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書名:GINTAMA
章名:真選組滞在記

話名:真選組滞在記・四日目


作:ひまうさ
公開日(更新日):2008.4.30
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:5723 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:///イナバ/アルト
1)
何事も最初が肝心なので多少背伸びするくらいが丁度よい
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p.1

 真選組滞在四日目。

 いつになくぼんやりとした寝覚めは冷たい手ぬぐいの感触で始まった。

「っ!?」
「お、やっと起きやしたねィ」
 どうしてここで目が覚める朝はいつもこの男がいるのだろう。朝から警戒していては身が持たない。そういえば、昨日はどうしたのかと思い返し、気がつく。

「私、丸一日も倒れてたんですか?」
 腕を引かれ、額が強くぶつかる。

「いたっ」
「まだ熱があるじゃねぇか。大人しく寝てな」
「熱はあって当然です。熱がなかったら死人でしょうよ」
 言い返したらそのまま押し倒される。床に打ち付けられた腹は痛いが堪えて、睨み返す。

「病人を襲う気ですか」
「怪我人は大人しくしてろィ」
 そのまま隣の横になった男は布団ごと私を抱きしめたまま離そうとしない。

「俺ァさっき戻ったばっかりなんでさァ。ちっとこのまま寝かせてくれィ」
「は?」
 すぐに隣から寝息が聞こえてきて、目を丸くする。彼がどれだけ遅くまで働いていようが、私には関係がないではないか。

「ちょっと何を勝手なこと言ってっ」
 隣の部屋の襖が開き、土方が私を見下ろす。

「今日はちゃんと寝てるみたいだな」
「この姿を見て、あなたは他に言うことはないんですか」
「そいつは昼まで寝かせておいていい」
「じゃなくて!」
「あんたももう少し寝とけ。まだ熱下がってねぇだろ」
「なんでそんなことがわかるんですかっ」
「いや、耳が、」
 そのまま口ごもり、視線をそらしてから土方は襖を閉めてしまった。仲間を置き去りにして。

「、冗談、でしょ」
 縛られたり、監禁されるよりも最悪だ。苦しくない程度に布団越しに抱きつかれていて、隣でぐっすりと眠っている人は確かに疲れているようで。ふと、その後ろで障子が開き、山崎が紙に何かを書いてくれる。

 それは昨日自分がやろうとしていたことそのままで。

「申し訳ないですけど、もう少しだけそのままにしておいてやってください」
 そう書かれた紙を下げた後で、山崎は沖田に毛布を掛け、障子を閉めてしまった。

 まったく、どうなっているというのだ。私に関わってもろくなことにならないというのに。

「ふっ」
 噂通りのお人好し集団だ。このご時世、あまりにも真っ直ぐすぎて、探る裏もなさすぎて、笑える。

「いつもそうやって笑ってりゃいいのに」
「っ?」
 かけられる声の方をみると、いつの間にか沖田が目を開いていた。しまったという顔をして、寝たふりをする。

「起きてるなら、離していただけませんか」
「人の笑顔を勝手に見るなんて、セクハラですよ」
 あくまで寝たふりをつづけるつもりなのだろうか。まあ、いいか。

 天井を見上げる。見慣れない天井だけれど、不思議と温かい気がするのは、木造だからだろうか。それとも、母のいた母屋のようだからか。

「あと一度だけ信じてもいいかな。これで、最後にするから」
 一番信じていた人には裏切られ、二番目に信じていた人は同じ事件で命を落とした。私を、庇って。

「これで、最後にするから」
 最後に一度だけ信じてみたいと、あれから初めて考えた。

 泣きながら目を閉じて、そのままどうやら眠ってしまったらしく。目を開けたら、あ、と呟く声がした。耳元で。

「ちっ、起きちまった」
「何をしようとしてたんですか、沖田さん」
「総悟でいいってんでしょうが」
 アルト、と囁かれる声を笑いそうになる。この人は不器用で、優しい人だと思った自分は間違えていないだろうか。

「腕を放して、沖田さん」
 変わらずに呼ぶと不機嫌そうに眉根を寄せられた。ゆっくりと起き上がり、着替えるために沖田を追い出す。

 かけておいた服の中から白いワンピースを選ぶ。袖のないそのスカートはまだ寒いので、上から持ってきた深紅のコートを羽織り、薄い黒のショールを重ねる。それから肘まである白い手袋をつける。頭には黒のベレーを被って耳を隠す。

「信じてくれるっていいましたよねェ、アルト」
「やっぱり、あの時起きてたのね」
 眉間に皺を寄せると、それをつつかれた。

「少し俺らにまかせちゃあくれませんか。アルトを狙ってる黒幕をつれてきてやるから」
「無理よ」
 彼は少し面白そうに笑った。

「なぜそう思うんでィ」
「彼は、動かないわ」
 敵が誰かはわかっている。その人となりも知っているのだ。調査の果てに行き着くのはいつも同じ者。

「敵さんを知ってるんですかィ」
「とてもよく、ね」
 かつて家庭教師をしてくれていた頃の優しい面影はもうないだろう。言葉に巧みに自分を騙し、あの人を死に追いやった。

「過去だなんて、あいつには言わせない。あの人の命を奪わせた罪は誰より重いんだから」
 強く強く奥歯を噛み締める。そんな私をふいに沖田が抱き寄せた。ぽん、ぽん、と軽く肩を叩く。

「そんなに肩肘張ってちゃ何もうまく行きやせんぜ」
「余計に世話だわ」
 振り払い、廊下を数歩歩いてすぐ、私は立ち止まることになる。

「なんなの」
「今は出歩かれちゃ困るんですよ、お嬢さん」
 目の前には大勢の隊士たち。これらを突破するのは並大抵じゃない。頭を抱える私から再び帽子が奪われる。

「沖田!」
「これじゃあ今日の外出は無理だぜ。大人しく、俺と遊びやしょう」
 迷惑なことこの上ない。

「そんな綺麗なカッコでどこへ行くつもりだったんだ?」
 隣に土方が立つ。その視線は自分の仲間たちを見下ろしていた。

「大学に仲間がいるの。彼女から情報をもらうだけ」
「今日でなくちゃ駄目なのか?」
「しかたないじゃない、昨日一日をフイにしちゃったんだから」
 誰のせいだと思っているのだ。

「ああ、よく寝てたみたいだな」
 彼の前に仁王立ちする。

「どうしてそうやって、私の邪魔をするの? あなたたちには関係ないのにっ」
 わかんねぇお嬢様だな、とぼやいているのが聞こえて、眉間に皺を寄せる。

「あんたが怪我すると」
「もういい! オジサマを呼ぶわ」
 ここ数日でかけなれた番号にかけるが、繋がらない。一分以上立っても留守電へ変わる気配もない。どういうことだろう。

「ま、あきらめろ」
 ごく軽く肩を押され、後ろへとバランスを崩した私を沖田が抱き留める。

「逃がすんじゃねェぞ、総悟」
「もちろんでさァ」
 こうして結局三日目も外出は出来なかった。だが、そこで諦めるような私じゃない。

 部屋に戻り、部屋へ帽子もショールもコートも布団の上へ投げ出して、ノートパソコンをつける。

「っ! 予定外だわっ」
 普段は自宅と会社に置いておくだけで、カフェでもそれほど長居しているワケじゃない。だから、アダプターを置いてきていたことを心底後悔した。これではできることが限られる。

 ケータイで連絡をとるわけにはいかない。こちらは、抑えられて。そうだ、別なケータイなら。

「ねえ、誰でもイイからケータイ持ってない?」
「今度は何だ」
 部屋から出ると、隣の部屋から出てきた土方が私の手を掴む。

「大人しくしてろっつってんだろ」
「大人しくしてられないっていってるでしょ。いいから、ケータイ!」
「はいはい」
 土方が渡してくれたケータイには待ち受けにマヨネーズが移っていた。一瞬彼を見て、ケータイに視線を戻る。気にしてはいけないのだろう。

 自分のケータイアドレスからその人を捜し、土方のケータイでかける。

「オジサマ」
「アルト、か? 今度はどうしたァ。それに、この番号は」
「土方に貸してもらったわ。それより、ひとつお願いしたいの。あの時に私が着ていたのと同じ服が大至急欲しいわ」
「…やめとけ。一週間もすりゃァ」
「これは、私の手でやらなきゃいけないの。機会を作ったのはオジサマなのだから、オジサマは私に協力するべきだわ」
 信用する気になったのかと尋ねられ、躊躇いつつも小さく肯く。

「そりゃあめでてェな。だったら、あっちも用意しておくか?」
「場所は知ってるでしょう?」
「よし、他ならぬアルトの頼みだ。おいちゃんが一肌脱いでやろぅ」
「そうこなくちゃ」
「ただァしィ、あと五日間はそこで養生しろよ~」
「ふふ、そうさせてもらうわ」
 通話を終え、土方に返そうとしたところで気がつく。

「どうしました、土方さん?」
「…んだよ笑えんじゃねぇか…」
「は?」
 何を言い出すのか。よくわからない男に事務的に続ける。

「今日を含めて五日だけ大人しくしておいてあげるわ。でも、最後の日は協力してもらうわよ」
「協力?」
「信頼、させてよね」
 こんなことをいうのは初めてで、すぐさま背を向ける。

「お人好しのあなたたちを利用するようで気が向かなかったし、裏切られるのも怖いけど、その目を信じるわ」
「私を守ってちょうだい」
 返答がないので振り返ると、彼もその後ろにいる三人もひどく驚いた顔をしていて、私は思わず仮面を忘れて笑ってしまったのだった。



p.2

 普段笑わない者が笑うと余計に可愛らしくみえるとはよく言ったものだ。部屋の中で書類をまとめながら、昼間の彼女が脳裏で笑う。打算のない、柔らかで年相応の笑顔は確かに威力があって、すぐに隊内でファンクラブが出来たほどだ。

 白いワンピースを着て、髪から伸びた真っ白いウサギ耳は細かに揺れて、それから、あの笑顔。

「土方さん、起きてますか?」
 隣の部屋からかかる声で我に返る。俺は一体どうしたってんだ。相手は十六の小娘だぞ。

「ああ、なんだ」
「部屋に入ってもいいでしょうか。なんだか、眠くならないんです」
 昨日から寝過ぎていて眠れないという彼女が恐る恐る襖を開ける。そして、俺を見て安堵の表情を浮かべた。これまでとは違う、年相応の少女の顔をしている。

 着ているのは持ち込んだネグリジェとかいうで、細い肩から惜しげもなく肌が露わになっている。

「お仕事してたのですか?」
 邪魔?と少し耳を垂れさせながら聞いてくる。ちくしょう、確信犯じゃねえのか。

 肩越しに書類をのぞき込んでくるので、彼女から良い香りが薫ってくる。なんだ、この生き物は。

「今時ローカルな。パソコン使ったらどうですか?」
 眉をしかめる彼女がそのまま俺を見た。今までで一番近い距離。だが、そのまま不思議そうに俺を見ている。ああ、もう、少しは警戒してくれ。

「あの、ここのパソコンはもう少し警戒した方がいいですよ?」
 そういえばと山崎からの報告を思い出した。

「おまえ、ここを踏み台にしてるって」
「ええ、入りやすいし」
「……ここは幕府直轄だぞ」
「だから、入りやすいんです。私、関係者ですから」
 知らなかったのかと不思議そうに言われてしまった。なんだ、とっつぁんはそんなこと一言も。

「ちょっと貸してください」
 細い手が俺に触れ、ぐいと押しやる。そして、机に向き合った彼女は少し考えてから、立ち上がった。が、またすぐに座る。

「私があまり口出しすることじゃないですね」
「なんだ?」
「いえ、テンプレ作ろうかと思ったんです。そうしたら、土方さんもお仕事楽になるかと思って」
 良く考えたら、手を出しちゃいけないですよね機密情報ですし、と笑う彼女の耳は垂れ下がっていて。笑って落胆を誤魔化しているのだとわかった。その耳にそっと手を伸ばす。

「料理はできないし、良く考えたら本当に仕事以外の脳がないですし…うーん、困りました」
 耳に触れようとした手をやめ、彼女の細い肩を引き寄せる。彼女は動揺一つ見せない。

「かなりご迷惑をおかけしてしまったので、何か御礼をしたいと思ったんですけど」
 何も思い浮かばないなぁとふらふらと耳が揺れる。と、その耳が急にぴんと立った。

「何か思いついたか?」
「い、いいえ、何も」
 最初は表情なんて何もなくて、ずっと眉間に皺を寄せているだけだったのに。こうしてみると信用する人間の前ではとことん甘える性格らしい。そうか。信頼、されてるのか。

「アルト?」
「、今日、こっちで寝てもイイですか」
 信用するったって、限度があるだろっ。

「自宅なら平気なんですけど、やっぱり外はまだ少し怖くて」
 かすかにその耳が震える。そういえば、物心ついた頃にはすでに命を狙われる毎日だったと聞く。外泊といえば、攫われた先で震えながら眠るだけで、こういう平和な外泊には慣れていないのだと。

「駄目ですよ、ね。土方さん、お仕事中ですし」
 すっかりうなだれた耳に触れると、びくりと体がはねる。体に触れるよりも、こっちのほうがよっぽど緊張するらしい。

「俺はまだもう少し仕事する予定なんだ。その後でもいいなら、先に布団へ入ってろ」
 そっとウサギ耳を撫でると、居心地が悪いのか気持ちが良いのか、よくわからない不安そうな顔をして、それから嬉しそうに笑った。

「よかったぁ」
 では、と近くにある布団に入り込んだところで、毛布を引き揚げてやる。

「あんまり根を詰め過ぎちゃ駄目ですよ」
 昼は昼で別の仕事をしているのだから、そういうわけにもいかない。ここでは他に出来る奴も少ない。

「書類整理ぐらいでしたら、支障のない範囲でお手伝いできますし。あ、機密契約保持書を作りましょう。そうしたら」
「黙って寝てろ」
 布団に入っても眠くないのかそのまま話し続ける彼女の耳をもう一度撫でる。びびくんと身体を震えさせ、やっぱり嬉しそうに微笑む。

「はーい」
 なんだ、この生き物は。

 机に向かえ直し、書類に向き直ってからはしばらく静かだった。一通りの仕事を終え、仕事の後の一服のために部屋を出ようとしたら、声が聞こえた。

「お仕事、終わりましたか?」
「起きてたのか」
「どこに行くんですか?」
「一服してくるだけだ。寝てろ」
 部屋を出て縁側に座ると、後ろでずるずると布を引きずる音がする。振り返ってみれば、肩に毛布をかけたアルトがいて、俺の背中にぴとりと張り付いた。

「おい、中で寝てろ」
 返事はなくて、すぐに寝息が聞こえてきた。どうやら寝ぼけていたらしい。

 まったく、困ったお嬢様だ。わがままで、誰かを頼ることをよしとしないくせに、きっとずっと誰かを信じたくて足掻いていた小さな少女は、いつの間にか懐いていたらしい。

 振り払ってしまえばいいけれど、どうしてもそうはできなかった。同情しているつもりはねぇ。だが、毎日気を張り詰めていた彼女が今は少しでも楽になればいいと想った。

 紫煙の燻る夜空は、いつもよりも少しだけ温かかった。