GINTAMA>> 真選組滞在記>> 真選組滞在記・五日目

書名:GINTAMA
章名:真選組滞在記

話名:真選組滞在記・五日目


作:ひまうさ
公開日(更新日):2008.4.30
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:4337 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:///イナバ/アルト
1)
何事も最初が肝心なので多少背伸びするくらいが丁度よい
前話「真選組滞在記・四日目」へ p.1 へ 次話「真選組滞在記・その後」へ

<< GINTAMA<< 真選組滞在記<< 真選組滞在記・五日目

p.1

 真選組滞在五日目。

 その日の朝早く、アルトは近藤の元を訪れていた。手元には手書きで記された「機密保持契約書」あり、今ちょうどサインをし終えたばかりだ。

「手書きは慣れないので、あまり得意じゃないんですけど」
 どうですかと差し出された近藤はというと、少し驚いたように書面を見ていた。

「こんなのうちにあったか、トシ?」
「局中法度があんだろ」
 目を通した近藤が言う。

「えー、つまりうちの仕事を手伝いたいってことでいいのか?」
「その通りです。あ、もちろん内務処理の方です。私が怪我をしたら、みなさんが大変でしょう?」
 服はスーツではなく、着物にした。早く馴染みたかったし、信頼するからにはここの人達のことをもっと知っておきたかったからだ。帽子は、被っていない。

「だめ、でしょうか?」
 返事が返ってこないのが不安になる。不安になると耳が下がるのは自分でもよくわかっていた。この耳は自分で思うよりも感情で動く。

「そりゃ駄目じゃない。駄目じゃないけど、折角の休暇なんだから仕事しなくてもいいんだよ?」
 気遣いのありがたさに微笑を返す。

「ご迷惑をおかけしているので、少しでもご恩をお返ししたいんです。ただ、料理や家事は苦手なので、お仕事の方、と思ったのですが。…ご迷惑ですか?」
「迷惑だなんて、その、なぁ?」
 同意を求められた土方は目を閉じていて、何を考えているのかわからない。と、その目が開く。

「総悟、耳はやめてやれ」
「へいへい」
 振り返ると、いつのまにかすぐ後ろに沖田がいたらしい。しかも耳を引っ張る寸前だったとか。

「アルト、夕べはどこで寝てたんですかィ?」
 ここで素直に言ってもいいのだろうか。ちらりと土方を見るが、よくわからない。

「探してくれたんですか?」
「言ったでしょう、あんたの夜の護衛は俺だって。一人で勝手にいなくなられちゃ困りますぜ」
「ごめん、」
 素直さが口をついて出る。と、沖田は大きく目を見開いた。

「、やけに素直じゃねぇか」
「信用するって決めましたから」
 沖田の手を外し、近藤と土方も見て、笑う。こんな風に笑うのは本当に久しぶりで、少しだけ照れくさい。

「今日もよろしくお願いします」
 こうして、始まった一日だったけれど、やはり怪我人に仕事をさせるわけにはいかないと断られてしまった。あまりふらふらと動き回られて困ると言われ、部屋に戻ってきたのだが。

「ふぅ」
 困った。本当にやることがない。これからの指示についてはすでに昨夜の間に仲間たちへ連絡してしまったし、オジサマにお願いも済ませてしまった。あと、何かがあるのかというと本当に何もない。

「アルトさん」
 ぼんやりと庭を眺めていると山崎や他の隊士たちが来る。

「退屈なら、俺らとちょっと遊びませんか?」
 差し出されたのはバトミントンのラケットで。でも、療養中にいいのだろうか。

「花札とか、どうッスか?」
 カードゲームはあの人を思い出すから、苦手だ。

「俺とデートでもしやせんかィ」
 急に後ろから肩に腕を回されて、吃驚した。本当に、この人は人を驚かせるのが好きだ。

「外に出てはいけないんじゃありませんか? 怪我をしたら」
「んなもん気にして遊べるかィ。遊園地なんてどうです?」
 こっちは気を遣って外出を抑えているというのに。

「それとも、俺の腕が信用できませんかィ?」
 むちゃくちゃだ。本当に、なんて無茶苦茶。声にこそ出さないが、つい笑ってしまいそうになる。

「土方さんにお聞きしてみましょう」
 もちろん駄目だと言われるだろう。人混みの多い場所で警護は難しい。だから、遊園地なんて仕事以外では行ったことなどない。

「アルトは策士だなァ。土方が許可するはずありやせんぜ」
「それがあたりまえの判断です。それより、さきほどその土方さんとパトロールに出たはずでは?」
「土方をまくのなんざ朝飯前でさァ」
 変な男だ。

「土方さんがおられないのでしたら、どなたに許可を取ったらよろしいのかしら」
「近藤さんでいいんじゃないですかィ?」
 ここの組織で一番の権力者は土方で、近藤が二番目に見えるのは気のせいだろうか。これで土方が近藤に忠義をつくしているのでなければこの組織はやはり土方がまとめあげるのだろうか。

 それはとても難しそうだ。現にこの沖田は土方の命に素直に従うことなどないと聞く。

「怪我はいたくないんですかィ?」
「私はそこまで超人じゃありませんよ」
 不思議そうな気配が面白い。

「痛いに決まっているじゃないですか」
「じゃあ何で笑ってるんですかィ」
 変なお人だ、というが。沖田の方がよっぽどだ。いつの間にか他の隊士はいなくなってしまっていた、二人きりになっていたことに気がつく。

「ねえ、沖田さん」
「お願いはききませんぜ」
 先を見越したように言われて、堪えきれずに笑ってしまった。

「そんなことを言わずにひとつだけ聞いていただけませんか。…剣を、教えて欲しいの」
 ゆるんだ腕から抜け出し、本気で驚いている沖田を真っ直ぐに向き合う。

「あんたは、まったく、本当に、俺の予想の上をいきやがる」
「私、自分で自分の身を守りたいんです」
「俺達が信用ならねぇんですか」
「信頼、しているわ。あなた達は私を守ってくれるでしょうね」
「じゃあなんで、自分で、何ていうんでィ」
 両手を少し挙げ、自分のその手を見つめた。ずっと守られてきたけれど、これだけはずっと自分でやらなければならないのだと決めていた。あの日からずっと、決めていた。

「繰り返したくないの。あの時のように、誰かが自分の犠牲になるなんていやなの」
 あの時立って動ければ、少なくとも庇おうとはしなかったはずだ。自分が剣を持って戦えれば、あの人はきっと、生きてくれたはずだ。

「誰かの犠牲の上に生きるなんて嫌なの」
 お嬢様だというのなら、それを当然のこととして受け入れるべきだと言われた。周囲にいる者を盾にしてでも生き延びろ、代わりはいくらでもいるのだからと。でも、目の前でそれを見たときから、そんな風には考えられなくなった。

「命には上も下もないわ。私は守られる存在としてではなく、守る存在として生きていきたい。私の手が届く範囲は誰にも傷つけさせたくない。自分の世界ぐらいは自分で守りたい」
 彼らのように澄んだ目をしてはいないと思う。だけど、この道だけは間違えたくない。二度と、大切な人を失いたくない。

 沖田は少し考えた後で私の手を引いて庭へと降りた。

「ちっと、その舞をみせてくれませんかねェ」
 深く肯き、彼と少しだけ距離を置いた場所で、少し深呼吸する。深呼吸することでかすかに傷が疼くけれど、これぐらいはどうってことはない。時間はないのだ。

 両目を閉じて、習ったことを思い出す。自分の中にある音色に合わせ、静かに動く。これを最初に教えてくれた人は、もういない。

 終えてから腰を折って深く頭を下げると、パチパチと拍手が返された。

「あら、みなさんお揃いでしたのね」
 気がつけば、見物人は複数人に増えていた。中央から歩み出した沖田が差し出す手を取る。

「お嬢さんに剣は似合いませんぜ。荒事は俺らにまかせてくれやせんかィ」
「そんなつもりでお見せしたわけではありません」
 宥めるように頭を撫でられ、抗議の目を向ける。沖田は小さく肩をすくめ、少し考えたあとで腰から刀を外し、手渡した。手元にずしりと重さがのしかかる。

「重いでしょう」
「そう、ね」
 渡したものの一向に手を離そうとしない沖田は、そのまま刀身をゆっくりと引き抜いてゆく。陽光に煌めく光はただ鉄に反射される光には見えない。そこに宿る光の色に、アルトは覚えがあった。

「わかるかィ」
 黙ったままのアルトにそっと小さく語りかける。

「これは人を殺す道具でさァ」
 わかっていたことだけれど、身体は恐怖に戦いてしまった。

「お嬢さんに、人が殺せるのかィ?」
 ただ言われるよりもひどく答えた。どれだけの覚悟をしていても、まだ覚悟が足りなかった。

「わかったら、大人しく守られてるこった」
 通りすぎた声はひどく冷たくて、だけど、生半可な覚悟で決めたワケじゃない。遠くなる姿に震える声を放つ。

「もしも、私のために命を失うのであれば、そのときはっ」
 戦いたいと思ったのは本当だった。だけど、自分で考えていたより自分はあまりに弱く、覚悟がない。

「そのときは…っ」
 許さないという言葉がでない。どう、許さないというのか。

「大丈夫ですよ」
 握りしめた手にそっとふれ、山崎が開かせる。

「俺ら、打たれ強いんです。ちょっとやそっとじゃぁ沖田隊長も死にませんから」
 心配いりませんよ、と笑われる。慰められているとわかる。

「、でも」
「アルトさんは疲れてるんですよ。今日も一日、ゆっくり休んでいてください」
 そっと手を引かれ、部屋へと導かれる。

 彼らのいうのは尤もだと理解は出来ている。信用するといいながら、自分の身を守る術を教えて欲しいなんて、巫山戯ているようにしか聞こえない。

 一人でいると思い出す。ただ守られるだけだった後悔はいつまでも自分に重くのし掛かり、いつでも押しつぶそうとしてくる。耐えるには、もう動くしかなかった。

 真選組から借り受けているケータイを取り、震える手で番号を押す。決して、忘れられないその番号。

「誰だ」
 電話の向こうから聞こえてくる声に固まる。声が、でなくなる。懐かしくて、愛しくて、憎くてたまらない、その、声。

「もしもーし、どちらさんですか?」
 急に切り替わった女の子の声に、とっさに通話終了を押していた。誰、だろう。恋人だろうか。いや、あの頃だって今だって、いておかしくないはずだ。

「っく…は、ははっ…っ」
 口からは笑いがこぼれてくるのに、目からはぼとぼとと涙が溢れた。こんなに助け手があっても、まだ、怖い。私は、あの時からずっと、あの人が、怖い。

 不意に電話が鳴る。ディスプレイには非通知の文字。だけど、私は一呼吸を置いて、通話ボタンを押した。

「はい」
「今、どこにいる?」
 声は土方のもので不思議と安堵する。

「アルト?」
 何も言わない私を不思議に思ったのだろう。いぶかしむ声がする。

「ちゃんと、真選組で、部屋で大人しくしてます。心配なさらないでください」
「なにかあったのか?」
「ふふっ、いいえ。みなさん、とても親切な方ばかりで」
 ふと上げた目に、人が目に入る。その人は真選組の制服を着ていないし、目を見ればすべてがわかった。

「もっと早くお会いしたかった」
 差し伸べられる手に微笑み、立ち上がる。

「アルト?」
「真選組に害の及ばぬよう、手配しておきます。お世話になりました」
「っ!? まて、おまえ…っ」
 通話を終え、ケータイを置いて、私は目の前の男の手を取った。