「お嬢さん」
歩いていたらいきなり後ろから何かを突きつけられた。短銃に感触は似ているけれど、その声で誰なのかがわかる。本当に短銃であっても表だって騒ぐことも焦ることもないんだけど。
「こんなところで何をしているんですか、沖田さん」
「俺と誘拐ごっこでもしやせんか」
この人は何を考えているのかよくわからない。
「お父様相手に? 松平様相手に?」
振り返って牽制したつもりだったのだが。
「俺が勝ったら、また一週間俺の部屋に泊まるってことで」
何を考えているのか、本当にわからない。
「またもなにも泊まった事なんて一度もありません」
「またまたぁ。二人で過ごした熱い夜を忘れたんですかィ」
そりゃ一晩中部屋の前で見張りをしてくれたりしたことはあったし、 朝っぱらから布団ごと抱きつかれたまま眠られてしまったことはあった、が。
「冗談もほどほどにしてください。まだ仕事があるので失礼しま」
がっ、といきなり横抱きにされ、荷物のように抱えられてしまう。
「沖田さんっ」
「こないだ美味そうな飯屋見つけたんでィ。ちっとつきあってくれ」
本題はそれかと息を吐き出す。何を考えているのか回りくどいことだ。さっき昼食を済ませたばかりだが、それを言ったところで離してはくれないだろう。
「沖田さん、仕事は?」
「休憩中でさァ」
やけに機嫌のよいこの男に何を言っても無駄だろう。ケータイを取り出し、しかたなく彼の上役に許可を取るのだった。