舞い落ちる桜が辺りを薄紅色に染め上げて、平和を演出する。偽りの平和に包まれて、私は遠い夢を見る。
「アルト、知らない人にはついて行っちゃいけないって言われてないの?」
隣にいるのは眼鏡をかけた少年へ視線を戻す。彼は名前を志村新八という。
「ただのチンピラだったらついていきません。逃げた方が早いから」
辺りでは宴会が繰り広げられ、真選組の者達と友人たちが楽しんでいる。
「ただね、力の強い相手に無駄に抵抗すると、怪我をさせられてしまうの。そうすると、父が暴走するから、ね」
「ね、じゃないよ。そこ可愛くいっても駄目だから」
「父の場合、下手すると他族使って全部排除しかねないです」
「…ええもうその辺はつっこみませんよ。長そうですから」
「ありがとうございます、新八さん」
小さく微笑みを返すと、彼は僅かに頬を染めた。
「それで、その後はもちろん真選組に無事に助けられたんですよね」
救われなければこの昔話自体が成立しない。だが、小さく首を振る。
「私が自分で出ていったのは真選組を巻き込まないためです。来させるわけないじゃないですか」
「いや、だって、相手は天人を排除しようとしてる連中でしょ」
「新八さん、力に対抗するにはね、力があればいいの。彼らを躊躇わせる力があれば、ね」
風に舞い散る桜の間から、空へともう一度視線を移す。
「何したんですか?」
「しようと、したんですけど。思いがけず、親切な方にお会いしまして」
「え?」
「まさか助けていただけるとは思わなかったんですけど、ね」
目を閉じれば、その人の姿を思い出せる。
「アルト?」
どかりと両隣に人の座る気配がして、地面が揺れたような気がして目を開ける。
「銀さん、土方さん。…お酒が足りませんか?」
左隣に座った銀髪の男は肩にしなだれかかるように寄りかかってくる。
「新八の相手なんかしてないで、お兄さんの相手してくれよ」
その手を払いのけてくれる土方は不機嫌そうにこめかみを引きつらせている。
「こら、汚い手で触るんじゃねぇっ。アルトも、ちっとは嫌がれっ」
何を言っているのか。
「そういわれましても」
「っ! べ、別にアルトを怒ったワケじゃ…っ」
「あー土方さんがアルトを泣かしてるーっ」
「っ!?」
「誰も泣かされてません。沖田さん、いい加減なことを言わないでください」
「無理しないでお兄ちゃんに甘えていいんだよ、アルト」
「誰が兄ですか」
「土方コノヤローのことなんざほうって、俺と叩いてかぶってじゃんけんぽんでも」
「だめアルヨ。おまえにポンされたら、アルトが死んじゃうアルっ」
飛びついてきた神楽を抱き留めきれずに押し倒され、打った頭を抑える。
「いたた」
「おい、チャイナ。アルトを放しやがれ」
「ごめんヨ、アルト。でも、私、定春一号の生まれ変わりのアルトのコト、本当に大切に思ってるヨ。あんなサド男には絶対に渡さないアル」
「きゃっ、ちょ、神楽ちゃんっ。そ、み、耳はだめぇ…っ」
耳を捕まれそうになり、慌てて強く目を閉じる。この子の前だとどうにも耐えるのが苦手だ。普段なら、どうとでもいなせるのに。
「神楽ー、アルトは定春の生まれ変わりじゃねぇって何度言ったらわかるんだ」
私の上から銀時の手で神楽を除かれ、土方にそっと抱き起こされる。
「大丈夫か?」
「ん、ありがとうございます」
軽く頭を振り、それから真っ直ぐに見つめて礼を言う。彼はどこか戸惑うように私を見つめ、それから、自分に寄りかからせるように私を座り直させた。
「今日は帰るのか?」
「ええ、明日も仕事がありますから」
ぐいと腕を引っ張られ、銀時の胸に納められる。
「アルトは仕事しすぎだって。今夜はうちに泊まって、明日は銀さんとのんびりしねぇ?」
銀時の囁きは少し、揺さぶられる。この人がいると狙われにくいのは確かだ。だから、父も嫌々ながらに近づくことを許している。
「あんたの好きそうな甘味屋見つけたんだ。一緒に行こうぜ」
「だから仕事が」
「大丈夫だって。あんたなら、なんとかなんだろ」
「なんとかって」
この人は何故か私が言い様のない不安に駆られているときに気がつく。真選組の者達も、いつも共にいる仲間も、父も、仲の良い使用人も気がつかないのに。予感がするとき、この人の会う確率は高い。
「な?」
肯いてしまいそうになると、急に抱き上げられる。
「旦那ァアルトを怖がらせちゃいけませんぜ。それに、明日は俺と遊ぶことになってるんでィ」
遊ぶ予定など入れていない。
「護衛のお話でしたら、お断りしたはずですけど」
舌打ちが聞こえて、土方に視線を送る。
「お嬢さんは明日、美術館の開会式に出るんだろ。俺らも警護に行くんだよ」
そんな話は聞いていない。
「俺を睨んだって仕方ねぇだろ。決めたのは上だ」
「ということは松平様ね。いつも勝手をなさるのだから」
ふぅと息を吐く。その口に手を当てられる。
「なんでィ、そんなに俺といるのが嫌なのかよ」
「沖田さんというより、真選組の皆さんが来られると騒ぎが大きくなるんです。攘夷志士の方々を刺激することにならないといいのですが」
「そんなもん式典の時点で無駄な心配だろィ」
騒ぎが大きくなると決まっていると言われて、眉をしかめたら頭を軽く叩かれる。
「アルトは心配しすぎでさァ。祭りなんだ、派手にいきゃあいい」
「式典の失敗は会社の失敗です。…死人は出さないように願います」
小さく笑われて、つられて微笑む。
「この式典が成功すれば、今よりは少しだけ天人もあなたがたを認めてくれるはずです。でなければ、各国代表を動かす私の苦労が報われません」
ケータイの着信を受け、沖田の腕から降りて、通話ボタンを押す。
「はい、アルトです」
彼らから離れ、話をしている間にまた宴会は再会したようだ。通話しながら、それを小さく笑い、一本の桜に寄りかかって話を続ける。
「あ、兎の子」
「っ」
急に声をかけられ、はっとする。
「…来島様…?」
「丁度良いところにいるッス。今日は晋介様も花見に来てるんスけど、ちょっと顔出していきませんか」
唐突に現れた女性は電話中だというのに、そのまま腕を引っ張る。慌てて、通話を終え、抵抗する。
「あ、あの?」
「今日は別に攫うとかじゃないッスから」
「で、でも」
「私が責任もって、ちゃんと送り届けるッス」
「いえ、あの…仕事があるので、もう戻らないといけないのです」
「どうしてもッスか?」
「申し訳ございません」
「…仕方ないッスね」
諦めてくれたのかと胸をなで下ろしたら、いきなり担ぎ上げられた。
「き、来島様っ」
で、連れてこられたのはここ上野公園でもかなり奥まった場所で、そこで彼は少し異様な雰囲気を醸し出しながら、確かに花見をしていた。
「晋介様、兎を捕獲してきたッス」
彼の前に立たされ、その視線に居竦む。やはり、この人は怖い。黙っている私と彼の間に、つんぽが割り込む。この人はいつも目が見えなくて、怖い。軽い空気を醸し出そうとしているけれど、その作られた空気は肌を泡立たせる。
「兎のお嬢様も花見でござるか」
「今日は友人に誘われたので、息抜きがてらに、です。花見は明日が終わってから行う予定だったのですけど」
「明日?」
低く囁かれるように問われ、ぴん、と耳が立つ。怖い。だが、ひるんではいけないとまっすぐに答える。
「美術館の開会式典を行うのです。貴男が率いておられるのであれば、無粋な真似はなさらないと思いますが、天人を憎む攘夷志士の皆さんは警戒しなければなりません」
失礼します、と踵を返そうとしたが、後ろから両肩を押さえられる。
「まあまあ、一杯ぐらい付き合うッスよ。白兎族は十二で成人でしたよね。てことで~」
どん、と日本酒を瓶ごと目の前に置かれる。
「…来島様、白兎はお酒の成分を分解できない体質と説明いたしましたよね?」
「んー、聞いたような気もするッスけど」
「白兎にとって猛毒って、話しましたよね?」
「でも、死ぬワケじゃないんスよね」
「……これから仕事があるんです。明日も仕事があるんです」
「まあまあまあ、少しいいじゃないでござるか」
つんぽまで一緒になって進めてくる。悪ふざけにもほどがある。
「おい」
急に耳元で声が聞こえて、驚いて振り返る。位置が丁度良かったと言うよりも、それは高杉の策略だったのだろう。合わせられた口から生暖かな液体が流れ込んでくる。飲み込まないように抵抗してみたが、飲み込むまで離してくれなかった。なんて、男だ。
「飲んだな」
反論しようにもキスのせいか、お酒のせいかわからないが力が入らないし、頭痛もしてきた。
「ふにゅぅ」
「もう酔ったんスか? マジで」
「晋介、やりすぎではござらぬか?」
「くくくっ、聞いてた以上に弱ぇ」
目の前に高杉が複数人見える。幻覚が、見える。
「おい、俺がわかるか?」
「うぅ…っ、仕事、いかないとぅ~」
「そんな状態じゃ仕事にならないでござるよ」
色んな人の顔がぐるぐるして気持ち悪い。
「猛毒、ねぇ」
「難儀な種族でござるな」
「これ、ヤバイっすかね?」
耳元で耳障りな声がする。
「アルト、今日は面白いモン見せてもらったぜ。礼に、今回は何もしないでおいてやる」
気がついたときには真選組と万事屋の皆さんに心配そうに顔をのぞき込まれていて。なんとか、酒の匂いに酔ったと言い分けた。納得してくれたようには見えないけど、引き下がってはくれたみたいだ。
それから、迎えを呼んで家に帰った。
「なんともねぇんだな?」
別れ際に銀時は何度も心配そうに言ってくれた。
「少し頭が痛いだけ。帰ったら、お医者様に見ていただくから大丈夫よ」
「無理はすんなよ? 困ったことがあるなら何でも言え?」
過保護に見えるぐらい心配性な銀時は私が目を覚ましてからずっとついててくれた。
自分の部屋でベッドに入ったまま新八に話していた続きを思い返す。攘夷志士に捕らわれた私を解放してくれたのは、意外にも攘夷志士の筆頭にあげられている桂小太郎という人物だった。
「仲間が手荒な真似をしたようですまない。怪我はないか」
そうして、邸宅付近まで導いてくれる間、少し話をした。
「俺の目の黒いうちは、二度とあの男に攘夷志士なんぞと言わせん」
「、あの、桂さん」
そう呼ぶと少し驚いた顔をしてた。
「あの?」
彼の目が私の頭の上をさまよい、それから視線をそらした。
「白兎の噂として聞いていたが」
「はい?」
「出歩くときはもっと気をつけることだ」
これでもとても気をつけている方なのだが。
「もしもまたこういうコトがあるようなら、俺の名前を出せ。手荒なことはされないはずだ」
頭に手を置き、耳ごと撫でられた大きな感触はちょっと忘れられそうにない。温かくて、優しくて。あれを何と呼ぶのかわからないけど、とても心地よかった。
(今日はいなかったみたいだけど、また会いたいな)
探すことは可能だ。だけど、あいつには会いたくないから近づけない。偶然を待つしかないというのは少し寂しい。
「明日、来るかな」
誰にも言っていない秘密。私が一番会いたいと想うのは、あの人だけ。
真選組夢と見せかけて、オチがヅラ。ってどーなん?
まあ、それ以前にジャンプフェスタネタに繋げるってどーなん?
真選組滞在記として書くにはちょっと続きが面倒になったってことで
(2008/04/03)
アニメの花見回です。どこかで間違えたのか。
まあ基本はあれです。真選組に守られるお嬢様と松平のとっつぁんを書きたかった。
うーんと一人で意地はらないで、がんばれって書きたかったんだけど伝わるのかな
六日目・七日目の話も書こうと思えば書けるんですが、途中で考えるのを放棄しました
(どうしたってお嬢様が暴走する)
続けて書くかは未定ですが、このお嬢様自体は気に入っているんで
リクエストとかあれば書く気になる日もあるかもしれない(どっちだ)
(2008/04/30)