夕陽に音が混じる。運動部の掛け声と、烏の鳴く声と、吹奏学部の取り止めのない演奏。
(これや、眠くなる原因は)
大きく欠伸を一つして、また机に突っ伏した。後頭部の頭痛やら、脛の痛みやらは和馬や奈津実らの起こそうとしてくれた後やな。もうちょい穏便に起こすてーこと、覚えた方がええわ。あの二人は。
時計をふと見る。
ーーーーーなんや、大切なこと忘れとる気するんやけど。
「まぁ、ええか」
こうしとると、葉月となんや変わらんな。違いといえば、葉月がただ寝てるんに対して、俺の中には女の姿しか思い浮かばんてとこやろ。あ。言っとくけど複数とちゃうで。たったひとりや。たったひとりだけが、俺の中を掻き乱す。想うだけで、こんなあったかな気持ちにさせるんわ、たった一人にしか出来へんよ。
断続的に演奏が流れる。さっきから同じ所で止まってるな。もう、何度も聞いて覚えてもうたわ。このあとは、フルートの独奏が。ほら、ほらな。あんな燃えるほどの夕陽にくべる薪や。春霞の演奏がそうなんや。どんな場所に居るよりも、ここで聞くのがなにより温かい。温かさを知ると、独りの部屋に帰りづらい。
「やっかいやわ」
なんてもんに惚れてしまったんやろ。でもどことなく遠足前みたいな、誰かに悪戯をしかける前みたいな浮れた気分や。
もっともこの姫条まどかは、好きな子に悪戯しかけるほど幼稚でないし。好きでもない女を追いかけるほど暇でないし。
ただそいつがーー人よりかなり鈍いてだけや。
「ほんま、やっかいな女…」
音がずいぶん長く途切れている。風に乗ってくる音は、野球部のボールを打つ音と、微細な空の音。
もう一度、時計に目を向ける。
ーーーーーそろそろ、そろそろ…。
「あー!!」
窓の外を幾人かの生徒が歩いている。そして、俺はようやく何を忘れていたのか思い出し、いそいでケータイを取り出した。
昇降口。『東雲春霞』と銘された下駄箱を覗いてみる。まだ校内にいるらしい。
どうするか。待ってたら、一緒に帰れるかもしれんか。
「姫条? あんた、まだ学校にいたの!」
ぱたぱた駆けてくる音に耳を澄ませて待ってたら、奈津実で拍子抜けや。なんや…て、正直に洩らしたらしっかり聞こえていたらしく鞄で殴られた。
「おまっこれ以上アホなったら、どない責任とってくれるんのん?」
「はっ! 何言ってのよ。それ以上、どないしたってアホになれんわ!!」
「だから、そのエセ関西弁はやめいてゆーてるやろ!」
「なによー!どこが…っ」
急にその顔が泣きそうになる。なんや?いつもこんなこと日常で、泣くほどのなんかゆうたかな。
「悪い、用事思い出したし。帰るわ。ばいばい」
呆気にとられとる俺を置いて、さっさといってしもうた。なんやの。なんで、泣く。
「なんか悪いことゆうたかな」
考えても答えがでない。あいつに限って、今更レンアイに発展するとも思えんしな。わけわからんわ。
奈津実を追った視線の向こう、空気が夕暮れ色に濃い影を落しはじめている。闇がまた、侵食し始める。昇降口から一歩、踏み出すだけだ。それだけで、俺もまた闇を身に呼び込む。静けさが、暗い穴を連れてくる。
「まどか?」
ふわりと空気が暖かさを帯びて、闇を遠ざける。振りかえった先にいるのは、夕焼けとおんなじ髪の愛しき彼女。
「あれ、まどかも今帰り?」
不思議そうな瞳がかすかに見開かれている。帰宅部の俺がこの時間にいるってこと自体が珍しいし。当然か。
「今日は補修なかったよね?」
「まあ、な…あ~、その、なんや…」
「もしかして、待っててくれた?」
またふわりと微笑む。それが温かく俺の中の暗い穴を埋めてくれる。それは意識的にか無意識にか。どうせなら、無意識のが嬉しいかもしれん。でも、あんたが笑うてくれるんなら、どっちでもかまわんわ。
「…ああ、自分待っとってん。一緒に帰らへんか?」
今はまだ一緒に帰れるだけでええねん。でも、いつか、いつかはーー。
神己様のリクエストで『主人公にめちゃめちゃ片想いしてる姫条』です。
リクエストくださった神己様のみ、お持ち帰りOK転載自由です。
奈津実にライバル宣言撤回された後、ですかね。
姫条の片思いというよりも…奈津実の片思い。
一応、この主人公は天然てことでご理解を。(求めるなよ。
ベクトルはお好きな方に向けて下さい。姫条でも、先生でも、その他でも。(その他ってなんだ。
でもな~あ~…何が書きたかったのか。
姫条はあの明るさの裏で闇を抱えていると思うのですよ。
だからこそ、あれだけ楽しいおかしい人なのだと。
ふとした瞬間に、急に寂しくなったり。していると思うのですよ。
個人的な主観ですが。気にせんといてください。
順番が狂ってしまってすいませんっ先生を先に書き上げねばならんというに!!
完成:2003/01/29