるの」
「俺はもうちっとストレートなほうが好みでさァ」
 目が開いたと思う間もなく、目の前に顔が迫る。唇も触れあいそうな距離の目の前に朝っぱらから白刃が煌めく。

「てめぇら…」
 腹から響く声に他に眠っていた隊士たちも飛び起きる。

「朝っぱらから何してやがるっ」
 その刃にキスをして、ひらりと飛び退く。

「良いお目覚めですねぇ、土方さん。可愛い寝顔でしたよ」
 命知らずだという声が聞こえた気がしたが、さくっと無視する。ちなみに来ているのは土方の隊服を借用したままだ。

「ほぉう、そういうことを…」
「あぁら、こんなところにちっちゃいマヨネーズが」
 ポケットからすかさず彼のライターを取り出し、枕元の煙草を蹴り上げて、一本を彼の口へと咥えさせる。

「ニコチン中毒は大変ですねぇ。…さ、朝の稽古と行きましょうか」
 合図と共に布団を蹴り上げる。目眩ましの隙に山崎の投げてくれた木刀を手にし、重苦しい気合いを放つ。

「いーい度胸だなぁ、美桜」
「うふふふふ、今朝も素敵なお姿でしてよ、十四郎さんっ」
 名前を呼ばれて怯むなんてことはないだろうと踏んだのだが、意に反して周囲が静まりかえった。そうと気が付いたのは鍔迫り合いの最中だ。

「美桜さん、朝っぱらからなんでそんなに元気なんですかィ」
 眠そうな総悟に問われ、小さく笑う。

「殺されるよか、マシでしょ?」
 ぱちりと目を見開いた総悟を無視して、身を翻す。そう、土方はわかっているから朝から相手をしてくれるのだ。堪えて堪えて、朝方にそれを発散させるのに付き合ってくれる。手加減なしの朝の美桜の相手を出来るものなど、新選組じゃ土方と総悟ぐらいしかいない。

「違ェねぇや」
 くくく、と行儀の悪い笑いを浮かべる総悟を伴い、部屋を出る。着替えるためだ。

「今日の予定は?」
「…遅くなる」
「どのあたりでさァ」
 私が答える間もなく、後ろから殺気を含んだ主がやってきて、私の襟首を掴んで、そのままのスピードで引き摺る。

「なになになになんなのー!?」
 いってらっしゃーいと総悟の姿が遠くならない間に、土方の部屋へと押し込められる。

「俺のライター、返しやがれやっ」
「朝から血管ぶち切れそーですねぇ」
「ふ、ざ、け、ん、なっ」
 はいはいとポケットからマヨライターを放り投げて渡す。

「そんで、今日の予定は」
「遅くなる」
「なんで」
「行動の制限までは受けてないと思ったんですがー?」
 それに、と付け加える。

「新妻みたいな心配しなくてもちゃんと帰ってきますよ。ここに、ね」
 明らかに狼狽する土方を笑い、今日も屯所の裏口を抜ける。スキップでもしそうな勢いで快援隊日本支部へと向かう美桜の足取りはとても軽い。全速力でチャリが駆け抜けていっても意に介さないぐらいだ。



p.5

(土方視点)



 美桜が真選組に再び居座るようになって、はや一週間。未だに俺は朝の状況に慣れない。

 気配があると殺してしまうというので、だったら丁度良いから平隊士たちを鍛えてやれと大部屋へ放り込んだ。だが、相手は手練れとはいえ女だ。野獣の群れにそのまま放り込むのもどうかと懸念し、総悟と共に一夜目を隣で過ごした。危険な素振りでもあれば、すぐにでもふん縛ってやるといったら、野郎は無防備に笑いやがった。…泣いていたように見えたのは気のせいだ。

 見廻りを終わり、部屋で書類整理をしている俺の前に美桜が現れる。

「たっだいまー」
 今までも同じく何の気兼ねもなく俺の部屋へ来て、俺の服を奪ってゆく。そういえば、どうして寝るときに俺の制服なんだと聞いたことはなかった。

「着物が嫌いか」
「襲われやすいからね」
 こともなげに明かされ、納得する。ちなみに通常の服は快援隊にあるという自分の服を持ち込み、丈の長いあの上着はちゃっかりと新調している。

「…慣れたか?」
「少しだけ」
 短い会話をして出て行こうとするその腕を引く。とっさに繰り出される裏拳を避け、蹴り足を抑える。見事な体裁きだ。

「慣れねぇ、か」
「ごめん。急には止めて。制御、」
「必要ねぇよ」
 俯き出し、震えそうになる体を抱きしめて囁く。

「俺なら問題ねぇけど、他のヤツには極力手加減してやってくれ」
「できるならそうしてる」
 一週間で数人が既に病院送りとなっている。ただ単に夜に声をかけただけのヤツもいれば、不逞を働こうとした馬鹿もいる。総悟や俺、山崎や近藤さんが待ったをかけることで救われているヤツもいるし、美桜が寸前で正気に返ることもある。

 普段の鍛錬が足りないヤツァ、これでずいぶんとわかった。

「離して…」
 弱々しい腕の中の声にそっと耳を寄せる。

「…俺じゃァ、駄目か?」
 疑問に思って顔を上げた隙に口付ける。理性を総動員して、重ね合わせるだけに止める。だが、それだけでも瞳が潤む。

「昼に、万事屋と会ってただろ」
「ケーキ奢らされてただけだよ。それに、土方には関係ない」
「ふっ、そうだな」
 手放した俺を哀しそうに美桜は見つめている。今にも逃げ出したいのを堪えているのが見え見えだ。

「行け。俺ァ、今夜は夜番よ」
「…え、総悟、も?」
「いる。明日の朝は、ヤツにお見舞いしてやれ。あいつは美桜の剣をうずうずしながら待ってやがんだ」
 とたんにその顔が渋面する。やはり、か。

「総悟は、もう俺と互角にできる腕がある。手加減してやるな」
「…総悟は、駄目」
「くれぐれもいっておくが、あいつはかなりのサドだからな。手加減なんかしたら、呪われんぞ」
「…土方がいないなら、今日は、寝ない」
 信用されているのかいないのか。ぎっと口を引き結ぶ姿に嘆息する。

「万事屋に行け」
「それは駄目。新ちゃんと神楽ちゃんが」
「だ、か、ら、だ。あの娘は夜兎族らしいからな。てめぇ一人が暴れたところで叩きのめしてくれるだろうよ」
 美桜の瞳が剣呑になる。

「夜兎でも子供よ。手は出せない」
「…おまえなぁ」
「ここで、土方を待ってる」
 今にも泣き出しそうな顔で、そんなこと言われたら。行くに行けねぇじゃねーか。

「おまえは新妻か」
「結婚してないもん。それに、付き合ってもいないじゃない」
「てめーが今朝言ったんだぞ」
「私はいいの」
 ワガママで勝手な女だ。こんなめんどくせーやつだったかと思ったが、普段との強気とのギャップはかなり、くる。

 がしがしと頭を掻く。

「寝てろ。帰ってきたところで、今朝みたいに襲われても対応しきれねぇんだ」
「…大変な任務なの?」
「ちっとな。本当は総悟も連れていきてぇが、おまえがいるんじゃ出られねぇとかぬかしやがって、あの野郎っ!」
「じゃあ…銀ちゃんのとこに行く」
 置いて行かれた子犬みたいな目をしてこちらを見る美桜にはきっと自覚がないのだろう。その目に、俺は弱い。でも、任務は任務だ。気を抜けるようなモンでもなければ、仮に怪我をして戻ったとき、こいつの歓迎では更に追い打ちをかけるようなもんだ。

「悪ィな」
「ううん、迷惑かけてるのは私だもん」
「んなわけねぇだろ。明日の夜にまた来いよ」
「ん」
 ひとつ頷いて、俺の隊服を抱えたままで美桜は走っていった。本当は、引き留めたい。だが、あいつの恐怖を思うと。あの夜の俺たちを見る怯えた目を思い出すと、とても引き留めてはおけない。いくら日を置こうと、あいつはもう、元には戻れねぇのかもしれない。

p.6

2-4) 泊まる場所

(美桜視点)



 暮れかける町の影を踏んで、隠れるようにひた走る。向かう先はたった一つだ。銀時の世話になれとは言われたけれど、これ以上の迷惑はかけられない。

 零れかけた水が眦から風にながれてゆく。

 最後に見た土方の眼差しはかすかに剣呑だった。刀を持つときのように、激しく揺さぶられているのが見えた気がした。土方でなければ、抑えられない。

「ヅラはいる!?」
 北斗心軒の暖簾をくぐったせっぱつまった私の目の前には、暢気にラーメンを啜っている二人がいた。ふたりというのは、つまり。

「ヅラじゃない、」
「なんで銀ちゃんがここにいるのぉぉぉっ」
 桂の言葉を遮った私の前で、不機嫌そうに麺を啜っているのは、今一番会いたくない相手だ。

「さては、土方の差し金ね!?」
「あぁ? なんのことだ?」
 返答からして、どうも知らないらしい。そう知って、安堵する。

「なんでもない。幾松さん、私もラーメンひとつ」
「あいよ」
 手早く出された丼から、とりあえず、汁を啜る。

「なんでこの時間にいるの」
「ヅラに用事があったから」
「大方、真選組で捕り物があるからだろう」
 なんで、知っているんですかっ。

 がん、と肘をカウンターにぶつけた。痛い。

「ほぉう、じゃあ今日はウチに泊まるんだな。布団は余ってねぇからよ」
 一緒にと言いかけるエロオヤジに肘を喰らわす。

「ご近所さんに迷惑かけるし、行けないよ。だから、ヅラに潰れてもよさそうな人気のない隠れ家を聞きに来たのに、なんでいるの」
 隠しても無駄だとぶちまける。

「なんでってそりゃ、おまえ」
 ずるずると麺を啜る。その間銀時がぐちぐちと言っていたが要領を得ない。こんなのに用もなければ、時間もない。

「大体は銀ちゃんに聞いてるでしょ。良い場所、教えてよ」
「人に頼む態度には到底見えぬな。おまえも、銀時も」
「なによ、三つ指ついて土下座すれば納得するわけ? それとも…証拠でも見たいの」
 がたんと大きな音を立てて銀時が立ち上がり、美桜を荷物のように脇に抱える。

「さぁて、そろそろ帰るわ。またな、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
 決まり文句のように繰り返す桂を残し、私を抱えたまま銀時は店を出た。暴れてもいいのだが、なぜこうするのかわかるので大人しくしておく。どうせ、万事屋に連れて行かれるのは目に見えているのだ。無駄に抵抗するぐらいなら、寝静まってから逃げ出してしまった方が良い。一時でも一緒にいれば、こいつだって諦めるだろう。

「あれから一週間、か。気配には慣れたのかい、美桜さんよ」
「ちょっとは」
「ちっとか。ババアに騒がれても面倒だし、しっかたねぇなぁ」
「?」
「要は人間がそばにいるんでないならいいんだろ」
「…動くもの」
「じゃあ、動かなきゃいいのか」
「気配はついで。空気を動かすものでないのなら、気配を放つものでないのなら壊れない」
「布団ズタズタってのはねぇんだな?」
「血塗れはあるけどね。そんなん、私はやだよ」
「俺もやだよ。やつらに何言われるかわかったもんじゃねぇし、新八の姉貴にもいろいろ言われんだろ。やだよ、そんな面倒」
 考えていたとおり、私は抱えられたまま万事屋へ連れてこられた。悔しいので、気絶したフリをする。これで新八や神楽からの心証を悪くすればいい。そんで、怒って二人が出て行ってしまうくらいが丁度良い。きっと銀時は話していないだろうから、二人に危害が及ばなければ、まだ良い。

「美桜さん、ずっと真選組で監禁されてたって本当ですか!?」
 え。

「ニコチンにマヨ漬けにされてないアルか? サド男に苛められてないアルか?」
 ななな、なんで? どういう誤情報。

「わんっ」
 定春まで、何言ってんの!? つか、真選組にいたことは伝わってるけど、なにこれ。

「銀ちゃん?」
 二人と一匹の騒ぎを意に介さず、銀時は私を奥の部屋の布団の上へと投げ落とした。かなり、乱暴に。本気で、荷物みたいに。

「もうちょっと優しく落としてよ!」
「やーさしーだろー。銀さん、この上なく優しいと思うよ~」
 無茶苦茶に言いくるめて、銀時は彼らを追い出す。何を考えているのか、わからない。

「…銀ちゃん、私、」
「雑魚寝なんて久しぶりだったろ」
 急に言い出されて、戸惑う。昔のことを持ち出して、それでどうにかなるとでも思っているのか。

 布団の上の私の前を通り過ぎ、平然と寝間着に着替えてから、私を振り返った。

「ほれ、着替えだ」
 投げられたそれは一応、洗い立ての香りがする寝間着だ。銀時と色違いに見える。それから、まったく私を気にすることなく、銀時はごろりと布団に横になった。いつもどおりと見えるその動作に、私の方が面食らう。

「あの、銀時さん? 何故、こんなものを?」
「ニコチン臭なんて隣でしてちゃ、眠れるもんも眠れやしねぇだろ」
 土方の制服を持ってきていることの気が付いていたらしい。相変わらず、恐ろしい嗅覚だ。おそらく、私が高杉といてもその煙草の匂いをかぎ分けるに違いない。桂といても、きっと。あれ? そういえば、いつも私が桂の所へ向かうと、いる気がする。

「銀ちゃん、もしかしてまだ攘夷」
「明日も仕事か?」
「そ、だよ」
「ちゃんと休みはとってんのか~?」
「う、うん」
「どれぐらい」
「銀ちゃんよりは、多い、かな」
 笑顔がぎこちないのは自分でもよくわかった。休んでいるかと問われれば、銀時が仕事をしている時間を同じぐらいは休んでいるぐらい。つまり、ほとんど働きづめだ。そうでもして、疲れ切っておかなければ、余力を残しておいては、真選組で雑魚寝なんてしていられない。

 土方らの提案にこっそりと美桜は妥協案をつけたのはそのせいもある。仕事の内情を知られなければ、休んでいないことを知られる。そうすれば、無理矢理に休まされた結果、有り余る力で全てを破壊しかねない。

 目の前で銀時は眠そうに欠伸をする。

「早く着替えろや」
「…え」
「俺が目ェ瞑って、十数えるまでに着替えろよ。でないと、一晩中耳元で苺牛乳って囁いてやる」
「はぁ!?」
「いーち」
 マイペースな銀時に促され、戸惑いながらも着替える。一晩中言っていられるわけもないのだが、勢いに押された。

「着替えたな」
 にやりと笑った銀時はあろうことか、自分の隣を叩く。即座に美桜は首を振った。そんな危険な真似は出来ない。真選組では雑魚寝だったし、ありすぎる気配の中ということと両隣に腕の立つ二人がいたからこそ、ギリギリ無事だったのだ。

「何を怖がってやがる。昔はこうして一緒に寝てたろ」
「だって、私は、」
「ごちゃごちゃいってねぇで、ほら」
 たしかに先生が亡くなるまでは一緒に眠っていた。怖い夢を見ても、哀しい夢を見ても、いつでも一緒にいれば、それは安心に代わった。でも、今は。

「私の話覚えてる? どんなに戻りたくてももう、今は」
「いいから、来いって」
 変わらないということが、こんなにも嬉しくて、こんなにも怖いとは思わなかった。

 片手を額に当てて、溢れてくる笑いが口から流れ出る。

「ばっかじゃないの。そんなんで戻れるなら、苦労しないよ。私は、行く」
 立ち上がろうとした私をいつのまにか起き上がった銀時が抱え上げ、よっこらしょと器用に再び寝転がった。

「おーやっぱおめぇは変わらずあったけぇ」
「子供って言いたいの?」
「いいや、美桜は美桜だ」
 守るように抱きしめられ、だけど少しも動くことは敵わない。いや、きっと他の人ならば容易に私は抜け出せる。できないのは、銀時、だから。

「…眠れない」
「ぐー」
「って、もう寝てんの!? はぁもう主人公論はもういいから、一緒に起きててよ」
「ぐー」
「狸寝入りするなら、くすぐるよ」
「ぐっ…ぐぅぅぅぅぅっ」
 あくまで寝ているのだと主張する銀時の脇腹を抓り上げるが、痛みを堪えながらも寝たふりを決め込むらしい。

 どうしたってこの男には小さな頃から敵わなかったことを思い出す。自分がどれだけ我を通そうとしても抑えつけるのではなく、するりと交わされて、居心地の良い腕の中に収められてしまう。

「私だって、銀ちゃんだって、もう子供じゃないんだよ」
 自分が変わらないではいられなかったように、銀時だってかなり変わった。覇気はなくなり、死んだ魚のような目で穏やかに世界を見つめて。

「朝起きて、銀ちゃんが死んでたら許さないから」
 自分の言葉に泣けてきて、こぼれる涙もそのままに美桜も瞳を閉じた。心なしか自分を抱く腕が強くなったことに気づきながら、浅い眠りへと堕ちていった。

 朝起きて、誰もいないことに安堵する。そんな日をどれだけ過ごしたのか、わからない。

 朝起きて、自分が血溜まりの中にいることに恐怖する。そんな日をどれだけ過ごせばいいのか、わからない。

 悪夢に終わりはないのだと、誰かが囁いていた。夢じゃない、現実だとわかっていたのに、私は私の現実を受け入れられなくて、心を、閉じた。

 暗闇の中、必死に私を呼ぶ声は銀色の光を放っていた。ずっと求めていた平穏の日々。取り戻せない、過去の温もり。

p.7

2-5) 防衛本能

(銀時視点)



 呟きから三秒で腕の中から聞こえる寝息に、小さく息を吐く。警戒している割に、こうすると安心して直ぐに眠っちまうのは変わってねぇ。意識してないのが丸わかりで、なんだか哀しくもなってくる。だが、今でも変わらずに接してくれるのが嬉しいというのはよくわかる。

 抱きしめたまま、その髪を手慰みに弄ぶ。昔と変わらない感触、手触り。だけど、香りには自分と同じく、血の匂い。

(お互い、染み付いちまったモンは消せねぇな)
 快援隊で仕事をもらっているとはいえ、無理強いはできないだろう。だが、経緯からして、美桜は相当危険な仕事を請け負っているはずだ。

 丁度一週間前、真選組に担ぎ込まれた時、満身創痍でありながらも重症はひとつもなかった。腕を考えれば当然だが、満身創痍になるまで無理をしていたのは、やはり気遣ってのことだ。

(疲れてても体は忘れねぇ。危険なときには無意識で己を守れって言っただろ)
 小さな娘が一人であっても生き抜けるように、松陽先生はあらゆる技を教え、俺たちも手加減なしでは対応できないほどだった。

 特に、無意識で動く時の美桜は自分を守ることにかけては一流だ。そうなるようにしたのは天人などではなく、銀時たちだ。それが、裏目に出るとは思わなかった。

 腕で休まる美桜の頬をそっと撫でる。そこに残る涙の後に口をそっと寄せて、舐める。

「心配しなさんな。美桜はずっと変わらねぇよ」
 塩辛さに眉を顰める。

「んぅ」
「どした?」
 甘えるような声で縋りつく手が、寝ぼけたまま、無意識に自分の服の隙間から温もりを求める。

(オイオイ)
 これは新たな拷問だろうか。好きな女が縋りついてくるのは嬉しい。が、今の美桜は無意識だ。覚束無い手つきで前を開け、胸板に唇を寄せてくる。小さな舌が、ちろりと舐める。

「美桜さ~ん、襲う気ですかコノヤロー」
 無意識に何を言っても仕方ないだろう。

「お父さん、そんな娘に育てた覚えはないんだけどなぁ」
 これも例の調教のひとつ、ってか。こりゃあ、きっついわ。こんな風に縋りついて、こんな風に迫られて、落ちない男はない。普通に部屋に案内されて、こんなに可愛い女がいて、しかも無意識に誘われるとありゃあ。

「美桜さん、いっちょ起きちゃくれませんかね」
 真選組でこんなことが起きたというのは聞かない。ニコチンもガキも何もこんなことがあったら平然としていられないはずだ。

 自分の腕の中で安心して熟睡しているという証拠でもある。が、きついことに代わりはない。

「美桜、起きろ。いくら銀さんでも限界だって」
 切ないため息が体にかかる。

「美桜」
 引きはがし、その体を強く揺さぶる。虚ろな瞳がゆらりと開き、嬉しそうに微笑む。

「私の眠りを妨げるお前は何者ぞ」
「妨げたいワケじゃないから。単に銀さんが眠りたいだけだから。おまえも大人しく寝ましょうねー」
 ゆっくりとその瞳が閉じる。

「銀…照合…」
 機械的にブツブツと呟き、再び美桜は眠りに落ちた。

「なんだ、なんだぁ?」
 不可解ながら再び眠りに落ちた美桜を抱き直す銀時。今度は何もせずにすやすやと眠る姿に息をつく。だが、さっきみたいなことがあっては堪らないと寝返りを打たせて(慣れてるから)、後ろからぴたりと抱きつく。丁度良い抱き心地と、丁度良い体温に次第に目蓋も重くなる。

「おやすみ、美桜」
「銀兄…会いたい…っ」
 切ない囁きが心を打つ。その呼び名は、本当に小さな頃のものだ。先生が死ぬ前までの呼び方。

 宙で捕らわれていた間、何度自分を呼んだのだろう。それを想うと心が痛んだ。その間、自分が生きるだけで精一杯で、欠片も心配なんてしちゃいなかった。

「ここにいるから心配すんな」
 耳元で囁いて、俺も浅い眠りへと落ちた。

 目が覚めたのは明け方だ。腹の上の重さに叫びそうなのを堪えて目を開けてみれば、馬乗りになった美桜がボロボロと泣きながら、縋りついていた。

「銀ちゃん、銀ちゃん…っ」
 まるで自分が死んでしまったかのような様相に眠気も何も吹っ飛んだ。

「おぉい、とりあえずどいてくれねぇか、美桜」
「私、私…なんで…なんで…っ」
「おーい、銀さん生きてるから。死んでないから、許してよ。ねぇ?」
 錯乱している美桜を自分の上で抱きしめて、何度も何度も囁く。

「ねえ、俺、生きてるから。死なねぇから、大丈夫だって」
「嫌だ、もう、こんなの、やだよぉ」
 いつから持っていたのか。袖から現れた刃先がその喉を突く前に、かろうじて、手で押しとどめる。

「俺は、大丈夫だっていってんだろ」
 起き上がり、もう一度言って、ただ口を重ね合わせる。ギリギリで、己を制御し、美桜を落ち着かせようと努める。何度も大丈夫だと繰り返し、中学生みたいな淡いキスを繰り返す。

 そして、やっと落ち着いた頃、不意にスイッチが切り替わるように美桜の瞳が変わった。

「うわ、銀ちゃんひどい怪我。土方もそこまでの怪我はしてなかったよ?」
「誰のおかげと思ってんだァァァッ」
 つっこんだ俺の前で、涙を拭いながらも嬉しそうに笑った美桜の顔を一生忘れまいと心に誓った。

「消毒消毒」
「包帯包帯」
 パタパタと起きた美桜はよく動き回り、あっという間に手当を完了してくれた。俺の手は大怪我でもしたかのようにぐるぐる巻きだ。

「やり過ぎだ」
「あ、やっぱり?」
 ひゅんと空を切る音がして、数枚の包帯が落ちる。

「……」
「これで充分だもんね。あれ、どうしたの銀ちゃん?」
「どうしたじゃ…いや、もういいや。なんだか疲れたよ」
 ごろりと今度はソファに横になる。その隣、美桜がぺたりと床に両膝をついて座ると、目線は丁度だ。

「迷惑かけるから、もう泊まらせないでね」
 にこにこと言っているクセに、そんなウソ笑顔に騙されるか。がっしとその頭に手を置く。

「よく眠れたか、美桜さんよ」
「うん。…久々」
「そうか。じゃあ、また来い」



ーー俺もお前がいた方がよく眠れんだ。



あとがき

- 2-1) 傷が疼く


銀魂風なタイトルで書いてみたかっただけ。


- 2-2) 怯れる


こっそりと沖田参戦させようとしたが、断念
この沖田は銀魂の沖田じゃない気がするし
つか、どうなぞっても恋愛感情じゃないし


- 2-3) 雑魚寝


真選組の朝の風景って、どうにも子供の頃とダブるんですが
いや、そこまでスパルタじゃないですけどねぇ
子供は朝から父親とお散歩って日課があったもんで
眠かろうが何だろうがたたき起こされてました


その反動で今は起きないのだろうか(絶対違う


- 2-4) 泊まる場所


- 2-5) 防衛本能


どんな体質!?とつっこみたい感じですよね
(2007/08/22)


公開
溜まりに溜まっているけど、小出しに銀魂
まだまだありますよー(ぇ
(2007/09/05)