空を仰いで唸る。
「ぬぅ…っ」
別に晴れ渡った午後の空に呪いをかけているわけでなく、ただ唸りたかっただけだ。そこには楽しそうに箒にのって横切る人影がひとつ。
「唸っても飛べねえって」
後頭部を叩いて、通りすぎるシリウスを睨みつける。しかし、そのまま上昇されては手も足もでない。
日本からの留学生であるリサは飛行術がとても(という言葉なんかじゃ表しきれないが)苦手だ。でも、他の教科は難なくこなし、その上でいたずらを仕掛けるのが大好きで。当然ながら、ホグワーツ名物の魔法悪戯仕掛人たちとはものすごく気が合って。遊んでいるうちに教えてくれるという話になった。だが。
「くっそ~!」
「リサ、集中しないと」
クィディッチの選手であるジェームズとシリウスは好き勝手飛んでるし、ピーターはコントロールが聞かないみたいだけどかろうじて飛んでる程度で、教える余裕なんてないみたい。実質教えてくれているのはリーマスだけである。
そもそも私がリーマスに頼んだだけなのに他までついてきたというわけで。
「わかってるよ! わかってるけど、なんで馬鹿に馬鹿にされなきゃなんないの?」
「それは、君がまだ飛べないからでしょ」
隣に立つリーマスに即答されて、黙ってみる。笑顔だけど、集中していない私に少し切れかかっているのかもしれない。この人は怒らせると怖い。
「はいはい。落ちついて、集中するっ」
「はぁい」
真っ直ぐ正面を見据えて、飛べ、と強く念じてみる。でも、箒は微動だにしない。ピーターさえも浮くぐらいは出来るのに(すぐ暴走するけど)、どうして私にできないの!?
「…僕なんかより、ジェームズに教わった方がいいのに…」
ボソッと言う言葉に、あっさりと集中は破られた。錆びついた機械みたいにぎこちない動きでリーマスを振返る。だめだ。この人の笑顔は読めん!!
「ジェームズはクィディッチの選手になるぐらい上手いんだよ? どうして僕なの」
「ーー上手以前の問題よ。リーマスのが教え方上手だから」
今度は困ったように笑っている。
「冗談でしょ。ジェームズは僕よりも頭はいいし…」
「いい。リーマスに教わりたいの!」
ジェームズに教わるなんて、そんな、そんな恥かしいことできるわけがない。だって、これは秘密、なんだから。私が特別の好きをもってるってことは絶対最大の秘密なんだから。
「ジェームズがね、空の散歩したいな~って、言ってたよ?」
「え!?」
誰と、という言葉を吐き出しかける私に畳み掛けてリーマスは続ける。
「皆で」
その勝ち誇った表情は、間違いなく私の反応を予想しきれた満足。ーー嵌められた。
「ジェームズが好きなら、ジェームズに教わりたいもんなんじゃないの?」
普通の女の子なら、きっとそう思う。でも、散々一緒に悪戯しつづけた戦友に今更告白なんぞ出来るはずもなく。ましてや赤くなる顔を隠すのに必死だというのに、二人で教わるなんて。
「私の心臓の方が持たないよ…っ」
ジェームズの隣にいる時は心臓だけどこかに放り投げて、聞こえないように蓋をして鍵をかけてしまいたいくらいだ。いつか鼓動が時計よりもはっきり聞こえるようになってしまうんじゃないかと心配しているし。そうなったら、きっと、きっと、もう一緒にいられない。
もう一度だけ、何も考えずに地面を軽く蹴ってみる。
「あ、リサ!?」
ギュッと閉じた目に、遠く下方からリーマスの声が届く。心配と焦りを多分に含んで、でもどこか嬉そうな声だ。
下から、聞こえた?
「と、飛べてるの!?」
「ちゃんと飛べてるよ! すごいよ、リサ!!」
私の箒を抑える手がひとつ。
「わわっ、ジェームズ!?」
「でも、もうちょっと集中しようか。急にこの高さは危険過ぎるし」
初めて飛べた感動よりも、隣にジェームズがいることの方がすごいことだ。風が私達の間をすり抜けていくのなんて気にならないくらい、すごい。
「ジェームズがどうしてここに?てか、急にこの高さって…」
下を見て、すぐに理解した。高い。ものすごく高い。リーマスが指の第一関節ぐらいしかない。
「もしかして…」
「そんなに僕に会いたかった?」「私がここまで昇ってきたの!?」
自分で叫ぶ声に掻き消されて、ジェームズの言葉は聞こえなかった。なので、急にジェームズが意地悪い顔になる。
「ここで手ぇ離したらどうなるかなー?」
「ぎゃー!絶対落ちる!!離さないで!!!」
「はははっ大丈夫さ。なんたって、リサには強運がついてるから」
爽やかな笑顔に一瞬見惚れそうになり、慌てて首を振る。今、手を離されたら、間違いなく暴走する。すでに私の心が暴走してる!!
「何それ!?しらんわ!!」
「離すよ」
「え、や、いやー!!」
「普段見ない、リサの取乱した姿は新鮮だなぁ…」
「なにがっ」
手が離れたのが目に見えて、流石に涙が浮かんでくる。短い人生だったなぁ。
「大丈夫だから、信じて」
ジェームズの言葉が最期に聞こえた声なら、まだマシな人生なのかな。
風と重力を受けて落下するのを感じる。空気は思ったよりも澄んで、温かい。あぁ、空が高い。
「…好きだったのに」
伝えられないまま、死んじゃうのかな。そんな、の、イヤだ。イヤだ、けど、どうしようもない。あきらめたくないけど、諦めなきゃいけない。
ふわりと花が顔をくすぐる。天国なのかも。花畑が一面だって聞いたことがあるし。
「告白しときゃよかった」
どうせ死ぬとわかっていたら、振られても別にどうってことなかったのに。ただ、一時カナシイだけで。
むせかえりそうな甘い匂いは思考までも花畑に埋めさせていく。
「誰に?」
大好きな声がクスリと笑いながら問いかけてくる。目を開けたらきっと霞みたいに消えちゃうんだろう。
「……悪戯仲間のジェームズ・ポッター」
瞼の裏にあの悪戯好きな笑顔が浮かんで、泣きたくなった。未練ありまくりだよ。これじゃ、幽霊になってしまいそう。
「それは、本当かい!?」
身体が持ち上げられて、窮屈になる。天国でも肉体の感覚なんかあるのか。
「目を開けてくれよ。そして、僕の目を見てもう一度!!」
なんだか、テンションの高いジェームズによく似た声だ。癇に障る。だって、同じ世界じゃないじゃない。もう。
「お願いだよ。 リサの 瞳に 僕を 映して」
「ぅぎゃー!!!」
目を開いた先には本当に本当のジェームズがいて、私を仰天させる。
「ジェームズまで死んじゃったの!?」
「何いってるんだい?」
「だって、私、箒から落ちて死んだんじゃ…」
「ここに落ちて?高度まで下げて頑張ったのに?」
窮屈なのはジェームズの腕の中で抱えられているからで、当然その顔も身体も今までで一番接近してて、本当に天国に来てまで心臓に悪いヤツだ。
「天国でも夢でもないこと、証明してあげようか?」
あ、何か企んでる。
「いい、いらないから。信じるから」
「もう遅いよ。それに姫を助けたらご褒美をもらわなきゃ」
何と聞く前に、ジェームズが飴玉を取り出す。先日、リーマスが買ってきたばかりの新作だ。食べたい食べたいと言い続けても、今回だけはくれなかった飴だ。
「ジェームズ…?」
くれるのかと思ったら、包み紙を開けてパクッと自分で食べてしまった。
「くれないの!?」
「リーマスが選ぶだけあって、甘いなぁ~」
「ど、どんな味!?」
腕の中にいるということも忘れて、匂いだけでもわからないものかと顔を近づけた。甘い匂いは香ってくるが、花の匂いにかき消されてわからない。
「こんな味さ」
コロンと、口の中に甘い物が転がり込んできた。
つまりジェームズの口の中から、私の口の中に。
「ジェームズ…っ」
「甘いだろ?」
口移しで。
「馬鹿ぁー!」
ジェームズの胸に肘を叩きこんで、私は一目散に花畑を走る。足元で散らされる花に心の中で謝りながら、走れるだけ走る。
ここがどこだかわからないけど、とりあえず、皆がいなくてよかった!
そして、気がつく。
「ジェームズ、ここどこ!?どうやって帰るの?」
「リサから飴玉かえしてくれたら、教えるよ。リーマス、一個しかくれなかったんだ」
近づいてくるのにじりじりと後退する。
「馬鹿!!」
捕まるのは時間の問題?
いえいえ。もうずっと前から、きっと最初に出会った時から、この笑顔の虜なのです。
一応甘い物シリーズ第3弾?でしょうか。原作設定をかなり無視してますが、お気になさらず。
リリーと付き合う前のジェームズがいいです。<そこじゃない
しかし、リーマスはどこでも役得。友人としても絡ませやすいですしね。
次に甘い物書くとしたら…セブルス? えっとピーターは遠慮させてくださいっ
(2003/01/31)