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書名:Routes -3- adularia
章名:本編

話名:Routes -3- adularia - 15#-23#


作:ひまうさ
公開日(更新日):2010.6.18 (2012.2.8)
状態:公開
ページ数:9 頁
文字数:62752 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 40 枚
十一、よくいる薬屋
十二、よくある術式
15#よくいる薬屋:あらすじ11-2,12-1
16#よくある術式:あらすじ11-2,12-1
十三、よくある誓い
17#よくある誓い:あらすじ13-1
十四、よくある晦
18#よくある晦:あらすじ14-1
十五、よくある裏切り
19#よくある裏切り:あらすじ15-1
十六、よくある裏事情
20#よくいる頭領:あらすじ15-2,16-1
十七、よくある理由
21#よくある理由:あらすじ17-1
十八、よくある古地図
22#よくある古地図:あらすじ18-1
23#よくある逃亡:あらすじ#19-1,20-1

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15#よくいる薬屋



 甘い花の香りと、瞼の裏を通す陽光に誘われ、私はゆっくりと目を開いた。高い天井の木組みがぼんやりと見える様子が村で過ごした部屋と似ていて、私はしばし状況を忘れる。村を出てからのこと全部が夢だったような気もしたけれど、私の着ている服は普段着ていたシャツやパンツではなく、遺跡で適当に作った急ごしらえのワンピースだ。身体の上にかけてあるのは、おそらく馬に乗っていたときに、賢者がかけてくれた薄布だろう。

 眠らされているのは少し固めのスプリングのベッドで、私の目を呼び覚ました甘美な花の香りは、村の近くを流れる小川で咲いていたものと同じ香りだ。郷愁に誘われながら起き上がると、私の頭から小さな花々が落ちる。よく見れば、その花は萼の下あたりで摘み取られ、私の眠っているベッド全体にばら撒かれている。

「なんで、ユーレリア?」
 私は寝起きの頭で何があったかを思い出返して、すぐに脳裏にオーサーを浮かべた。身体中に傷を作って倒れているオーサーはピクリとも動かず、床には赤い水が広がってゆく。オーサーは肌が白いから、昔から怪我なんかすると、私よりもとてもよく目立っていた。全身を切り刻まれ、それでも殺さないように慎重に傷だけをいくつもつけられた様から、私は見ていなくてもオーサーが嬲られたのがわかる。だからこそ、オーサーの左腕だけに怪我が無いのは、特に目立った。

 刻龍の死の刻印ーー龍が腕を這い回る様は、今思い出してもぞっとする。それがどういう効果で、いつオーサーが死んでしまうのか考えただけでも怖いけれど、今は震えているわけにはいかない。

 私がここに眠っていたのは、ディに連れられて馬で移動している間に酔ってしまったからだということは、思い出さなくても今の感覚と経験からわかった。オーサーと村の皆が心配で心配で眠れなかったはずなのに、眠ってしまえば馬に酔わないから、こんな時でも私は本能で眠ってしまったらしい。

 私はベッドから降りると掛けていた青布を羽織って、部屋の中をぐるりと見回す。ベッド一つだけで既に半分を占めてしまっている部屋の中には、当然私の他に誰もいない。だから、私は棒のようなドアノブに手を伸ばした。軽い力を込めて、ノブを下げ、ゆっくりと押し出す。向こう側には何があるのだろうかと恐る恐る開いた私は、すぐにドアを大きく開くことになった。なぜなら、ドアの向こうの部屋に、私の目の前にオーサーがいたからだ。

 オーサーは椅子に座って、白衣を着た髪の長い女性と話をしている。薄水色で袖のない服に着替えているオーサーの腕には、あの黒龍の死の刻印がはっきり見えるが、本人は別段苦しそうでもない。他の怪我はすでに治療を終えているのか、穏やかな普段どおりのオーサーの様子に私は安堵の息を吐く。

「いかないのか?」
 唐突に隣から聞こえたディの声に驚き、私はそちらを顧みた。私がさっきまで眠っていた部屋の扉の隣には、少し距離を置いて、変わらない灰色の甲冑姿のディが灰色の石壁に寄り掛かるように立っている。あまりに自然に溶け込んでいたのと、オーサーに気をとられて、私はディにまったく気付かなかった。

「話し中みたいだから。それより、あれがディの知り合い? 美人だね」
 馬上でディの知り合いの医者に連れて行くと言っていたのは覚えていたので尋ねてみると、ディはゆっくりと私に近づいてきて、私の頭に軽く手を乗せた。次いで、無造作にぐしゃぐしゃと人の頭を撫でまわすから、私は顔を上げられなくなってしまった。

「今、イェフダたちがお前の村の情報を探ってる。だから、そんな泣きそうな顔すんじゃねぇ」
 ディの手が止まったので私は自分の頬に手を当ててみたが、涙なんて出ていない。それに、今はオーサーの無事がわかって安心できているのに、私はちゃんと笑っているのにディは変なことを言う。なんなんだと私が無言で見上げて聞き返すと、ディにまたぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。

「おい、そこのロリコン」
「違ぇよ。話は終わったか、ダイヤ」
 ディが言った瞬間に、細い風が私の顔の拳一つ分離れた場所を通り過ぎた。動じることなく手を上げたディをよく見ると、指の間に手術で使う細いメスみたいな銀色が鈍く光っている。それを手にしたディはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているが、流石にこれが人をからかうときのディの顔だと知っている私は視線の先を追いかける。ディの前に座っていた女性は、立って怒りに拳を震わせている。

「その呼び方はやめろと何度言えばわかるっ」
「別にいいじゃねぇか、ハーキマー。ダイヤモンド=ハーキマーはお前の名前だろ」
「良くないっ」
 ハーキマーと呼ばれた女性はディと同じぐらい長身で、長い銀髪の女性だ。肌も白く、赤い目が際立つのは色のせいばかりでない。切れ長の瞳を含め、見た目にも意志の強さをはっきりと感じさせる女性は、くるぶしまで隠れる長い白衣に身を包んでいる。

 ハーキマーはひどく憤慨していたようだが、不意に私に視線を移した。

「具合はどうかな、お嬢さん?」
「あ、はい。スッキリしてます、けど」
 私の返答にハーキマーは細い眉と目を細くし、薄い紅色の唇の両端を上げて微笑む。

「そうだろう、そうだろう。何しろ、最高級の回復草を使ったんだからな」
 最高級のという単語に、私はぴくりと眉を上げて、オーサーを見た。私を見ていたオーサーは、椅子に座ったままで慌てて否定する。

「別に僕が言ったわけじゃないよ、アディ。それに、お金はディが出してくれたからっ」
 そういえば、オーサーも私も意識がなかったのだから、当然どういう手当をするかなんて判断できるわけもない。私が驚いて顧みると、ディはなんだか眉根を寄せて、苦虫を噛み潰した顔をしている。

 私たちのやりとりを見ていたハーキマーは、唐突に勝ち誇った笑い声をあげた。それにつられて私がハーキマーを見ると、彼女は片手を腰に当てて、先程よりも右の口端を高くあげた怪しげな笑みを浮かべている。

「金なんぞ、この男が持っているわけないだろう。それに私は金持ち以外からは金を取らない主義でね」
 持っていないだろうといわれて、荷物を賢者の屋敷に置いてきてしまったことに気付いた私は、そのとおりなので頷く。ハーキマーの勢いに押されたといってもいい。だが、それなら何故私などのために最高級の回復草を使ったのかがわからない。私が不満をあらわにしていると、ディが種明かしをしてくれた。

「金だったらイェフダが出してくれる気だったんだが、アディは貴族に貸しを作りたくねぇだろ。で、ハーキマーはこのとおりだから、治療代として薬草を取ってくることになったんだ」
 私が本当なのかとオーサーに目で問うと、オーサーは知らないと両手を振る。私たちがそんなやり取りをしている間に、ディはハーキマーの手を引いて、部屋を出て行ってしまった。

 部屋に残された私は少し迷った後で、オーサーの元へと近寄る。オーサーの傷は完全に治っているように見えないし、顔色もよくはない。本当なら、ファラを呼び出して治してあげたいところであるが、オーサーを送り返すために力を借りてから丸一日程度では、ファラを呼べない。あの小さな妖精は本当にまだ幼いから、使える力も限られるし、回復にも時間がかかるのだ。早くてもあと二日ぐらいは呼ぶことができないだろう。

「アディ」
 私を呼ぶ少し低めのテノールに今にも泣いて抱きついてしまいたいのを堪え、オーサーの前に両膝をつき、頭を下げる。

「ごめんなさい、オーサー」
 私が謝ったところで時間を戻せるわけもないし、村が襲われたことも、オーサーが怪我をしたこともなかったことにできるわけじゃない。それでも、村に刻龍が襲撃したことは私が原因だとわかっているし、オーサーが怪我をしたのも私が無理矢理に帰らせたからだとわかっている。すべては怪我をさせたくない、私の運命に誰も巻き込みたくないという私のわがままのせいで起きてしまったことで、本当にそう思うなら私は最初からマリ母さんに絆されず、一人でいなければいけなかったのだ。

「アディ」
 私の頬にオーサーの少し熱い手が触れる。見上げると、オーサーはとても厳しい顔で私を見ていて、私は言葉を詰まらせた。こんなオーサーを見たことはないから。

「今更後悔しても遅いよ」
 オーサーの堅い声を聞いていると、私は顔も声も見続けることが出来なくて、また俯いた。私の頭に極軽い調子で手が置かれ、次いで引き寄せられて、私はバランスを崩してオーサーに倒れこむ。互いの薄い服ごしに伝わる体温はオーサーの方がずっと高い。それに、オーサーはずっと私が守るべき弟だと思っていたのに、考えていた以上の男の力で引かれて、そんな場合でもないのに私は途惑う。

「今更全部なかったことには出来ないよ、アディ。僕はアディと会わなかったらなんて考えたくもないんだ。それは父さんも母さんも、村の皆だって同じことだよ」
 オーサーのテノールが、私の耳に直接息を吹きかける距離で囁きかける。

「誰も君を村に迎えたことを後悔していないのに、アディが後悔するのは僕らに対する裏切りだ」
 だから気に病まないでほしいと、オーサーは私に言う。それから、大丈夫だと私の頭をゆっくりと撫でる。

「大丈夫だよ、アディ。村の大人たちは強いし、グランシアとサーシアさんは丁度定期健診でミゼットに泊まっていたんだ。戻ったら、皆、いつもみたいに迎えてくれるよ」
 グランシアは去年生まれたばかりの赤ん坊で、サーシアはその母親だ。私もオーサーもサーシアにはよく遊んでもらったし、グランシアともよく遊んだ。

 一度はそれを思い出したものの、私は頭を振る。二人が無事だったとしても、やはり私は。

「いくら村の皆が強くたって、誰か死んだりしたら戻れないよ」
 私は拳闘の技を村の大人に教わったし、オーサーの札も同じだ。大人たちに勝てたことはないけれど、それでも村を出たときから私を狙うメルト=レリックみたいな奴が何人も来たら、とても皆が勝てるとは思えない。

「うん。だから僕は、一度アディを連れて戻ろうと思ったんだけど、やっぱり駄目だ」
 私はオーサーに急に肩を掴まれて、身体を離される。まっすぐに私を見るオーサーからは強い意志を感じる。

「あいつらの、刻龍の狙いはアディだ。今戻ればアディは殺される」
「っ、私の命なんかどうなったって、」
「駄目だっ」
 大きな声を出したオーサーは急に咳き込み、身体をかがめる。腕の中にいた私はなんとかオーサーを支えようとしたが、叶わずに一緒に倒れ、強く背中を打った痛みで一瞬息が詰まる。それでも、自分の痛みなんて気にしていられないほどオーサーは苦しそうで、私は起き上がれないまでも両手でなんとかオーサーを抱きしめた。

「っ、げほ……っ、ごほ……っ」
「オーサー、しっかりしてっ! 誰か、誰か来て!」
 バタバタと慌ただしい足音がしたかと思うと、オーサーがディに抱え上げられたのが見えた。オーサーはすぐに部屋の端のベッドまで連れていかれ、ハーキマーが近寄って脈をとっている。

 私は差し伸べられた誰かの腕を跳ねのけ、急いでオーサーの眠るベッドに近寄った。オーサーは咳が収まったものの、青ざめた苦しげな顔を隠さない。

「ぜ、全然、治ってないじゃないっ」
「誰も治したとは言ってないぞ」
 冷静な声が降ってきたので、私が顔をあげると、ハーキマーが何かの粉を少量の水に溶かし、オーサーの口に流し込んでいる。苦しそうにそれを飲み込んだオーサーは涙目だ。

「私は魔法使いではないし、これだけの重傷を一瞬で治す術など持っていないからな」
「でも、さっきまでは普通に座ってて、」
「痛み止めが多少効いていたからだ。お嬢さんが起きたときに自分が寝ていたら心配させるからと言っていたさ。たいした男だよ」
 私はオーサーの寝台の隣に膝をつき、大馬鹿野郎、と小さく呟き囁く。私の言った台詞の後半に驚いたオーサーは、思わず身体を起こそうとしたが、すぐに呻いて踞ってしまった。

 こんな状況で真っ直ぐに大神殿に向かえるほど、私は薄情でも強くもない。だから、私はオーサーだけに聞こえるように言ったのだ。私が村の様子を見てくるから、ここで待つように、と。それで刻龍に殺されたとしても、それ以降の被害がかからないようにするためにも、私はもう逃げ続けるわけにはいかないから。

 オーサーの柔らかな髪を撫でて、私は立ち上がり、まっすぐにハーキマーを見る。

「オーサーをお願いします」
 私が何を言うかわかっていたとでもいうのか、ハーキマーは驚かずに返してくる。

「ついていてやらないのかい?」
「はい」
 あと一日も立てば、ファラの力を借りて、表面だけでも私がオーサーを治療することはできる。だけど、この先私のやることをオーサーに見て欲しくないのとオーサーを失う恐怖を知りたくはないから、私はハーキマーに向かってはっきりと大きく頷いた。

「意思は固いようだね」
 ハーキマーがディの背中を押すのを見て、それが彼を連れていけということだとわかった私は、また首を横に振る。

「ここまでディが守ってくれたことには感謝してます。だけど、これ以上私はディを連れて行けない」
 今まで、誰も私と同じ道を歩み続けられるものはいなかった。それに、絶対に命を落とすとわかっている道に、私はもう誰も巻き込みたくはないから。そう口にする前に、そしてディが何かを言う前に、ハーキマーが軽い笑いを零す。

「こらこら早とちりするなよ。ディはお嬢さんの向かう先に用があるから、ついでについて行くだけだ」
 ハーキマーがディは私を守るために行くんじゃないと言うと、ディは眉根を寄せた。

「あなた達の村の周辺にはユーレリアが近くに大量にあるらしいね。私はディにそれを是非採ってきてもらいたいだけなんだ」
 私とオーサーの治療代だとハーキマーに言われ、私も口実にしか聞こえない申し出に眉根を寄せる。

「お嬢さんらは知らないようだけど、ユーレリアは高価な薬さ。そのままならただの疲労回復薬でしかないが、ある物を加えると金持ちがどれだけの大金をかけてもいいという妙薬になる」
 ユーレリアが薬草というのは私も知っていたが、今日のように馬に酔った後のケアに使われたこともないし、高価な薬だなんて聞いたこともない。首を傾げる私に対して、ハーキマーの向こうで二つの息を飲む声が聞こえて、すぐに私の目の前に来た蒼衣の賢者が私の腕を掴んだ。

「な、なに?」
 いきなりのことで抵抗できない私を賢者が部屋から引きずり出す様子を、ハーキマーは手を振ってニヤニヤ笑いで見送ってくれた。私の腕を引く賢者の力は特別強いわけでもないが、無理矢理に引き摺られるのは痛い。だが、それを私が抗議するのも躊躇われるほど、賢者もオーブドゥ卿も嫌悪を露にしている。

「いくらディの知人でも質が悪すぎます」
 明るい戸外へと連れ出された私が目を細めていると、賢者がつぶやき、追いついてきたディが苦笑で答える。

「ハーキマーは根はイイ奴なんだ。ただ、金持ちの間じゃ、評判悪ィな」
 そりゃそうでしょうよ、と言う賢者の私の腕を掴む手に軽く力が入る。

「ダイヤモンド=ハーキマーといえば、世界で唯一の、幻惑士の称号者なのですから」
「っ、幻惑士って何?」
 世界には様々な称号があるから、私は知らないことが多いと自覚している。賢者は私に答えることなく、ディと会話を続ける。

「ディはよくあんなのと旅をして無事でしたね」
「あんなのって、すげー言われよう。そりゃあ何回か巻き込まれたし、死ぬ目にもあったけど、ハーキマーは根はいい奴だぜ」
 ディがハーキマーについて話す様子には、どことなく信頼しているのが私にも伝わってくる。そりゃあ、私は最初からディを信用していたわけではないし、置いていこうとしているし、ディに何かをいう資格はない。だけど、どうしてこうも胸がざわめいて落ち着かないのかわからず、私はイラつく気持ちを腕をつかんだままの賢者にぶつける。

「離してっ」
 私は腕を振って無理やりに賢者から逃れようとしたが、意外にもビクともしない。外に出てから初めて私を見た賢者が真剣な目で見つめてくるので、その深い蒼の瞳に考えを見透かされそうな気がした私は怯む。

「駄目ですよ、アディ。お一人で村へ帰るつもりでしょう」
 やっぱり、わかっていて私の腕を掴んだままだったのかと納得する。納得はするが、それで逃げてもどうにもならないから、私は賢者を強く下から睨みつける。

「だ、だからなによ。貴方たちには関係な」
「イフの屋敷であれば、すぐにでも行けますよ」
 イフというのがオーブドゥ卿の愛称だと私はすぐに気がつくことは出来なかった。だが、賢者から斜め一歩後ろで頷くオーブドゥ卿の様子から、私はそれがミゼット郊外にある彼の屋敷と気づく。賢者の目を真っ直ぐ見て、私はそれがどうしますかと尋ねているのではなく、代わりに自分たちも連れて行けと言っているのがわかった。放っておいて欲しいのに、どうして賢者は私に構おうとするのだと奥歯を強く噛みしめる。

「それぐらいの距離は私だって、」
「私の魔力も使わずに行けるんですけどね」
「っ」
 帰郷すれば、まず間違いなく刻龍との戦闘になることが目に見えている。基本的に私は拳と銃を中心とした戦闘をするが、いざという時は魔力を使うし、できることなら温存しておきたいのが正直な気持ちだ。

 賢者の言う魔力の使わない方法というのが恐らく魔石を利用した一種ではないかと推測できるが、転移魔法なんてそうそう楽に出来るものではない。過去には五万マイルを一瞬で移動した魔法使いがいるとも言われているが、現代にそこまでの魔法使いはいないはずだ。

 だが、相手は世界でも三本の指に入る魔法使いで、賢者の称号を持っている男だ。その古い魔法を使うことができるとしても不思議はない。

「そこまでいうなら、望み通りに連れて行ってあげるわよ」
 オーサーやディが傷つくのは見たくない。けれど、村の状況が気になるのは確かな私は、強気に言葉を返す。対して、賢者は私に勝ち誇る笑顔を見せてきた。

p.2

16#よくある術式



 数分後、私はまだ医者の家の前にいた。私だけではない、賢者もオーブドゥ卿もディもラリマーもいる。

 ラリマーは細長い棒を使って、ガリガリと地面に円を描き、手元の紙を見ながら文様を描きこんでいる。私はそれをイラつきながら見守っている。どうしてこういうことになっているのかというと、賢者が直にと言った割に「じゃあ、ラリマーこれを」と中空から取り出した紙をラリマーに渡し、ラリマーも生真面目に受け取り、今に至る。紙に描かれている文様が魔方陣と呼ぶものであることぐらい、いくらなんでも私は知っている。

「ねぇこれって直とは言わないよね」
 私が振り返って言うと、そこには真白いテーブルセットが用意され、席に着いている賢者とオーブドゥ卿が白磁のカップを傾けて寛いでいる。

「ラリマーは優秀ですからね。何時間もかかりませんよ」
「直にって言ったよね?」
「まあまあ、少し落ちついてください。アディも珈琲をいかがですか?」
 湯気の立つカップを差し出してくる賢者に対して眉間に皺を寄せる私とは対照的に、テーブルについてはいないもののディは興味深げに、賢者が差し出しているカップとは別のカップを手にする。ディが手にしたのも賢者が手にしているのも、中身が同じだろうと私が考えたのは、カップの中の液体の色が同じで、ここまで漂ってくる香りが濃いからだ。

「これ、南の大陸で飲んでる茶だよな。珍しいモン飲んでんなぁ」
「流石によくご存知ですねー」
 確かに旅をしているディの知識量は半端な量ではない。だが、そんなことは今の私にはどうでもいいことだ。私はこうしている間にも村の皆が危険にさらされているかもしれないと考えると、同じように寛ぐ気にはなれない。

 苛々している私の前を、ラリマーが線を描くために通りがかったが見向きもしない。そういえば、ラリマーに服を借りる約束をしていたことを思い出した私は、彼女に近づいた。

「ラリマーさん」
 ふぅと彼女が一息ついたのを見計らって、私は声をかける。

「なんでしょうか、アデュラリア様」
「アディでいいってば。服を借してくれるって話覚えてる?」
 ラリマーは少し残念そうな顔をした後で、申し訳ありませんと私に頭を下げた。

「フィッシャー様の命令でお貸しできなくなりました」
「賢者の?」
「はい、あの時の会話をどなたかからお聞きしたということで」
 あの時部屋の中にいたのは私とラリマーのふたりだけで、直感だけどラリマーはそういうことを話すタイプではない気がする。となるとあの場は賢者の屋敷の一部屋であったことだし、盗み聞きされていたのではないかと思い至る。

「とんでもない賢者サマね」
「ええ。ですが、信用の出来る方です」
 同意とともにふわりとラリマーが柔らかく微笑むのを見て、私は困惑した。ラリマーのその笑顔はマリ母さんと雰囲気が似ていて、私には少し困る。

 作業を再開するラリマーの後を、私は付いて歩く。作業の線は消さないように、慎重に歩きながら、半分ほど仕上がった魔法陣を眺める。転移魔法陣を本で見たりしたことはあるけれど、これは初めて見る文様だ。それに通常使われる魔法陣とは違う、見慣れない文字が並んでいる。なんと書いてあるだろうと考えかけた私に、少し前を歩いていたラリマーが声をかけてきた。

「アデュラリア様」
「え、何?」
「申し訳ないのですが、あちらでお寛ぎいただけませんか」
 あちらとラリマーが指している方向を見ると、賢者たちはカードゲームに興じているようだ。

「うーん、私、邪魔?」
「……申し訳ございません」
 後ろを歩くことを断られた私は、仕方なくカードゲームをしている輪に足を向けた。丁度ディが手元にあった最後のカードをテーブルの真ん中にある山に捨てたところのようだ。

「ディは強いですね」
「場数が違ェよ」
 賢者とオーブドゥ卿は共にカードを持っているが、オーブドゥ卿のカードは二枚で、賢者は一枚。賢者が一枚引いたところであっさりと勝負はついたようだ。がっくりと肩を落とすオーブドゥ卿の手元から力なくカードが一枚落ちた。ジョーカーのカードだ。

「イフはどうしてこう弱いんでしょうね。私はもうあなたから聞きたいことなんてありませんよ」
 その台詞から、また賭けをしていたことが私にも伺える。この男たちにとって、村やオーサーの事は他人事だから、こんなにも落ち着いていられるのだろうか。少し時間が経ったから、私も少しは冷静になったものの、まだオーサーの容態も村の状況も考えるだけで不安になる。

「アディも参加しませんか?」
 だが、今ここで私が焦ったところでなにもできないと言うのも確かだ。仕方無しに私はひとつだけ空いている、ディと賢者の間の席に着く。

「どういうゲーム?」
「あなたが私の屋敷で目を覚ました時と同じですよ。場の全員に均等にカードを分けて、ペアになったものを捨てて、」
 自分が目を覚ましたときに何のゲームをやっていたのかまでは知らないが、そこまで聞けばいくら私でもわかる。

「ババ抜きっ? まさか、オーサーはこんな単純なゲームに負けたの」
 オーサーに勝負運がないのは知っていたが、そこまで弱いとまで私は知らなかった。いつもはすぐに私がオーサーと勝負を変わってしまうから。私は差し出された珈琲という飲み物を受け取り、口をつける。苦味はあるが、まあ悪くない。

「ミルクと砂糖はいかがですか?」
「いらない」
 カップをソーサーに戻し、私はディが均等に配り終えたカードを手にして、にやりと笑う。

「賢者サマ」
「だから、フィスと呼んでくださいと言っているじゃありませんか」
 まだ呼び方にこだわっていたのかと一瞬呆れたが、これ以上の問答をするつもりもないので、私は素直に呼び方を変えることにする。

「フィッシャー、こうなったら知っていることを洗い浚い教えてもらうよ」
 愛称で呼ぶのは流石に気が引けるし、私はそこまで馴れ合うつもりもない。だから、名前で妥協したのだが、フィッシャーはとりあえず納得してくれたらしい。

「私も丁度アディに聞きたいことがあるんですよ」
 奇遇ですね、と笑顔でありながらも鋭い視線を向けてくるフィッシャーに、私は臆することなく視線を向ける。ゲームは真剣にやらなきゃ意味がない。賭けるものがあるなら尚更だ。

 私はこの賭けに勝ったら、もう一度フィッシャーに刻龍の頭領の居場所を尋ねるつもりだ。すべての元凶は刻龍にあり、そのトップを抑えることができれば、私の周囲にある運命も少しは変えられるはず。だから、私はどんな手を使ってでも、勝たなければいけない。

 最も、私は賭けの勝負で負けたことは一度もない。いくら相手が賢者でも、私は負けるつもりは微塵もない。手札から全員がペアカードを中央の山に捨て終わったところで、私はいつものように宣言する。

「それじゃあ、勝負と行きましょうか。ユスティティア様の名のもとに」
 ラリマーが魔方陣の完成を告げる頃、勝負は私とフィッシャーの一騎打ちとなっていた。ゲーム開始から一回も勝負が済んでいない辺りはラリマーが早いのか、勝負が遅いのか、見ている者たちにしかわからない。

 私の手元のカードから一枚を引いたフィッシャーが悔し気な表情をし、私は口元に緩い笑みを浮かべる。このやり取りは先程から既に何度もしているが、やはり相手にジョーカーを取らせるのは快感だ。気になるのは、フィッシャーの様子が表面だけの悔しがり方に見えることだが。

「さ、どうぞ」
 フィッシャーが差し出す二枚のカードを、私はじっと見つめる。二つのカードに違いがあるわけもないし、透視ができるわけでもない。そもそも正義と公正の女神ユスティティアの名前を最初に宣言した時点で、すべてのイカサマは無条件で敗北となる。

 カードに手を伸ばしたまま、私はフィッシャーの顔とカードを交互に見比べる。こういう事に慣れているのか、はたまたもともとかはわからないフィッシャーのポーカーフェイスでは判断できないが。

「……そろそろ終りにしよう、フィス」
「はい、ラリマーも準備を終わったようですからね」
 私が愛称を呼んだ一瞬、フィッシャーのポーカーフェイスが崩れた。その目線が揺れる先を見極め、私は一枚のカードを抜き取る。クローバーの九、私の持っているカードと同じだ。

「勝ったーっ」
 嬉しさの余りにカードを放って喜んでしまった私の前で、フィッシャーはそれほど残念そうではない。

「いやあ、強いですねぇ」
 それどころか余裕にさえ見えるのは何故なのだろうか。疑問に思う私の頭にディが手を乗せ、ぐしゃぐしゃと撫でる。

「よかったな」
 なんとか見上げた私から見たディは、完全に保護者の顔をしている。よく見れば、他のフィッシャーやオーブドゥ卿も同じ表情で、私だけが子供みたいで。勝ったはずなのに、なんだか悔しい私は口を曲げる。

「そろそろ移動しましょうか」
 席を立つフィッシャーと同じくディとオーブドゥ卿が立ち、私も大人しく椅子から降りる。ラリマーが懐から紙札を一枚取り出し、力ある言葉を唱えると、テーブルセットは一瞬にして消えた。消失魔法は簡単ではないし、ましてそれを札一枚に封じ込めるなど容易ではないはずだ。そんなことができる札を描いた人物が尋常ならざる魔法使いなのは明白で、おそらくそれが目の前にいる賢者であることは、私にもわかる。

「アディ」
 ディに肩を押されて、私はフィッシャー、ディ、オーブドゥ卿、ラリマーと共に魔法陣の中央へ移動する。五人で入っても余裕のある魔法陣の内縁から外縁を私が眺めていると、医者の家の戸が開いて、ハーキマーが顔を出した。

「お嬢さん、オーサー君は確かに私が預かった。だから、こちらのことは心配しなくていい」
 フィッシャーの最初の一音と同時にラリマーの描いた魔法陣の線から光が溢れた。



「巡る歯車」



 ハーキマーに深く頷いてから私がフィッシャーを見ると、今までの飄々とした余裕気な様子は影を潜め、真剣な眼差しで横にした杖を正面に構えている。辺りに魔力の隠る風が柔らかに吹き始めるのを感じ、私は軽く後ろで縛っているだけの髪が前に煽られるのを片手で抑えた。



「過ぎ去りし時と」



 次の一言でフィッシャーの身に付いた宝飾が、魔法陣全体に淡い光をばら撒き始める。夕闇に落ちつつある世界を照らすように、光虫が魔方陣の中を飛び回る様は、幻想郷でも見るようだ。



(きた)るべき時を結ぶ光の果実」



 気がつけば、フィッシャーの身体も私やディの身体も魔力を含んだ光と風に包まれていて。それを目にした私は、ウソツキ、と小さく呟く。魔力を使わないと言ったのに、どう見てもこれは魔力を引き出す魔法陣だ。不満も顕な私の耳に、ディの小さな笑い声が届く。

「ウソじゃねぇだろ。少なくともアディは使わずに済んでる」
「そうだけどさー」
 小声で会話する私とディをオーブドゥ卿が咎める。

「しーっ、静かにしないと後でフィスに怒鳴られますよ」
 結構恐いですよ、と咎められてもオーブドゥ卿本人がクスクス笑いでは説得力がない。そこに不機嫌そうなフィッシャーの声が重なり、辺りに響き渡る。



「我願うは友棲む屋敷」
「地中の萌芽と常緑の青葉と女神の紅玉を目当てにせよ」



 私の耳元でパチリと音がして、髪を止めていた柔な髪ゴムが切れる。魔力風に翻弄される髪を慌てて両手で抑えようとする私は、唐突にふわりと白い布で遮られた。見上げれば、布ーー自分のマントで私を包んでくれているディが安心させるように笑ってくれる。そう言えば女神の従者は魔力を受け付けないのだという話を、私は今更のように思い出した。

 このまま移動したら、ディは私たちと共に来られるのだろうか。来て欲しくないと思っているのに置いていきたくないと考えてしまっている自分に戸惑いながら、私はディの大きな手に自分の手を滑り込ませて掴む。上を見上げないとディがどんな表情をしているのかわからないけれど、私はただディを失うことが怖くて、少し俯いたまま強く両目を瞑る。



「無明の女神の加護の元にて、目当てへと我らを運べ」



 フィッシャーの最後の言葉を合図に、私は強力な吐き気に襲われ、ディと繋いでいない方の手で自分の口を抑えた。目の前がぐらぐらと揺れ、自分の中から無理やりに引き出される力がそれを起こしているのはわかるのだが、どうしてという気持ちとどうしようもない事実がぐるぐると廻る。

 ディをしっかりと掴んでいたはずの手が外れたのにも気がつかず、膝をついた私はそこが柔らかな芝生だと認識する前に、支えられない身体を落とした。

 自分の体が落ちる音が他人事みたいで、ただ一向に収まらない吐き気が思考のすべてを支配していて、私は蹲ったまま動けない。

「大丈夫ですか? 女神の眷属は魔力に弱いとは聞いていましたが」
 穏やかすぎるフィッシャーの声が近くで聞こえたかと思うと、私の身体に魔法ではない浮遊感がかかる。頭の中で思考がまとまらない中、フィッシャーの台詞は私に確信をさせた。やっぱり、フィッシャーは、賢者は私の正体を知っていると。

「早く屋敷へ移動しましょう」
「ああ、ラリマー、先に行って部屋を整えておきなさい」
「はい」
 頭痛と吐き気はひどいけれど、私の意識は失えずにそこにあった。私を抱いているフィッシャーが小さく耳元で囁く。

「申し訳ありません、アディ」
 フィッシャーの謝罪は何を意味しているのか、それは私の正体を知っていて隠しているからかもしれない。さっきの転移の時、言葉に入っていた「無明の女神」が何を意味するのか、フィッシャーはわかっていて使った気がする。

 でも、私はそれを追求せずに別な方向へと震える手を伸ばした。

「ディ、いる?」
 彷徨う手に触れるものはなく、私はあの場所にディを置いてきてしまったのではと不安に駆られる。だけど、その反面で安堵もしていたのは、私の運命の中に連れていきたくないと、オーサーと同じく、村の皆と同じく、ディを無くしたくないと思ってしまっているから。

 空をさ迷う私の手を、フィッシャーが引き寄せ、私の胸に置く。

「心配せずともちゃんとディもいます。今はどうかお休みください」
 必要以上のフィッシャーの丁寧な言葉が、私に苛立ちを生ませる。何も、何もしらないくせに。フィッシャーは私の表面上のことしか知らないで、私の気も知らないで、勝手なことばかりで。

 私は奥歯を強くかみ締め、苦しさを堪えて、フィッシャーの腕から逃れた。軽く地面に着地したつもりが、私は脊髄を突き抜けるような痛みでまたすぐに倒れる。

「無理をするな」
 次にかけてきた声は間違いなくディの声で、ほっと安堵した私は近くにある腕に大人しく身体を委ねた。

 薄く開けた視界の向こうで、青空に白い月がゆらゆらと揺れながら私を笑う。子供のときに見たのと同じ白い月が、過去を呼び、私の中にある人を思い出させる。ーー彼女がいなくなった日もこんな月を見た。

 重くなる瞼の向こうで白い月は半分闇に消え、更に半分が消えてゆく。私を心配する声が暖かくて、それが心に痛くて、消えかける意識の中で私は自分の頬を冷たい水が伝い落ちてゆくのを感じた。

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17#よくある誓い



 人は眠っている間に古い記憶を繰り返し再生しているのだと言う。私の最初の記憶はある一人の女から始まる。

 路地裏でうずくまる小さな私に差し出された女の荒れた細い掌と、余り特異なことのない極普通の容姿。その他で覚えているのは、女がいつも日だまりにいるような気分にさせる穏やかな笑顔を私に向けてくれていたことだ。

「せっかく女の子なんだから、もう少し綺麗にしなきゃあ」
 そう言う女自身だって、私には特別着飾っているようには見えなかった。女はひと繋ぎの真っ白なワンピースに色褪せたラベンダー色のショールを羽織るばかりで、荷物だって片手で持てるぐらいの汚れたショルダーバッグしかない。言われた小さな私も流石に少し呆れたのを覚えている。

 女と過ごしたのはたったの一週間だったけど、私には忘れることなんて出来なかった。だって、私は自分の名前を呼ばれる度に女を思い出すのだから。

 額に感じる冷たい布の感触で、私はゆっくりと目を開ける。暗い部屋の中が女と出会った時と同じに思えて、一瞬だけ私は既視感に囚われた。だが、すぐに私の眠るベッドの隣にいる男に気づいて、今がいつなのかを取り戻す。

「起こしてしまいましたか」
 柔らかく微笑んでいる男は賢者と呼ばれるほどの識者だが、私にとって最も信用ならない部類に属す。だが私を害すことはないと感じる理由は、自分でもよくわからない。そっと壊れ物のように私の額に触れる手は冷たいのに、不思議と温かさを感じるのは何故だろうか。暖色の部屋の中でぼんやりとした燭台の灯だけで見るフィッシャーの蒼衣が妖しく反射して、彼が心底安堵しているのがわかる。

 私は何かを言おうとして口を開き、やめた。

「熱は下がったようですね。体調はいかがですか」
 私の額から手を外したフィッシャーはゆるりと微笑む。それはとても穏やかで、密やかな熱を持っているように見える。

 体調はと尋ねられるのは、自分が何をしたのか、どんな魔法を使ったかをフィッシャーが自覚しているからのように私には思えてしまう。それはミゼットに戻るときにフィッシャーが使った長距離転移魔法の文句を、私が覚えているからだ。

 問い詰めてもいいが、答えられても困るのは私も同じだ。そんなことよりも気に掛けることはある。

「ディはどこ?」
「隣の部屋です」
「呼んで来て」
 フィッシャーはすんなりと私の要求に応じ、すぐに立ち上がって、部屋を出て行った。

 戸を閉じる音を確認した私は身体を起こし、ふらつきながらベッドを後にする。部屋には大きな窓がついており、私一人が出てゆくことは容易く見えた。着ているものがまだあの遺跡で自作したシーツの白いワンピースであるのに気づいた私は、ぐるりと部屋を見回す。窓の外は新月かそれとも細い月なのかわからないが、燭台もない部屋のなかはかなり暗い。鳥目ではないから、窓のそばまで行って少し待つと、ベッドの隣にサイドテーブルが見えた。サイドテーブルには畳んだ衣服が用意されている。

 私はサイドテーブルまで移動し、その服を手にした。だが、すぐに床に投げ捨てる。何故なら、それはシンプルな、だが間違いなくドレスだったからだ。目も覚めるような青い布で作られたドレスの趣味は悪くないが、これから戦いに赴くというのに私がそんな動きにくい格好をするわけがない。

 サイドテーブルのすぐ下に賢者の館に置いてきたはずの自分のバッグがあるのを見つけ、私は中から取り出した白の上下スウェットを着て、同色の幅広の布を腰に巻く。次に取り出した細い紐で髪を一括りにし、私は窓へと向かった。

 私の荷物を誰が何故持ってきてくれたのかはわからないけれど、私はおそらくラリマーではないかと睨んでいる。これまで教えてくれなかったのは、フィッシャーが口止めでもしていたのだろう。ラリマーはとても有能な執事らしいから、オーブドゥ卿とフィッシャーには逆らわない気がする。

 私は窓から外へと出るつもりだった。廊下は誰かが見張っているだろうし、正面からすんなりと一人で出してくれるとも思えないからだ。私はどうしても一人で行く必要があるから。

 窓に手を伸ばした私は、だが直ぐに違和感に気づく。特別硬いわけではないのだが、触れるか触れないかの微妙な位置に触れると、空気が歪んだ気がしたのだ。一、二歩下がり、私は思いっきり体当たりをしたが、弾力のある壁ーーおそらくフィッシャーの張った結界に弾かれて、床に転がることになった。普段なら反射的に受身も取れるのだが、まだ疲労の残る身体はそれもさせてはくれず、痛みを私に残す。

「痛ーっ」
「こういうことです」
 開いた音も気配もなかったのに戸口からフィッシャーの声がして、私は慌てて顔を巡らせた。だが、完全に振り返る前に、私の身体は軽々と抱え上げられる。力強い腕と、その気配はよく知ったものだ。この高さも村長やヨシュに抱えられていたから初めてではないので暴れることもなく、それでも高さの違いで私を抱え上げた人物が誰なのかすぐに分かって安堵する。

「ディ」
「無茶するなって言っただろ」
 ディは私をベッドにそっと下ろし、すぐに離れようとした。だが、私は抱えられるほど近づいたからディの纏うかすかな香りに気づいて、太い腕の服を咄嗟に掴んで引き止める。

「ユーレリアの香りがする」
 今までさほど気にしたことはなかったが、村にはいつもユーレリアという花の香りがしていた。私は旅に出て、そして、あの医者に言われて気づいたのだ。他の街にはない香りだから、旅の間はいつもどこか違和感があった。オーサーがいなくなることでますますそれが強くなったのは、オーサーが常にユーレリアの香りをかすかに持っていたからだ。ユーレリアは医者のハーキマーがいったように安価な薬草だから、私が怪我をしたときのためにオーサーはもっていたに違いない。

「村はどんな様子だった?」
 ディは少し迷った後で、私の頭に手を置いて強く撫でた。

「何も心配するな」
 誤魔化す物言いが私の不安を誘う。見上げようとしたが、私はそれさえも抑えられてしまって叶わない。

「フィッシャー、あんたらを信用はしているが」
 代わりに聞こえてくるディとフィッシャーの会話は、私には不可解な内容だ。

「従者というのは大変ですねぇ」
「すまねぇな」
 二人で何の話をしているのだろうと私が首を傾げると、くすりとフィッシャーが笑うのが見える。

「ディがあなたの護衛をしてくださるようですから、今度はしっかりと休んで、疲れを癒してくださいね」
 一瞬、フィッシャーの目が妖しく光った気がしたのは、私の気のせいだろうか。警戒する私を笑いながら、フィッシャーは部屋を出て行った。

 パタンと扉が閉じた後をじっと見つめる私の前に、ディが片膝をついて座る。月明かりと淡いロウソクの光だけに照らされた姿は騎士の礼とも言われる形で、戸惑いながらも止めさせるために私は立った。

「護衛なんて、」
「これは遺跡でやっておくべきだったんだ」
 ディの神妙な様子で、舌に乗せようとした私の言葉が空気に溶けて消えてしまう。淡い月明かりと室内の仄かな蝋燭の灯だけでは、ディの表情までよく見えない。ただわかるのはディの灰色の甲冑がいつもよりも輝いてみえることぐらいだ。

「アディは俺の言うとおりにやればいい」
 拒否を許さないディの様子につい、私は何が起こるかもわからないまま頷いてしまった。

 座ったままのディが自らの大剣を背中の鞘から抜き放ち、私に柄の部分を差し出す。重厚な剣の柄尻には見たことのない人の顔の紋章が彫られている。

「取れ」
 恐る恐る手にしたディの大剣は、ディが両手を離すとずっしりと重い。いつも軽々と振り回している様子は見ていたし、これほどの大きさの剣が軽いわけがないとわかってはいたが、私はしっかりと足を踏ん張らなければ膝をついてしまいそうだ。

「俺に剣先を向けろ」
 言われるままに私が剣先を差し出すと、ディは笑みの一つも見せずに、神妙な面持ちのままで浪々とその言葉を紡ぎだす。



「我、ディ・ビアスは古の女神の契約をここに果たさんとする」



 闇の静寂の中で、ディの低い声は深く響いてゆく。唄うように紡がれる言葉に対し、自分の身が震える理由は私自身にもわからない。わからないけれど、それが何かを私の心が知っている気がする。



「女神の盟約により、我はアデュラリアに騎士として、終生護り仕えることを誓う」



 剣先をディがその手で持ち上げる。動作の一つ一つが完成された形で、私はじっと見つめてしまっていた。だが、ディの口が剣先に触れる寸前に私は気づいて、ディの額を抑える。片手で持ったから、剣が落ちかけたが、幸いにも落ちはしなかった。落とせばディが怪我をすると目に見えていたからかもしれない。

「ちょ、ま、待ってっ」
「なんだよ」
「騎士って、誓いって……っ」
 いくら自分が庶民でも、騎士の誓いが特別なものだということぐらいは知っている。騎士が誓いを立てるのは生涯一人で、その全てから身を呈して守るのだ。そのための特別な技があるから儀式を行うのだと、幼い頃にヨシュから聞かされたから、私は知りたくなくてもその事実を知っている。

 特別な技というのは、いついかなる時でも主のいる方向を見失わない技だとか。

「柄じゃねぇのはわかってるけどな、一応形式だけでも整えないといかんだろ」
「いや、そうじゃなくてっっ」
 混乱する私に対して、口端をあげて、ディは意地悪く笑う。

「別に、俺は女神の眷属以外に仕えちゃいけねぇわけじゃねぇ。あんたに仕えたいと思ったから、こうするまでだ」
「な、何言ってるの。仕えるって、私は貴族でも王族でも、まして女神の眷属でさえないのにっ」
「仕える相手に身分なんか求めるかよ」
「いや、そこは気にしようよっ」
 どんなに関係ないと本人が言ったとしても、ディは普通の騎士じゃない。自他共に認められる「女神の眷属」の従者なのだ。それなのに、こんな、身分どころか系統さえ分からないような私にいきなり何を言い出すのだ。

 混乱する私の前で、笑いを納め、真っ直ぐに見つめてくるディの瞳に曇りは欠片も見えない。

「こうしなきゃ、アディは何が何でも一人で戦おうとするだろうが」
 刻龍とたった一人で立ち向かうつもりだっただろうとディに問われ、図星なだけに私は答えることが出来ない。

「悪いが、俺はアディ個人を気に入っちまった。だから、これは俺が俺の意思で勝手にすることだ」
 穏やかに見つめてくるディの瞳に潜む純粋な想いに、私は泣きたくなる。だから、それは、懺悔は勝手に私の口から零れ出た。

「私は、アデュラリア、じゃない」
 オーサーとマリ以外には初めて口にする、他の者は誰も知らない秘密だ。両目を閉じても溢れる雫が、私の頬を伝い落ちてゆく。

「アデュラリアは、私じゃなくて……私の代わりに死んだ人の名前なの」
 ずっと奥深くにしまいこんでいた記憶の箱をゆっくりと開け、私の口から零れ落ちてゆく真実に涙は止めどなく溢れてゆく。生涯開けるつもりのなかった私の箱の中には、しまい込んだ記憶が赤黒く渦巻いている。

「小さい私に、貴族に殺されかけ、死にかけていた私に、暖かい家と温もりを教えてくれた女(ひと)の名前、なの」
 さっき夢に見た女性、マリ母さんより前に会って、私に生きる意味を与えてくれた女性だ。私は出会った時に、あの人が自分を守ってくれる人なのだと本能でわかって、そして頼った。頼ってはいけなかったのに、私を守りたいのだという彼女の言葉を信じて、そして。

 彼女は私を庇って、殺された。

 暗い闇から私を掬い上げてくれた華奢な腕で、最後まで私を胸に抱いて、守って。温もりを残したまま、死んでしまった出来事を忘れるわけがない。

「生きていれば、いつか幸せになれるから」
 口癖みたいにいつも笑ってて、最後まで笑ったままで死んでしまった。

 今でもあの人の温もりを、冷たくなってゆく命を思い出せる。両腕で自分を抱きしめても消えない、彼女の血が私に罪を突きつける。あの時、本当に死ななければいけなかったのは私だったのに、全ての元凶である私だったのに。

「ねぇ、ディならわかるでしょう。私は女神の眷属なんかじゃない。だって、彼女こそが本物の女神の眷属だったのだから」
 ディも本能的に予感していた。最初に出会った時の「見極める」という意味はきっと、私が女神の眷属かどうかじゃなく、もうひとつの可能性だ。遺跡でフィッシャーは明言しなかったけれど、既にディの中での予感は確信に至っているはず。

 私は女神の眷属じゃないと口にする度、私の心はひどく痛む。彼女と過ごした一週間が、あの最初の優しい記憶が思い起こされ、彼女の死に押しつぶされそうで。

「ごめん、なさい……っ」
 私はディにこれを告げたくなかった。だって、ディはその女神の眷属を探して旅を続けていたはずだから。長い旅をしてきたのはなんとなくわかってて、いないことに絶望するとわかっていて、告げられるはずはなかった。だけど、こんな、騎士の誓いなどを立てられるような人間じゃないのだと、私は報せなければならなかった。

 これ以上、ディと一緒にいてはいけない。女神の眷属ではないからこそ、もうひとつの可能性にディが気づいているからこそ、私はディに誓いを立てられたくはないのだ。

「彼女を、助けられなくて、ごめんなさいっ」
 私はその時に彼女を失ったことを深く後悔したからこそ、それから拳闘士として戦う術を学び、力の及ばないときのために銃を持つようにした。それでも、ディの足元にも及ばないのだけど、ないよりはマシで巻き込まないために、村を出て、オーサーを追い返した。

 狙われる意味など私が一番よく知っている。それは女神の眷属かどうかだけが問題なのではない。系統のない私が女神の眷属である可能性よりも、もうひとつのーー女神である可能性が問題なのだ。この世界は女神に捨てられたことを憎んでいる。だからこそ、女神を守るために女神の眷属が生まれ、女神のために死んでゆくのだ。

 泣き続ける私をしばらく見てから、ディは決まり悪そうに私に聞いてくる。

「名付の儀式は終わってるんだよな?」
「え?」
「今、アデュラリアと名乗ってるってことは、正式に名前を受け継いでんだろ?」
 ディの問いかけに、私は首を横に振って答える。名付けの儀式は魂に名前を刻み込む方法で、この世界でとても重要な意味を持つ。私は孤児だったから、自分がアデュラリアになる前の名前を知らない。

「正式に受け継いではいないよ。これはマリ母さんに頼んでつけてもらったから」
 私から言い出したことだったけれど、マリ母さんは快く引き受けてくれた。女神の眷属かどうかとかそんなことは全然関係なく、私の望むとおりにしてくれたことを私は感謝してる。

「なんで同じ名前にしたんだ?」
 本当は全てを忘れてしまって、別な名前にしてしまったほうが良かったのかもしれない。そうすれば、私は名前に縛られることもなかっただろう。でも、私は。

「忘れたくなかったから。ただの自己満足でしかないけど、彼女をただの思い出にしたくなかったの」
 私を助けて、私に命を与えて、私に温もりをくれた人だから。だからこそ、私は救われた命を放棄せずにいられた。怒りに任せて力を奮い、屍の山に佇む私に差し伸べられたマリベルの暖かな手をつかむ気になったのだ。

 イネスの宿で血を落とし、体を洗い、新しい衣服に身を包み、マリベルは暖かな腕の中で私を眠らせてくれた。あの村まで連れてかえって、私に名前と家族をくれた。彼女の思い出はマリベルの出会いと切っても切れない。

 マリベルとオーサー以外、誰にも明かすことのなかった秘密を口にすると全部が思い出されて、後悔の涙が止まらない。本当なら、あのままマリベルの手を取るべきじゃなかった。私は誰に誘われても、一人で居続けるべきだったのだ。

 泣きじゃくる私を困ったように見ていたディは、しかし意外な言葉をかけてきた。

「じゃあ、問題ねぇな」
 深刻な話をしていたはずなのだが、からりとディは笑い、すばやく剣に口付ける。それで騎士の誓いは完了してしまうというのに、極軽く、あっさりと。

「な、問題あるでしょっ?」
「名付の儀式が終わってるなら、その名前はおまえのものだ。だから、俺には問題ねぇよ」
 立ち上がったディはまっすぐに私に歩み寄り、剣を受け取って鞘に収める。鞘の中を刃が滑る音がかちりと収まってから、ディはしゃがんで私を抱きよせた。

「正直、女神の眷属は最初からいないとわかってて探してんだ。今更落胆なんぞしないさ」
 私の背中を叩き、気にするなと慰めてくれるけれど、ディ本人は自分の変化に気づいていないのだろうか。さっきのディは笑ってはいたけれど、肩を落として落胆していたことに私は気づいている。それなのに反対のことをいって私を慰めるなんて、どこまでお人好しなのだろう。

「今から俺の主はアディ、おまえだ」
 真実を知って、儀式なんてやめて欲しかったのに、どうしたってディは私についてくることをやめない。それは変えようのない事実で、私はどうすることもできない新たな現実を前に戸惑うばかりなのに、ディは最初みたいに乾いた笑いを零していた。

 ディの腕の中は、背中を叩く手は暖かくて、マリベルや彼女と遜色ない。けれど、その誓いの重さが私は苦しくて仕方ない。

「どうしてディはそんなに私に構うの」
 済んでしまったことは仕方ない、と私が諦めてから尋ねてもディは私の背中をリズムよく叩くままで答えない。

「どうして私なんかに」
「アディは、なんか、じゃねぇよ。少なくとも俺にとっては、な」
 どういう意味だろうと不思議に思っていると、ディの手が止まり、肩を強く抱かれて胸が苦しくなる。ディは何かを小さな声で言っているが、こんなに近いのに私にはよく聞こえない。

「何、ディ? 苦しいんだけど」
 ディは軽いため息をついてから、ようやく私を開放してくれた。

「そういうわけだから、勝手に出かけないで今日は大人しく寝とけ」
「何がどういうわけなのかさっぱりみえないんだけど」
 一刻も早く村の状況を私が確認したいのは当然だとディにだってわかっているはずだ。ミゼットの郊外であるこの屋敷から村へ向かうには一度ミゼット市街を抜ける必要があるし、東の門から出ても子供の足で半日はかかる距離。だからこそ、村を昼に出たときには一度野宿する必要があった。

「夜にまた野犬に襲われるなんて、俺はごめんだぜ」
「狼だったよ」
 私を軽々と持ち上げたディは、無造作にベッドへ放り投げる。ぼふっと重い音と共に自分の位置が一瞬沈み、少し上がる。私がディを見ると、彼は私を困った妹でも見るみたいに見下ろしている。

「どっちでも同じだ。どっかの飼い犬も噛み付いてくるし、少し休ませろ」
「休むって」
「どっかの我侭な主が無防備だから、こっちは休む暇もねぇんだよ」
 ディの言っている主が自分のことだとわからないほど、私は愚かじゃない。扱いは主人にするものではないが、どちらにしろ私が頼んだことじゃない。

「勝手に休めばいいでしょ」
「そういうわけにゃいかねぇよ。目を話したら、アディは直ぐに逃げるだろう」
 逃げるんじゃなくて、村の様子を見に行くだけだというのに、どうしてこうもディは私の邪魔をしようとするのか。もしも私を主人とするなら、その望むように行動するのが当然ではないのか。そう、私が口に出そうとする前にディは両眉を下げた、あの困ったような顔で笑って、私の頭に大きな手をおいた。そのまま犬猫にするようにわしわしと乱暴に撫でる。

「アディも本調子じゃねぇんだ。俺がそばにいてやるから、今夜ぐらいはちゃんと眠れ」
「な……っ」
 まるで私が一人では眠れないとでも言うけれど、賢者の館に行く前だって、医者の家でだって、私はよく眠っていたではないか。それをいうなら、ディの方がほとんど眠っていないに違いない。自分のことを棚上げして、よく言う。

 それに、なにより気に入らないのはこの私の扱いだ。

「やめてよっ」
 とっさに掴んだ枕をディに叩きつけると、珍しく顔面に命中した。これはと、私は次にベッドの近くにある未使用の風の魔石を取り上げ、投げつける。だが、これは流石に受け止められてしまったが、軽く巻きおこる風で、私のおろしたままの髪が後方へ靡く。

 私はそれを気にも止めず、じゃあと今度は近くに置かれていた燭台を手にする。

「お、おい、それは、つか、モノを投げんじゃ……」
「うるさいっ」
 叫ぶ勢いに任せて私が投げると、流石にディも数歩下がって受け止める。では、と私はサイドテーブルに手をかける。

「な、ま、まて! おま、それは……っ」
 とうとう部屋の扉を開けたディを確認した私は、さっき装備したばかりの短剣を腰から引き出し、扉に走り寄る。間合いを取ろうとしたのかわからないがディが後ろにさがり部屋から出たのを見計らって、私は扉から飛び出さずに閉めた。

「アディっ」
「うるさい、入ってくるな、馬鹿っ!」
 私が力任せに閉めた扉は、重い悲鳴を上げる。その扉の前で私は荒い息で膝をつく。

 なんで自分がこんなにイラついているのかわかっているくせに、どうしてディは私を怒らせるようなことをしたり言ったりするのだろう。なんでディは私にーー騎士の誓いなんて、したのだろう。

「……ホント、馬鹿……っ」
 私は誰も自分の道に連れて行きたくない、巻き込みたくないのに。

 私は俯いたまま強く扉を殴る。拳闘士の私が本気で殴れば、きっと壊すことだって出来る。だから加減もしていたし、私自身も怪我をすることはない。ただ鋭い扉の悲鳴が室内に響いただけだ。

 この部屋で目覚めてからずっと、自分から彼女の、最初に自分を守って死んだあの人の血の匂いが消えない。幻覚とわかっていても振り払えない。全身が血に浸されて、気が狂いそうになる。早く、この部屋を出なければ、過去に囚われてしまいそうだ。

 私はこの旅に出てから、刻龍に狙われて、自分の状況がひとつも変化していないと気づいた。私はまだイネスにいた時と変わらず、命を狙われ続けていて、変わらず誰かに守られている。オーサーも、ディも、そういう意味では何ら変わらない。

 これ以上自分の為の犠牲を出さないために、私ができることはひとつだけ。それはーー。

 丁寧なノックの音が私の思考を遮る。

「アディ、明日の朝食は何がいいでしょう?」
 この状況で食事のことなど考えてなどいられないのに、フィッシャーは何を言うのだろう。ディは、そこにいるのだろうか。

「いらない」
「食べないと大きくなれませんよ。あなたは肉付きが足りなくていけない」
 私は咄嗟に自分の胸に視線を落とし、直ぐ様扉を殴りつけた。

「大きなお世話だっ」
 扉の向こうが静かになる。さっきのおかげで、私の思考は私をここに連れてきたフィッシャーへと移っていた。

 東の賢者という呼称を持つフィッシャーは初対面から不躾な男で、その点はディと大差ない。だが、フィッシャーが私を害することはないと確信するのと同時に、味方でもないと思わせる。正直、私にはフィッシャーがなんで私についてくるのかわからない。単に面白がっているとは思えないし、何より識者として私の正体を知っている。だからこその、ここに移動するためにわざわざあの魔法を使ったのだろう。

 フィッシャーはもう私の正体を確信しているはずで、それがこれから何をもたらすのかまで私にはわからない。守ってくれているようにもみえるが、私を閉じ込めているようにも見える。私を閉じ込め、捕まえることの意味を見出していない限り、フィッシャーの行動は無駄にしかならない。

 再び扉がノックされ、向こうからフィッシャーが私に話しかけてくる。

「アディ、朝までに聞きたいことをまとめてください。約束ですから、どんなことでも一つだけお答えしますよ」
 約束とはなんだろうと考えかけて、そういえば私はミゼットに戻る前にフィッシャーとの勝負で勝ったのだと思い出した。賢者との勝負に賭けたのは情報で、私が勝てば望むことを教えてくれるという約束だった。

 私は扉を小さく開き、廊下にフィッシャーとディの二人を認める。ディはいつでも動けるように座っていて、フィッシャーは扉の正面を避けて立っている。

「何でも?」
「はい」
「今でもいい?」
 今の私が願うことなど、知りたいことなどフィッシャーにはお見通しだろう。フィッシャーは余裕の表情で、私に微笑む。

「結界、ですか。それとも、村の様子を見たいですか?」
 前者は確かに今の私が一番望むことだが、それ以上に刻龍の頭領の居場所を知りたいと、フィッシャーは知っているはずだ。だけど、何よりも村の様子を確認して、村の皆が無事であることを知りたいのは当然で。

 フィッシャーは村がどこにあるか知らないはずだ。私もそれなりに道具があれば別の場所を覗き見ることが出来ることは知っているし、フィッシャーにはそれだけの力があることだってわかっている。でも、私が知っている限りでは術者本人が行ったことのない場所の望遠はいくら魔法使いと言えど、できるという話は聞いたことがない。

 だが、それを言う相手は世界一とも言い切れる大魔法使いで、賢者だ。

「村を見られるの?」
「アディが手伝ってくださるのであれば」
 できるとフィッシャーが明言するからにはできるのだろう。私は扉を大きく開けて、フィッシャーの手を掴んで、部屋へと招き入れた。

「部屋の中でやりましょう」
 ディは私の行動をじっと見つめるだけで何も言わず、ただ扉が閉まるまで私から視線を外さないままで、それに少しだけ私も心が痛んだ。ディは状況如何で私がフィッシャーを締め上げてでも結界を解かせて、村へ行くことなどわかっているだろう。でも、何も言わなかった。

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18#よくある晦



 私が部屋の扉を閉めて振り返ると、フィッシャーは奥に合って私が投げなかった長テーブルの端にある、水を湛えた深めの小さな皿の上に、袖から取り出した指で摘める程度の小さな石を置いた。石は水に触れると徐々に淡く白い光で輝きだし、すぐに室内を明るくする。光石、と呼ばれる魔石のひとつだ。その光は淡いが蝋燭なんかよりもよっぽど明るい光を届けてくれる。

 だが、私自身はその石が使われることをあまり好まない。というのも、それがとても高価な石だからだ。女神の魔石の中でも特別数の少ない光石は、この大きさでも七日間陽の光を当てて、一晩程度しか光ることができない。ただし、それでも蝋燭の不安定な灯りや光虫の明滅に比べても遙かに明るいのは確かだから、貴族や王族の屋敷では多く使われている。

「あぁ、サイドテーブルまでひっくり返したんですか」
 仕方がないですねと言いながらフィッシャーは軽く手を振って、魔法を使う。私は息をするように自然に魔法を使う者など知らないだけに、フィッシャーはとても異質だ。私の知る魔法士たちは日に二、三程度しか術を行使出来ない。

 サイドテーブルに燭台が戻り、風石が戻り、ベッドも整えられた後で、フィッシャーは私に何かを飛ばしてきた。その丸まった大きめの青い球体を両手でつかんだ瞬間、私は床に叩きつける。

「こんなヒラヒラビラビラしたもんなんか着られるわけないでしょっ」
 それは私がこの部屋で目覚め、フィッシャーを追い出してから見つけて直ぐに捨てた蒼衣のドレスだ。

「イフとディには見せているんでしょう? 私にも一度ぐらい見せてくれていいじゃないですか」
 それがここでの夕食会を指していると気づき、その時を思い出した私は眉間に強く皺を寄せた。色々なことがあったから、過去のものとしていたが、ひと月も前のことではない。それを、賭け事が好きで情報を賭ける賢者が、オーブドゥ卿かディ、あるいはオーサーから聞き出していないはずはなかった。

「絶、対、イ、ヤ、ッ!」
 あの時はオーブドゥ卿の真意を見定めるためであったから、私も大人しくオーサーに着飾られた。だが、必要もないのに動きにくい服に着飾る必要など、私には見いだせない。

「見せてくれなきゃ遠見しませんよ」
「それとこれは関係ないでしょっ」
 その脅しは卑怯だと私が咎めると、フィッシャーは心底残念そうにしている。だが、私の知ったことではない。わざと乱暴に奥の光石の置かれたテーブルの椅子に座り、私はテーブルの上に強く拳を叩きつける。

 私がドレスを着るつもりがないと諦めたフィッシャーは、ゆっくりと近づいてきて、同じテーブルについた。ただし、私の隣にわざわざ椅子を移動させて、だ。私が椅子を動かし、離れようとすると、フィッシャーに腕を捕まれる。

「離れたら駄目ですよ。アディの力が必要だと言ったでしょう」
 更に近づいたフィッシャーと私の膝がこつりと当たる。布越しとはいえ、これだけの距離で座っていて近づく男など、オーサー以外にいないだけに、私は戸惑い離れかける。しかし、フィッシャーは私の右手を即座に取り、そこに蒼衣の内側から取り出した固くて平べったい球体を乗せた。

 半透明にゆらゆらと内側で光がゆれる石は珍しい。じっと見つめていると夜の水面を見つめるようで不安になる。女神の魔石の中でも特別高価で、特別内包する魔力が大きいとされる水石。他の魔石が外部へ力を発するのに対し、この水石だけはその内に力をこめたまま使用される。中で動いているのは水ではなく魔力の塊だという話を、私はマリ母さんから聞いたことがある。

 マリ母さんが持っていたのはもっと小さなペンダントにされたものだったけれど、多少なりと術式の心得がある彼女が手を翳すと、田畑で働いている村長たちの姿が見えて、幼心に安堵の思いで見つめたことを思い出す。村長は知らないことだが、マリ母さんよりは遅いものの、出会って一週間ほどで私は村長を尊敬し、頼っていたのだ。本人が望むように父を呼ばなかったのは、ただ私が恥ずかしかったからというだけのことだ。

 フィッシャーが私の手に乗せたのはそれよりも五倍は大きく、両手で持たなければ落としてしまいそうだ。

「落とさないでくださいよ」
 私の行動が余程危うかったのか、私の両手の下から覆うようにフィッシャーの手が触れる。その手は貴族や魔法使いだという肩書きから、勝手に傷ひとつない滑らかな手を想像していただけに、私はざらざらと荒れていることに驚いた。動揺する私の手をフィッシャーはそっと支えていて、私が見つめても、既に術式の影響を始めるために意識を完全に水石に集中させていて気づいていないようだ。

「東天の王 明滅の標 蒼天航路ゆく 神々の吐息」
 フィッシャーが一語一語を発する毎にふわりと辺りの空気が流れるのが私にもわかる。室内に魔力の風が流れ、私の髪もかすかに浮き立つ。こうしてただ魔法を唱える時のフィッシャーは、悪くない。浮名が絶えないほど女性にもてるというのも、超一流の高等術式制御者というのが肩書きだけではないのだというのもわかる。

「アディ、あなたの村を思い浮かべてください」
 声をかけられ、自分がフィッシャーに見とれていたことに気づいた私は、悟られないように注意しながら深く頷いた。

「うん」
「ミゼットから帰る道を順に、いけますか?」
「大丈夫」
 フィッシャーに言われるままに、ミゼットからの道のりを脳裏に浮かべる。何度もオーサーと二人で通った道だから、私には忘れようはずも無い。

「目は開けていてください」
「うん」
 私は思い出すために閉じてしまった目を開き、目の前の自分の手にある水石を注視する。

 最初、水石にはただ水面のような光が揺らめくばかりだった。ゆらゆらと揺れる様に流されないように見つめていると、私の脳裏に描くとおりにミゼットの東門の向こう側が現れる。今が夜であるのに、水石の中の景色が明るい昼間であるのは、私が門を出るときに夜ということがなかったせいだろうか。

「いい調子です」
 フィッシャーに促され、私は何度も歩いた道を思い浮かべてゆく。東門からの道を飛ぶように進み、途中の何もない茂みを抜けて、隠された道へと出る。実際に触れているわけもないのに、私の耳元に避けた小枝が跳ねる音がした気がする。その先の獣道を進み、ようやく村があと一歩というところで、私は躊躇した。

 動いていた景色も止まったので、私の頭上からフィッシャーが不思議そうに問いかけてくる。

「どうしましたか?」
 そのまま進めば村に辿り着くとわかっている。それなのに、私は進むことができない。あとひとつ、茂みを抜けるだけなのに、あと一歩を踏み出せない。

 無事を確かめたいけれど、確かめるのが怖い。でも、怖がっていては前に進めないというのも確かだ。

「……なんでもない」
 一度目を閉じ、深呼吸し、私は覚悟を決める。大丈夫、と胸のうちで繰り返す。

「行くよ」
 緑の背の高い雑草と覆い隠すような木の枝をかきわけた向こう側、急に視界が開ける。目の前には植えたばかりの青々とした小麦畑が広がっていて、遠くには何人か村の男達が働いている様子がわかる。

 長閑で、何の変哲もない村の情景に私は胸を撫でおろす。

「なんだ、何も」
 何もないじゃないかと紡ごうとした私の目の前で、水石の中の景色が唐突に赤く染まった。さっきまで青々としていた畑を燃え盛る炎が襲い、黒装束の者たちがどこからか湧き出し、村人を手にかけてゆく。

 ある者は一突きに頭を貫かれ、ある者は爪のような武器で背中から斬り裂かれ、炎に包まれた家から飛び出してきた者は首を、腕を、足を飛ばされる。村全体が炎の赤と血の赤に彩られ、動く怪しい影が家から家人を引きずり出しては殺してゆくのが、私の目に映る。

 何が起こった、と考えるよりも先に耳にその音が私の届く。扉を乱暴に叩き壊す音、泣き叫ぶ声、絶望の悲鳴。でも、どれも私の頭に入らない。目の前の光景に釘付けにされて、私は動けなくなっていた。

 水石に映る、村の蹂躙される光景が、私に考える事を放棄させる。

「しっかりしろ、アデュラリア!」
 ふと顔をあげると、部屋に入ってきたディが私に呼びかけている。でも私は、どうして私のそばまでディが来ないのかとか、どうして剣なんか取り出しているのかとか、そんなことよりも。

「……あ……」
 ディに何かを言おうとした私の口からは赤ん坊みたいに意味のない言葉しか出てこなくて、ボタリと水石に水滴が落ちた。水石に映る景色は目元当てられた大きな青布に隠され、目元から吸い取られる何かで私は自分が泣いているのだと知る。

「すべては手遅れです、アデュラリア。あなたが行っても行かなくても結末は決まっているのです」
 私に囁く声に顔を向けると、柔らかにフィッシャーが微笑んでいた。

「世界はあなたの手に余る」
 変わらず私の両手を支えるフィッシャーの大きな手は暖かく、彼の瞳にも人の温もりがある。フィッシャーの声も、温かい。

「どう足掻こうともこの世界は既に女神を必要としない」
 フィッシャーは、賢者は、私の正体を知っている。だからこそ、私についてきたのだと、やっと確信した。そして、私を欲しているからこそ、そばにいるのだと。

 私は大人しく両目を閉じ、フィッシャーに引き寄せられるに身体を任せる。村を、帰る場所を失って、心が壊れてしまいそうで。もう何もかもどうでもいい。自分を誰が所有しようと、世界がどうなろうと、何もかもがどうでもよくなる。

 オーサーは大切だけど、それ以上に私にとってはマリ母さんが大切で、彼女がいなければ生きる意味さえない。自分の系統(ルーツ)を無事に判明させて、帰ったら本当の意味でのマリベルの娘になりたいのが夢だったから。

 最初に私を救ってくれたアデュラリアのためにも、自ら死ぬことはできない。でも、マリ母さんのいない世界でどうやって生きていけばいいのかわからない。

「女神を、貴女を必要としていないのです」
 フィッシャーの深い声を、私はずっと知っている気がしていた。その気配を知っているということを、私は自分の気のせいだと考えていた。だって、この世界で記憶を持って生まれ変わることが出来るのはただ一人だけ、女神だけのはずだ。この世界で生まれた普通の人間に、そんなことは不可能で。

「無明の女神」
 フィッシャーの愛しさを深く響かせる声は、あの時と同じだった。ずっと昔、今の私ではなく、もっと前の私を、殺したときと同じ。

「アデュラリア」
 フィッシャーは穏やかで優しい声で、「私」の名前を呼ぶ。

 ずっと昔、創世の頃、世界に残ったたった一人の女神はひとりの男の手にかかって死んだ。私の中で、その男とフィッシャーの姿が重なる。「あの時」、「私」を貫く剣は、的確に心臓を貫き、一瞬で「私」を切り捨てたのに。それなのに、「彼」は最後まで、慈しむ瞳で「私」を見ていた。

「違うっ!」
 別の強い声に、私は目を見開く。

「お前は、アディは女神なんかじゃねぇっ!」
 強く否定するその声は滑稽なくらい必死で、私の口からは乾いた笑いが溢れる。ディだって既に遺跡で、私の正体に感づいていたはずなのに。

「お前はただの女で、女神なんかじゃなくていいんだ。だから、」
 私がフィッシャーに頷くと、私を抱く腕に力を込めて、彼は再び強い言葉を紡ぎ始める。ここに移動してきた時と同じ、女神の力を引き出して使う魔法だ。今度もきっと、私は眠りにつくのだろう。

 周囲には窓にあったのと同じ結界が私たちを包んでいるから、ディは近づくことさえできない。どれだけ殴っても蹴っても、切りつけても切れない、不思議な結界だ。



「ーー逃げるなっ」



 私は、ごめん、と声には出さずに口を動かす。ディは守ってくれると約束したけれど、今の私にはもうこの道しか見えない。

 さっきの水石に映っていたのが、フィッシャーのみせる嘘だとしても、マリ母さんが生きていても死んでいても、私にはこうするしかできない。

 真実だとしたら報復のため、嘘だとしても守るために、私はフィッシャーの手に落ちる他ない。

 身体中から力を奪い取られる気持ちの悪さに、私は吐き気と目眩がする。ぐらつく私の身体は、フィッシャーが変わらずに抱えていてくれるから倒れることはない。

 少しだけ顔を上げると、私を気遣うフィッシャーの心配そうな顔が見えた。

「怪我はありませんか、アディ」
 場所は暗くてよくわからないけれど、さっきまでの広い部屋ではなく、殺風景な山小屋のような場所だ。少しマリ母さんの家のリビングに似ている気がする。静かな部屋の中で、フィッシャーは静けさを壊さないように言葉を紡ぐ。

 私を見下ろす闇色の瞳の深さがわからない。賢者とはいえ、フィッシャーはどこまで私のことを知っているのだろう。そして、さっきの水石の映像はどこまでが本当なのか。私は確かめるために口を開く。

「……村を、壊さないで」
「あなたがここにいる限りは、と約束しましょう。ーー刻龍の頭領として」
 フィッシャーの言葉で、私はかすかに安堵した。さっきみた光景は嘘だとわかったから。だったら、私は自分を犠牲にしてでも守る道を選べばいいだけだ。

 安堵した私の頬にフィッシャーが荒れた手を添えられ、彼の指で撫でられると少し痛かった。

「こんな方法で連れてきてしまって、申し訳ありません。今夜はこの部屋でお休みください」
 ふわりと身体が浮き上がったかと思うと、フィッシャーの顔と近づき、すぐに離れる。何が起こったかというと、私はフィッシャーに抱きかかえられて、ベッドに降ろされたのだ。近くで見ると、フィッシャーはすごく整った顔をしていたけれど、私はそんなことどうでもよかった。

「逃げないから、一人にして」
「はい。おやすみなさい、アディ」
 フィッシャーに背を向けた状態で私が告げると、彼は素直に部屋を出て行ってくれた。ぱたんと戸の閉まる音がした後の部屋のなかは、息苦しいほど静かだ。自分の息遣いさえも大げさに聞こえて、自分のすすり泣く声が惨めで、必死に枕に声を押し付けた。

 私は自分が女神であることは、なんとなく知っていた。誰かが報せてくれたわけではないけれど、そのために自分をかばって人が死ぬことはわかっていた。女神の眷属は私を守るために生まれて、いつも私のために死んでしまう。本人の意思なんてお構いなしだ。

「違うよ、私は私の意思で一緒にいるの」
 アデュラリアの優しい声が耳に蘇り、私は頭が埋まるぐらい更に深くふかふかの枕に顔を押し付けた。

(違うよ、女神の眷属は意思ではなく、血の契約で女神のそばに在る)
 あの時にそう言えなかったから、そしてそれを私が拒絶しなかったから、女神の眷属でなく周囲まで私は傷つけているのだろうか。でも、それだけ拒絶しても誰も私を放っておいてはくれない。

 人が女神を必要としていなくとも、世界はまだ女神に何かを望んでいる。それがわからなければ、永遠に女神は世界の輪廻から抜けられず、記憶に苦しめられながら生きなければならないのだ。



 それが、ひとり世界に残った女神のーー宿命だから。

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19#よくある裏切り



 いつからか、私がよく見る夢がある。

 私は黒髪を高い位置でポニーテールにした女性で、その長さは腰に届くほどある。肌は透き通る白さで、口は紅も引いていないのに淡い桜色で、瑞々しさを損なうことがない。服はいつも白くゆったりした布で、腰のあたりを幅の広い濃赤の布をぐるりと締めている。服には袖がなく、腕はいつもむき出しだ。ついでにいうと、足も太ももの半分より下がむき出しだ。足は細いと言っても折れそうな程でもない、少しだけ肉付きの良い足にはムダ毛もなく、足首に絡みつく細いベルトを辿ると何かの動物の皮を鞣したような靴に辿り着く。必要最低限のそんなあられもない姿なのに他者に少しも色気を感じさせず、いっそ男らしささえ見せるのは、ささやかすぎる私の胸のせいばかりでもないだろう。

 世界を渡り戻ってきた風が私の耳元を掠めて吹き抜けていく。ただの風ではなく風の精霊が起こす風だから、私はそれに軽く頷いてみせた。

 私が古びた神殿のこの場所へ足を運ぶ回数は、既に数え切れない。この場所から仲間の女神たちが天へと昇っていったことは、なかなか忘れられない。宵闇がうっすらと晴れてゆく朝の光に導かれ、仲間たちは自分の力で空を泳いでいってしまった。天帝の呼び出しだから、説得して戻ってくるとは言っていたが、いつ戻ってこられるのかはわからない。少なくとも、この世界とでは時間の流れが違う場所にいるのだから、私にはわかるわけがない。

 かといって、天帝のお許しがなければ、小さな女神は連れていけないし、そうなれば私もこの世界に留まる他ない。幾度輪廻が巡ろうと、それは私にも他の女神にも変えられない、世界の理となってしまっている。

「アデュラリア」
 ふわりと自分にコートをかけてくれる相手を、私は顧みる。私が少し首を上げないと見えない男は眉を下げ、心配そうな顔をしているので、私は腕を伸ばし、その頬に触れる。闇色のつややかな長髪を一本に結わえている男は、一見無表情だが、髪と同じ色の目だけに心配の色を濃く忍ばせている。男の通り名はフィスといって、幼い女神と残された私をずっと守ってくれた、この世界の人間だ。

「まだ大丈夫。流石に女神が前線にいると攻めてこられないみたい」
「だが、向こうの陣からここに矢を射かけられたばかりだろう」
 少しの苛立と心配を含ませた声で囁くフィスの手が、私の左頬に触れる。その少し上、私の左目の位置は包帯に覆われていて、まだ痛みもある。だが、私が臥せっていては兵の士気も下がるし、皆に心配をかけるばかりだ。あれから一戦あったが、なんとか持ちこたえられたのはフィスが指揮をしてくれたおかげではあるが、頼り切ってばかりでもいられない。何より、今自分が率いている者たちは、私を慕って手を貸してくれているに過ぎないのだから、ほったらかしにもできない。

「殲滅以外の方法がとれればいいんだけど」
「無理だろう。相手が欲しがってるのは貴女の命だ」
 苦々し気にフィスが呟くのを、私はかすかに苦笑する。確かにフィスがいうとおり、敵方が欲しがっているのは女神である私の命だ。敵である者らは、私の命を贄として、他の女神達をこの世界へと呼び戻そうとしているらしい。どちらも女神を慕っているのに代わりはないのに、と私が憂いてもどうにもならない。私ひとりではこの世界の人間は満たされない、ということでもだろう。

 無駄なことだ、と私は歯噛みする。私だって、何度も仲間たちを呼び戻そうと苦心した。だが、閉ざされた天の門を開ける術はなく、遮断された通信経路をこじ開ける手段はない。それに、おそらく自分は天では亡き者ということになっているはずだ。この世界に残るためにはそうするより他なく、私は二度と門をくぐれ無くなった。

(それでも、あの子を置いてゆくよりはマシだ)
 目を閉じて、住まいにしている地下の神殿に眠らせてきた、まだ年若い女神、リンカを思い出す。

 リンカの髪は私と同じく黒髪だが、長さは肩に届く程度だ。髪の長さそのものに女神の力も比例しているので、定期的に私が切るようにしている。服装は自分と同じだが、その上からいつも薄布でつくった布を多めに重ね、腰には力を抑えるための呪いを施した白い布を巻き、背中でちょうちょ結びにしている。結び方自体にも力を抑えるための呪いをかけている。その上で、魂に呪いを掛けて、力を押さえつけてある。そうでもしなければ、まだ力の制御もできない女神は、己の力で自分の存在ごと焼き尽くしてしまいかねないのだ。

 それほどに、大きな力を持っている女神として生まれてしまったのはリンカにとって不幸としかいいようがない。本来ならば天へと連れて行くべきなのだろう。だが、まだ天の門を潜る資格を持たないリンカを天につれていくことは出来なかったし、今の天帝とリンカを会わせるわけにもいかなかった。だから、自分が残ってリンカの世話をし続けている。

 リンカの存在は、この世界では私以外にフィスと世話をしてくれる女神の加護を与えた数人の人間しかいない。だから、私に何かあっても信頼している人間が私を裏切らなければ危険にもならないはずだから、リンカは神殿に残してきている。今頃は昼寝でもしているだろうかと、私は小さく口元を緩めた。

 リンカはまだ幼い女神ではあるが、自分の役割をよくわかっているのか、我侭一つ言わない。まだこの世界の人間のように食べるのが苦手で、よく食べこぼしをしたりするし、食べながら眠ることもある。その様子を思い出したのだ。

 私は踵を返し、男の隣を抜けて、陣へと足を向ける。ここから、リンカのいる場所までは離れているから、彼女にまで危害が及ぶことは今のところない。

「陽の中天をもって総攻撃を仕掛ける」
「はっ」
 私に短い返答をしたものの、フィスはついてくる気配がない。私は振り返ろうかと思ったが、やめた。今は感傷に浸る時間もなければ甘える時間もない。小さな女神を思い返す時間も、ない。

「絶対に勝つよ、フィス」
 私はただ、それだけを口にした。フィスからの返答は、なかった。

 陣で少しの作戦会議を行い、すぐに先鋒隊の長を務める男が陣を後にしてゆく。私がその後姿をぼんやりと眺めていると、肩に軽く手が乗せられた。

「どうしましたか、アデュラリア様」
 言葉遣いの割に気安く声をかけてくるのは通り名をイフという男で、フィスとは昔なじみらしい。フィスと同じく、今回の軍を指揮することのできる有能な人間だ。

「別に」
 だからといって、私はイフとはフィスのように親しいわけではない。そっけなく返し、さり気なく肩の手を払う。

「出陣するよ」
 肩で風を切って歩き出す私に、フィスとイフ、それからその他軍を指揮する者たちから応の声がかけられた。

 私は用意された愛馬の首を優しく撫でてから、鐙に足をかけて、その背に乗る。周囲でも仲間たちが乗ったのを確認し、それぞれが自軍に指令を出してゆくのを確認しながら、私自身はもう一度風の声に耳を済ませる。このほうが自軍の情報より遥かに早くて正確だからだ。もちろん、諜報部隊を信頼していないと言うわけではないが、状況は刻一刻と変わるもの。負けるわけにはいかないし、私は私のためにも、どんなささいな見落としであろうと、あってはならないのだ。

 敵ーーそれはかつて私の仲間であり、信頼できる者らであるはずだった。女神達が天界へ連れ戻されるまでは女神に従い、仕えてくれていた一族らだった。ひとりひとりの顔まで思い出せなくとも、その優しさも強かさも知っているし、力を持つ女神では考えもしない生き汚さを嫌悪したことはない。むしろ、そうして女神以外を頼る方法を見つけてくれた方が好ましいとさえ思っている。

 なのに、彼らは女神を失ったことを別な方法で利用しようとしているから、こうして戦いとなるのだ。女神をとりもどすという大義名分で、私を生贄として欲している。それさえもおそらくは建前に過ぎず、真に欲するは女神の力ーー世界を掌握する力そのもの。

「全軍前進っ!」
 私が馬上から前を見据えて号令をかける場所は、この軍の中核となる場所だ。私の周囲は護衛の兵に囲まれているがそれは形だけで、実際は周囲の側近よりも私のが剣技でも力でも秀でている。というのも、私に剣を教えていったのは戦女神といわれているアレスなのだ。剣において彼女を超える女神も人もいない。

 風が伝えてくる戦況は私に圧倒的な有利だということしか伝えてきていない。彼らは人間のように誤魔化しや嘘がないから、それはきっと真実なのだろう。だが、何を聞いても私の眉間にはずっと皺が寄ったままだった。

(こんな戦いに意味などない)
 私を犠牲としても女神達は還らない。それを一番良くわかっているのは私自身だが、口するわけにはいかなかった。誰かが信じているものを真っ向から否定する度胸など、私にはないのだ。

 たとえそれが原因で自分の身が狙われ、この争いが起こっているのだとしても。いつか女神が帰る、ということを信じていなければ、まだこの世界の人間たちが立っていられないことはよくわかっているつもりだ。それにーー。

 前線を離れていても怒声と金属のぶつかり合う音、混じるのは血と汗の匂いが私の中の血を滾らせ、それに抗い、乾く唇を舐める。

 戦場に出るのはこれが初めてではないのだが、私はいつになってもこの乾いた感覚に慣れない。そんな私をいつもならフィスが宥めてもくれるのだが、今回は作戦上で重要な役割を与えているのでそばにいないのだ。他の誰にも任せられないからこそフィスを選んだが、早くも私は後悔していた。

 そして、その後悔は早くも目に見える形となって、私の前に差し出されることになる。

「アデュラリア様、右翼の様子が妙です」
「何?」
 イフに言われて、私はその方向を見やる。あそこはフィスに任せてあるはずだが、もしやあちらに強敵でも沸いたのだろうか。敵方にそれほど有能なものがいた記憶はないが、私は馬首を巡らせ、手綱を引く。

「イフ、おまえにここの指揮を任せる。私はフィスの加勢に行く」
「っ! お待ちください、アデュラリア様っ!」
 イフの制止を振り切り、私は馬の腹を蹴った。風が私の耳元でびゅうびゅうと過ぎる中、それまでずっと遠くで聞こえていた剣戟の音や悲鳴、怒号や呻き声が近くなる。

「無名の女神が出たぞ!」
「討てーっ!」
 私は馬上で身を屈め、後ろ手にファルクスを抜き放つ。湾曲したこの剣は刃が内側についている両手剣だが、これは女性でも片手で扱えるし、軽くて透き通った女神の神殿に残る石を原料にしてある。長さは一フィート程度であるが、それでも馬上の私には十分な長さだ。

「死にたくない奴はどいてろっ!」
 飛んでくる矢をファルクスで叩き落し、そのまま右翼へ突き進む私の本領はアレスに敵わないまでも戦女神であり、只人で敵う者などなくて等しい。駆け抜ける私ーー女神一人に人間は誰も手も足も出ず、見送るほか無い。

「フィスー! どこだ、フィス!!」
 右翼の混乱した戦場で刀を振るいながら、私は声を張り上げる。私の声は届いているのかいないのか、あたりの自軍の問いかけても誰もフィスの居場所がわからないという状況に心も焦る。

「ィヤァーツ!」
「邪魔をするなっ!!」
 奇声を上げて向かってくる敵の槍を受け流し、私は彼の手にファルクスを叩き込む。既に血に塗れている剣では斬ることも難しいが、叩き込んだ衝撃で骨ぐらいは折れることもある。案の定、その手から剣が落ちたのを最後まで確認せず、私は更に戦場を駆け続ける。

「フィス、返事をしろーっ!」
(だめだ)
 そう思っているのにいつも終わらないこの夢の中、私は剣を振るい、一刀も浴びずに戦場を駆る。本来ならば、全軍の指揮をしなければいけないのに、こんなところにいてはいけないとわかっているのに、自分でも止められない。フィスの姿を見つけなければと気がはやる私は、いつの間にか戦場の端にまで辿り着いてしまう。

(逃げて)
 周囲に敵がいなくなったことで気づいた私は、またぐるりと馬首を巡らせた。埃が入ったのか、目元が痛くて、剣を握りしめたまま、手の付け根で拭う。

 フィスは私にとって、最も信頼できる仲間で、ただ一人の友人で、人間の中でも唯一心許せる者であった。物心ついたときには傍に仕え、私にいろいろなことを教えてくれた師であり、唯一無二の親友でもあった。だから、フィスだけが私を呼び捨てることが出来るのだ。

「アデュラリア、困った方だ」
 戦場には似つかわしくない穏やかな声がして、私のすぐ隣に馬が止まる。それは良く知る人であったから、私はほっと胸を撫でおろして、馬を止めた。

「ああ、無事だったのか。良かった、フィス」
 安堵する私に、両眉を下げた悲しそうな顔でフィスは微笑む。優しくて、泣きたくなるような、そんなフィスの笑顔を見たのは初めてだったから、私も少しだけ不思議には思った。

「来なければ、生きながらえたものを」
 いつもとは少しだけ違う笑顔の意味は、直ぐに知ることができた。まったくの普段どおりに差し出されたフィスの腕は、真っ直ぐに私の心臓を貫く。痛みを感じるよりも先に、驚愕で私は目を見開いた。

 風から自軍にわずかな綻びの動きがあることはわかっていたが、彼らは私に何も教えなかった。その理由が、やっとわかった。皆、私がフィスを慕っていることを知っていてから、言えなかったのだろう。そして、おそらくはきっと、私も信じなかっただろうから。

「……ど、して……フィス……?」
 フィスの剣が抜かれた方向に自分の体が倒れる。そのまま馬から落ちるはずの私を抱きとめてくれたフィスの大きな腕は、いつもと変わらずに暖かくて、優しかった。

 初めて私に触れてくれた日も、それから何度も私を抱いてくれた日も、同じ、温かさでフィスは私を包んでくれた。仲間を見送り、寂しさを隠していた私を見つけて、温めてくれた。あの日と何一つ変わらないままだから、最後まで私にはわからなかった。

 そうして、どうしてフィスが私を裏切ったのかもわからずに、最後に残った無名の女神、アデュラリアは死んだのだ。

p.6

20#よくいる頭領



 薄っすらと開けた視線の先に木組みの見慣れない天井が見えて、私は眉根を寄せて身体を起こした。寝ぼけた頭を軽く振って、眠気を飛ばす。窓からは差し込む影でもう昼過ぎだろうと推測し、寝すぎたなと考える。

 さっきまでのように過去の女神の夢をみるのは初めてじゃないから、特に混乱は残っていない。昔ほど、ないはずの痛みに苦しむこともないし、ただ身体中に気怠さが残るばかりだ。

 ぼんやりとした頭で夢をみる前のことが通り過ぎてゆく。この体に残る気怠さはフィッシャーが私の力を引き出す転移魔法陣を立て続けに二度も行ったせいだろう。私は思い出すだけでこみ上げてくる吐き気を右手を口に当てて押さえ、一度目を閉じて心を落ち着けてから手を外す。

 ミゼットでの夜、ディに騎士の誓いをされたことも覚えているけれど、それ以上に鮮明に心に焼き付いている光景がある。フィッシャーに導かれて見た村の様子。途中までは確かに私が誘導していて、たぶん村に着いた後からはフィッシャーが作り出した幻影だ。衝撃的すぎて動揺したが、村人のほとんどがそうそう簡単にやられる腕の持ち主でないことを、私も身を持って知っている。なにしろ、村の大人たちには私とオーサーの二人がかりであっても、まったく一度も勝てた例がないのだから。

 でも、私は水石越しとはいえ、フィッシャーをーーいや、黒龍の頭領を村まで導いてしまった。このまま言うとおりにしなければ、いくら村の者達が強いと言っても、あの悪夢のような光景が現実になるのは必死。

 私には、フィッシャーに大人しく従う以外の道が残っていなかった。あの時はとにかく疲れてもいたし、正常な判断を自分がしていたとは思えない。それでも、これ以外の選択肢は、たぶん最初から私に与えられていなかったのだ。

 イネス領主にして、賢者の称号を持ち、そして、刻龍の頭領であるというフィッシャーは、きっと最初に私が女神だと気づいた時から、私を連れ去ることを画策していたに違いない。

(でも、何故)
 刻龍は私の命を狙っているのだと、メルト=レリックもディも言っていた。それなのに、フィッシャーは一度も私を殺そうとする素振りもなく、ここに連れてきてからも丁重にもてなしてくれる。もちろん、用意されたドレスは丁寧に切り裂いてお返ししているから、私はまだミゼットで着替えた服のままでいる。

 それはいい、と自分の中で思考を切り替える。そんなことよりも今考えるべきは、何度も見てきたあの夢だ。

 あの夢のなかで「私」は「フィス」と「イフ」という二人と会話をしていた。今までは取り立てて気にもしてこなかった名前だから、夢から覚めれば覚えていなかった。でも、今夜に限って覚えていたのは、あまりにその言葉に聞き覚えがあったからだ。

「私のことはイフと呼んでください。それから、彼のこともどうかフィスと」
 そうオーブドゥ卿に言われたのは賢者の館で、あれから何度か気を失ったりもしているが、二、三日程度しか経っていない。だから、「フィス」がフィッシャーの、「イフ」がオーブドゥ卿の愛称であると言うことぐらい、私だって記憶している。

 これは果たして偶然なのだろうか。

 窓の外に広がる青空の向こうに何かが見えるわけでもないのに、私はじっと見つめる。あの夢と変わらない空の色には何の感慨も浮かばない。それなのに、気がつくと脳裏によぎる影がある。だが、影だけだ。あれだけ夢に見るのに、私はいつも「フィス」や「イフ」をおぼろげにしか覚えていない。周囲の誰の顔も覚えていない。あれだけ夢のなかで大切にしている「リンカ」のことさえも、ただ小さかったことぐらいしかわからない。

 輪廻を繰り返せば、如何に女神といえど記憶は薄れる。覚えているのは仲間と過ごした心良い日々であるはずなのに、それさえもすでに朧気となっているのは、繰り替えられる輪廻の中で過ごした日々があまりに過酷であったためだ。

 既に、天への道の開き方もわからず、精霊と心通わす方法さえも見いだせない。あるのはただ、身に宿る女神の力だけだ。

「くそっ」
 強く打ち付けたはずの私の拳は、ベッドの上では軽い音しかたてられない。あまりに無力なその音に涙が出てきそうになる。

 女神がどれほどの存在であっても、いまやこの身は人にも敵わない。この世界で生まれた術式でさえ、容易に女神を凌ぐだろう。高等術式を扱える刻龍の頭領になんて、敵うはずもない。

 扉を手で軽く打ち付けたノックが聞こえ、私は慌てて目元を拭った。現状がどうあれ、フィッシャーに弱さを見せるわけにはいかない。

「おや、起きておられましたか」
 私の返答を待たずにドアが開き、フィッシャーが瞠目して、私を見つめる。フィッシャーの手にはトレイに乗せられた皿があり、その上にパンと湯気の立つスープが乗っている。

「朝食はおとりになりますか?」
「食欲なんかない」
「そうですか」
 私の不機嫌な返答にもフィッシャーは肯くだけで、私に断りもなくスタスタと部屋に入ると、テーブルにトレイを置いた。

「食べないよ」
「あ、これは私のですので、お気になさらず」
 蒼衣を軽く翻し、フィッシャーは私のいるベッドを素通りして、すぐそばの小さめの丸テーブルにつく。優雅な動作から私は視線を逸らしたが、漂ってくる焼きたてパンの香ばしさやらスープの香りは否応無く食欲を誘う。

「刻龍には色々な者がいまして、今の黄竜は元はパン屋の倅です。彼の作る以上に美味しいパンを私は知りません」
 私が聞いてもいないのに、フィッシャーは、黄竜はうちの専属コックなのですよ、と楽しそうに話す。

 フィッシャーの物言いは夢のなかの「フィス」に似ていなくもない。だが、断言するには材料も足りないし、単に勘がいいだけのような気もする。どちらにしろ身構えたところで、今はどうにもならない。

 私はひとつ息を吐き、ベッドから降りた。ぎしりとなる木組みの床には絨毯のひとつもなく、冷たい木の感触が素足に直に伝わってくる。

「私の分、ある?」
 実はもう空腹も限界だったので、私は警戒せずにフィッシャーの向かいに座った。すると直ぐに影が部屋に下りて、新たなトレイを私の前に置く。それは知らない影じゃないし、この刻龍の本拠地にいる以上は会って当然の男だ。

「ありがとう、メルト・レリック」
 直にいなくなってしまったが影に礼を言ってから、私はトレイ上の温かなスープをスプーンで掬って口にする。乾いた身体に染み渡る温かさは優しくて、疲れた心を癒してくれる気がした。

「毒が入っているとは考えないのですね」
「あなたは入れないよ、フィッシャー」
 最初に会ったときの直感が確かならば、フィッシャーは私を殺さない。それにもしも「フィス」の転生であるとしたら、私を殺すために毒など使わないだろう。ディも以前に、刻龍の掟で女神は剣によってのみ殺されなければならないのだと言っていたし。

 温かなパンの上には焼きたての目玉焼きも乗っていて、端から私は齧り付く。そのパンはたしかにフィッシャーの言うように美味しい。美味しい、が世界一ではない。私はこのパンを超える味を知っているのだ。マリ母さんの焼くパンを超えるパンなんて、存在しない。目一杯の愛情と優しさが詰まっているマリ母さんのパンに敵うパンなど、どこにもないのだから。

 静かな食事を終えてから、人心地ついたところで甘い香りの茶が運ばれてきた。もってきたのはメルト・レリックだが、彼を下がらせて、フィッシャー自身が私のカップに淹れてくれる。

「熱いですからね」
 フィッシャーが淹れた茶を、私は何度も何度も息を吹きかけ、少しずつ口にする。

「私の系統(ルーツ)は、わからないらしいです。貴女も知っての通り、今の貴族のほとんどが系統を偽っています。本当に女神に連なる者は貴族階級と王族を合わせたとしても五人に満たないのです」
 急に出された話題に戸惑い、私はフィッシャーを見つめたが、彼はただ穏やかに笑うばかりだ。

「現在の王族や貴族は、かつて女神の反逆者だったという話を知っていますか」
 私の中で、フィッシャーの顔が、夢の中の「フィス」と重なる。「フィス」はほとんど笑ったことなど無かったからそれが同じとわかるわけはないのに、フィッシャーの遠くを見る目が私には似ている気がした。

 フィッシャーが何を話そうとしているのか、私には何もわからない。だが、一般的には今の王侯貴族は女神に仕えていた人間の末裔であり、転生であると言われている。

「女神の眷属 そは至高にして、至宝の恵み 手にし者らに全てを与えん」
 有名な一説を諳んじるフィッシャーは、作り笑顔で私を見る。

「これが伝えられている本当の理由を、アディ、貴女は知っていますか」
 私は肯定も否定もしなかったが、フィッシャーもそれは気にせずに話を続ける。

「この、全て、とは世界のこと。女神の眷属というのは女神に最も近く、準ずる者です」
 女神の考える眷属と人の考える眷属は意味合いが違うのだろう。夢の中で女神たちが眷属とした「リンカ」は、女神がその手で創りだした者だ。だからこそ、女神たちの加護を一心に受け、行使するだけの力がある。

 それに比べれば、この世界に残された女神の方が力などない。

「女神の眷属を殺すことで、女神の眷属を生み出さないことで今までの王侯貴族ーーいや、この女神を祀る国ではその権力を保ってきました」
 女神の力を行使できる女神の眷属の力を奪い、それによって国を、女神信仰をまとめ上げてきたのだと、フィッシャーは語る。それが真実かどうかは知らないけれど、他国に比べてこの国には孤児が多く、多くの孤児が幼いうちに命を狙われ、生きることができない事実を裏付けるものだ。

「私が、この世界は既に女神を必要としない、と言った意味が理解できましたか。あなたは大神殿に行ってはいけないのです。行けば貴女は殺され、私の見せた幻は現実となるでしょう」
 女神の力は既に奇跡でも何でもなく、権力者にとっての道具に過ぎない、と。

 堅い表情を崩さない私の頬に、フィッシャーの手が触れる。貴族らしくも、学者らしくもない荒れた手だ。

「刻龍だって私を、女神の眷属の命を狙っていたじゃない」
 それだって事実のハズだ。メルト・レリックに手加減は微塵も見えなかったし、殺気だって本物だった。ディがいなければ、間違いなく私はミゼットに着く前に殺されていた。

 フィッシャーは小さく息を吐き出すように笑う。

「本物の女神や女神の眷属であれば、容易に殺すことなど出来ませんよ。事実、貴女は今まで生き延びてきたではありませんか」
 それこそが私が女神、あるいは女神の眷属である証なのだと、フィッシャーは言う。運も証拠の一つとなるのだと。

「アデュラリアの意味を貴女は知っていますか?」
 柔らかな問いかけの中の幽かな違和感。フィッシャーが何を聞きたがっているのか、私にはわからない。

「何者にも染まらず、ただひたすらに純粋であり続ける存在。それがアデュラリアの意味なのです」
 純粋で有り続けることなど、馬鹿でもなければできやしない。私が生き続けるためには多くの者を、自分自身さえも欺かなければならなかった。そんな自分が純粋であるなどとは到底言えない。

「でも私は違う」
 はっきりと口にした私から手を離し、心底面白そうに喉の奥でフィッシャーは笑った。

「確かにアディが完全に純粋であるとは言いません。でも、アディ、貴女は間違いなく女神です」
「……意味が分からない」
 テーブルにおいた自分のカップを手にし、フィッシャーは口をつける。彼が小さく嚥下する音が静かな室内に響いた。

「女神は自分たちに似せて人間を作った。だから、人間が純粋でないとすれば女神もまた然り。純粋であるはずがない」
 矛盾を内包しているからこそ人間なのです、と。話を切って、再びフィッシャーがティーポットを手にする。

「紅茶のおかわりはいかがですか?」
「いらない」
「そうですか」
 フィッシャーのカップに残っていた分は既に冷めていたのだろう。彼はそれを捨てて、新たに注ぎ、温かな湯気を立ち上らせる紅茶の香りを楽しむ素振りを見せる。そんなフィッシャーを私はただ、じっと見つめた。

「殺す為でも利用する為でもないのなら、何故私を連れ去ったの?」
 クッとフィッシャーはまた喉を鳴らした。カップを置き、それから徐ろに立ち上がると、私に騎士の誓いをした時のディと同じように、私の前へ跪く。

「言ったでしょう、アデュラリア、貴女が気に入ったのだと」
 真っ直ぐに私を見上げてくるフィッシャーの碧瞳に曇りはなく、だからこそ皆が騙された。そして、次の予想も出来ない言葉に私は絶句する。

「私の妻になりなさい、アデュラリア」
 フィッシャーは膝をついて、私に傅いているクセに、その言葉は強い命令だった。

 今言われた言葉を脳内で繰り返し、私は首を横に少し傾ける。今のは空耳だろうか。そうか、そうにちがいない。

「ごめん、もう一回言ってもらえる?」
 ごく自然に私の手を取るフィッシャーは、もう一度それを口にした。

「私の妻になりなさいといったのですよ、アディ」
 妻ーー男性に対する女性の配偶者のこと。つまり、これはプロポーズ。

 認識した途端、私は何も考えずに右足でおもいっきりフィッシャーの肩を蹴りつけていた。もちろん、巻き添えをくらうようなヘマなど私はしない。その前にフィッシャーから自分の手ぐらい取り返している。

 床に尻餅を付いた状態のフィッシャーは、それでも何故か満面の笑顔で、それが無性に腹立たしい。何がどうして、求婚の流れになるのか、私にはまったく理解出来ない。そもそもフィッシャーなんて、眼中にもないのに。

 いや、それ以前に私は結婚なんてーー。

「アディっ」
 部屋に入ってきた誰かが私を呼ぶ。その誰かの声はオーサーだけど、それがどうしてとまで今の私には考える余裕が無い。

「誰がなるか!」
「そう言わずに、考えてみてください。私と結婚すれば刻龍の心配はなくなるし、村だって守って差し上げますよ。それに、貴女がしたいことの手助けだって」
 尚も言葉を続けるフィッシャーの襟首を捕まえ、私はその頬を張り倒す。倒れているから身長差などなく、馬乗りになってしまえば、魔法使いの身動きなんて容易に封じ込める。

「だまれ、変態!!」
 どう見たってフィッシャーは二十代後半で、私はまだ十五歳で、成人したばかりだ。そうでなくても貴族なんかとそういう関係になるつもりはないというのに。

 握った拳が何度当たっても、フィッシャーは笑顔のままで、それが尚も気色悪い。

「ちょ、お、落ち着いてよ、アディ」
 オーサーの声をした誰かが、私の腕を両手でつかんで必死に止める。

「これが落ち着いていられるか! この変態今すぐ殺してやるっっ」
「アディってばっ」
 その止め方は力がなくとも効果は高く、私は振り下ろせ無い腕を捉える人物を振り返った。見慣れた顔が、見慣れた心配の表情で私を見ている。

 オーサーが、私を見ている。

「オーサー!?」
 オーサーはディの知人だという医者の家に置き去りにしてきたはずだ。だから、ここにいるのは明らかにおかしい。

 フィッシャーから離れ、少し離れてから私はオーサーに抱きつく。小さい頃から一緒にいる抱き心地は同じで、体中撫で回しても違和感はない。匂いも、声も、手触りも、全部オーサーそのものだ。

 そうして、確かめている私をベリっと音がする勢いで引きはがし、必死な様子で笑顔を作るのもオーサーの見慣れた行動だ。

「一週間ぶりだね、アディ」
 これは間違いなくオーサーだ。でも何故と聞く前に、私はオーサーの言葉を脳内で、オーサーの声で繰り返した。

「……フィッシャー?」
「ああそういえば言ってませんでしたね。オーサー君と別れてから、大体一週間ですか。ここに到着した翌日から三日ほど、アディはぐっすりとお休みになられてましたよ。貴女の騎士の到着が遅かったおかげで、私はじっくりと愛くるしい寝姿を堪能させていただきました」
 白々しいフィッシャーの告白に、私は握った拳を震わせた。その手をオーサーの手が包み込む。少しも変わらない大きさと温もりに、私は心に秘めた決意を強くする。

「落ち着いてよ、アディ」
「オーサー、いいから私にあの変態を殴らせて。話はそれからよっ」
 オーサーの制止を振りきって歩き出す私の背中に、オーサーの諦めたため息が追いかけてくる。

「アデュラリア」
 落ち着いたオーサーの声に、私は歩みを止めた。普段は自分を抑えようとしてくれるオーサーがそういう声を出すということは、彼が本気で怒る寸前だということだ。オーサーは普段おとなしいだけに、怒るととても怖い。そういう点では、マリ母さんにそっくりだ。

「そんなことよりも僕に言うことがあるでしょ」
「村のことやなんかはいいんだ。僕らは最初から納得ずくだったんだから」
「どうして僕を置いていこうとするの。一人にしないと約束した僕をどうしておいていこうとするのさっ」
 一言言うたびに近づいてくるオーサーの足音に私は動けない。オーサーを置いていこうと何度もしたから、オーサーが怒るのは当然だ。

(でも、そうでもしなきゃ)
 私はなお強く、手が白くなるほどに拳を握る。

「だってオーサー、あんた、私と一緒にいたら死ぬよ」
「死なない」
「もう私が女神の眷属ではなく、女神の意思を継いだ人間だって知ってるんでしょう。これ以上一緒にいたら、絶対に死ぬっ」
「死なないよ」
 すぐ後ろにオーサーが立ち止まったのがわかり、私は意を決して振り返った。だが、殆ど無い距離で見たオーサーの意思の強い瞳を前に、私は思わず数歩下がる。

「私はあんたを死なせたくないよ、オーサー! だって、あんたは私のたった一人の弟なんだからっっ」
 たった一人の姉弟で、大切な幼なじみで、だからこそ遠ざけようとしているのに。今にも目元から溢れそうな涙を必死に堪えて、必死に体の震えを堪える私を、穏やかにオーサーは笑った。

「僕は死なないよ、アディ。君と女神に誓って、僕は絶対にアディをおいていかない」
 はっきりと言ってくれるオーサーの心は嬉しいけれど、私にはどうしたって信じきれない。だって、オーサーは私にも勝てないぐらい弱いのだから。

「そんなの無理」
「無理じゃない」
 それをわかっているはずなのに、オーサーは退かない。

「だって、オーサーはただの人間だよ。死なない人間なんかいない。私はもう私のせいで誰かが死んだりするのは嫌……っ」
 物心ついてからマリ母さんに引き取られるまで、自分の周囲で死んでいった者を私は一人も忘れない。殺された者もだが、自分の手で殺した者も一人たりとも忘れることなんかできない。

「私の周りで、マリ母さんに引き取られるまで死なない人間なんかいなかった。それは、何年たっても同じだって、村を出てから気が付いた。私の近くにいたら、オーサーは死んじゃうよっ」
 オーサーは一番大事な幸せのカタチだったから、失いたくない。そういう私を困った顔でオーサーは見つめていた。

「……アディ、僕が言ってるのはね」
 それまで二人を見守っていた者らがオーサーを遮って、口を開く。

「女神の敵は多いですからね。確かに、オーサー君一人で守るのは無理でしょう」
「ったく、人が何のために騎士の誓いを立ててやったと思ってんだ、アディ?」
 フィッシャーの苦笑とディの呆れ声で、私が二人を怪訝に見やると、肩にラリマーが薄手のショールをかけられる。そういえば、オーサーと一緒に誰かが部屋に入ってきた気がするのに、見ている余裕もなかった。私の視線の先には別れた時と変わらないディとオーブドゥ卿もいる。オーブドゥ卿から離れ、私のすぐ近くにはラリマーが、いつもの鉄面皮の口元を少しだけ柔らかく緩めている。

「フィス、あまり私を見縊っては困りますよ。ラリマーはとても優秀な、私の、執事です」
 オーブドゥ卿に強調された言葉でかすかに目を見開いたフィッシャーは、次いで軽い笑い声を上げた。二人の間ではそれだけですべての理解ができたらしい。

「優秀な執事がいてうらやましいよ、イフ。で、ディとオーサー君に説明は済んでると私は考えていいのかい?」
 立ち上がり、服の埃を落としながら問いかけるフィッシャーに、オーブドゥ卿は穏やかに続ける。

「多少の調整は必要でしょう。それにアディには最初から説明する必要があります。よろしければ、場所を変えて、情報交換といきませんか?」
 女性の部屋にあまり大勢で長居するわけにはいきませんから、と紳士らしく私に微笑むオーブドゥ卿を見つめ返す。

「説明って?」
 訝しむ私を置き去りに、男たちは部屋を出ていった。フィッシャーはオーブドゥ卿、オーサーはディに強引に腕を引かれて、だが。

「えと、ラリマー?」
 縋るように問い掛ける私に、オーブドゥ卿の優秀な執事は何も答えてはくれなかった。

p.7

21#よくある理由



 ラリマーの手で開かれたドアの向こうへ、私は一歩を踏み出す。その部屋は外からの光が広く入る大きな窓があり、中央には重厚で十人は座れそうな大きなテーブルが用意してあり、そこに左からオーサー、ディ、オーブドゥ卿、フィッシャーの順に座っていた。

 室内の壁には燭台を設けてあるが、まだ外の明かりで十分に室内は満たされているため、それはただの飾りとなっている。そう、ただの飾りだ。蝶をあしらった金色の燭台は過美ではなく、品があり、通常なら見るものの心を和ませる。だが、私からすれば、それはただの金のかかる飾りだ。私はそうして室内を一通り見回してから、口を曲げる。

「ここ、みたことある気がする」
 ここは刻龍のアジトなのだから、私が知るはずもない。だが、同じような部屋を見た気がするのは確かな気がして、いつだっただろうかと考えながらラリマーにエスコートされ、私はディとオーサーの間に座った。

 今私が着ているのは袖がゆったりとしたデザインの白いワンピースで、きちんと縫製されている以外は遺跡で自分が即席に作ったものと大差ない気がする。端の処理がゆるく波打つように施され、胸元もレースをつかったリボンで結ばれているが、その胸元が何よりも心もとない。ワンピースの下にズロースも履いているが、あまり活動的な服装ではないから、私としては歓迎できない格好だ。お茶までいれてくれるラリマーに笑顔を向けて礼をしていると複数の視線を感じ、私はもう一度同じテーブルに付く男たちを見回す。

「何」
 低い声で尋ねると慌てて視線をそらすオーサーたちだったが、フィッシャーだけが両手を組んだまま私をまっすぐに見据え、口角を優雅に上げて微笑んだ。

「よくお似合いですよ、アデュラリア」
 一瞬の間の後、私は表情を変えないままに足でテーブルを蹴り上げた。重厚さに見合うだけの重みもあるテーブルが揺らいだことで、オーブドゥ卿やディの顔が青ざめる。

「アディ」
 私の行動に慣れているオーサーは、呆れた声で私を呼ぶ。

「あいつが悪い」
 私は悪く無いと言い切ると、オーサーは眉間に軽く皺を寄せる。

「行儀悪い」
「オーサーはあの変態の味方するのっ?」
「そんなわけないよ。でも、珍しく可愛い格好してるんだから、大人しくしたら」
 真正面からオーサーに褒められるのは慣れているはずだったのだが、久しぶりに再会した妙に強気な彼から私は顔を逸らした。オーサーは村にいた頃と変わらない、普段と同じシャツとパンツという格好をしているし、特別なことはなにもない。ただ、少しの間離れていただけのはずなのに、私はオーサーを真正面に見るのが妙に照れくさかった。オーサーがいつになく、格好良く見えてしまったのだ。

「こ、これは着たくて着た訳じゃないよ」
「よく似合ってるよ」
「あ、当たり前じゃないっ。私に似合わない服なんかないんだからっ」
「うん」
 普段はオーサーが言う口癖を私が口にすると、オーサーは目を細めて、さらに機嫌の良い笑顔を私に向けてくる。オーサーのその笑顔を見ている方が恥ずかしくて、私は努めて視線を外し、今度は真っ直ぐにフィッシャーを睨みつけた。

「それで、説明ってどういうこと? 最初からって、どこからが最初なの」
 鋭利な刃物でそのまま斬りつけられるみたいとオーサーに称される視線を私がフィッシャーに向けていると、オーブドゥ卿は心なしか青ざめた顔で親友を見つめる。だが、オーブドゥ卿の表情自体は大して変わらないので、私にはその違いの細かい部分まではわからない。

「本当に何も話していないんですか、フィス」
「なんで私がそんな面倒なことをする必要がある? 私が彼女を手に入れてしまえば全てがまるく収まる話だ」
 平然と言い切るフィッシャーには、清々しいほどに欠片も後ろめたさが見えない。賢者というより、もう変態と言っていいんじゃないだろうか。

「収まるわけ無いでしょう。それに、だからといってこんな幼い少女を、女神かもしれないという可能性だけで、イネスの現領主が娶ると言うのは問題があります。少しはこちらの苦労も考えてください」
「可能性じゃない、事実だ」
 はっきりと言い切るフィッシャーに対して、オーブドゥ卿はため息を大きくつくと、私に向き直った。その目は穏やかな表情とは対照的にひどく温度を感じない。ここにいるものたちの中で何故か一番冷たさを感じるが、私はそこから逃げずに強く見据えた。オーブドゥ卿が他の貴族たちとは違うのかもしれないと思っていても、長年の経験からどうにも完全には心許すに至らないから、つい敵意が篭ってしまう。

「まず、フィスの屋敷での話から始めましょう。アディが馬に酔って、眠ってしまっている間の話です。あなたをベッドに寝かせてからオーサー君はフィスとひとつの賭けをしました」
 それは私にとっても別に意外な話ではなかった。現にフィッシャーは私が魔法を使えることもイネスの出身だということも知っていると明かしているのだ。だがしかし、オーブドゥ卿が言っているのは、その今までフィッシャーから聞いていたのとは、別の話だろう。でなければ、今ここで言うのはふざけているとしか思えない。

「彼、オーサー君の要求はただひとつ。いつでもアディの近くへ転移できる札を描くこと」
 その時、不思議と私には、オーブドゥ卿の話す様にオーサーの姿が重なってみえた気がした。

「僕に、いつでもアディの近くへ転移することが出来る札を描いてください」
 相手の身分や態度、威圧に臆することなく真っ直ぐに相手の目を見て話すよう、私たちを躾たのは村長だ。心に疚しいことがないのなら、真っ直ぐに目を見て話せ、そうすればその心は真っ直ぐに相手に届くのだと。だから、この時もきっとオーサーはそうしたに違いない。

「アディは今までどこへ行くにも僕を連れて行った。けれど、今回命を狙われるようになってひどく怯えています。きっと、これから先何度も僕を遠ざけようとするでしょう。だけど、僕はアディを守りたい。どんなに嫌われたっていいから、傍で守りたいんです。だからーーアディを、彼女を守るための札を僕にください」
 オーブドゥ卿が私の反応を待つように口を閉じると、室内はしんと静まり返った。その中で、私の左手がそっと暖かさと強さに包まれる。もちろん、それは隣に座るオーサーの手だ。私がゆっくりとオーサーを見つめると、包み込むほどの大きさは無いけれど、それ以上に柔らかな熱と強い瞳で見つめられ、戸惑う。

「で、でも、オーサーは賭けに勝ったことなんて……っ」
 私の知っている限り、オーサーが賭けに勝った姿なんて一度も見たことなどない。それがどんなに小さなことでも、オーサーはそれが運命なんじゃないかと錯覚するほど、賭け事に弱いのだ。

「僕も必死だったんだよ。君をひとり行かせたりなんかしたら、きっと僕は僕を許せない。だけど、それ以上に」
 普通ならオーサーが賭けに勝てるはずがない。だけど、あの時オーサーが絶望的に運がないのを知っていたのは、眠っていた私だけだ。だから、勝つのではなく、負ける方法で勝てるような駆け方をすれば、フィッシャーたちを出し抜くことが出来るかもしれない。

 でも、そんな風に立ちまわるのはいつも私で、今までのオーサーなら己の本心を殺してまで立ち回れないと思っていた。つまり、この弟分はハッタリやポーカーフェイスが不得手なはずだったのだ。それが、いつのまにかこんな風に成長していたことに、私は驚きを隠せない。

「アディ、君と離れたくないんだ。君は僕のーー」
 オーサーが最後まで口にする前に、私は勢いをつけて、オーサーの手を振り払った。その先の言葉を言わせちゃいけないと、直感が囁いたのだ。オーサーに私を繋ぎ止めるような言葉を言われたら、私はこれからの自分に迷ってしまいそうな気がしたから。

 私はオーサーから無理やりに視線を外し、フィッシャーを真っ直ぐに睨みつけた。自分自身の動揺を見透かされないように強く、強く見つめた。

「じゃあ、私が村に返したはずのオーサーが戻ってきたのはその札があったからなのね?」
「ええ、そうです」
 あっさりとしたフィッシャーの肯定に、私は強く奥歯を噛む。普通の魔法士ならそんな長距離転移の札を作るのは不可能だと言い切れる。だが、相手は世界一の魔法使いと名高い使い手だ。

「余計な真似をしないで。私はこれ以上オーサーと一緒にいたくないんだからっ」
 私と一緒にいれば、オーサーはきっと死ぬことになる。その予感はすでに私の中で確信へと変わりつつあった。

 元々、私は成人したら、ただ漠然と村を出なければいけないという想いはあったけれど、理由はこれ以上何も失いたくないからだというただの甘ったれた想いのせいだと思っていた。現に今までだって、その不安がなかったわけじゃない。でも、村の大人たちは驚くほどに強いし、あのまま村の中に留まるなら、心配も不安もする必要さえなかった。それが、実際にこうしてオーサーと二人で村を離れることで、ふたりだけでは敵わないことのほうが多いということがわかったから、私は怖くてたまらない。いつか自分の運命に巻き込まれて、オーサーを無くしてしまうことが、怖くてたまらないのだ。

 それに、それだけじゃない。自分が本当に失いたくないものを守るためには、村を出るだけじゃ駄目なのだと私はやっと気づいた。でなければ、このオーサーのように私を連れ戻そうとするものがいる。その時点で結局は、村をでたところでなにも変わらない。守りたいものを守れなければ、私はマリ母さんに出会う前のイネスにいた頃となにも変わらないのだ。

「強がらないでよ、アディ」
「強がってなんかない。オーサー、あんた邪魔なのよ」
「……アディ、僕をあまり見縊らないで欲しいな」
 ぐいと肩を捕まれ、無理やりに正面から向き合わせられると、オーサーの子犬のような瞳がいつになく強く私を捉える。オーサーは意外にしつこいから、私はいつも最後は逃げ切れなかった。だから、私は真っ直ぐにオーサーを見返す。

「アディが僕に隠し事なんて無駄だよ。何年の付き合いだと思ってるのさ」
 それは確かに真実で、躊躇した後で私は両目を閉じた。そうして、オーサーは私の不安を見ぬいてしまうから、だから私は誰よりもオーサーをこの先に連れて行きたくないのだ。私がやろうとしていることに気づいたら、必ずオーサーは止めるだろうから。

「アディ」
 私を呼ぶオーサーのテノールが深く深く心に響いて、私を引き留めようとする。置いていくなと囁いている。

 私だって、進んで離れたいわけじゃない。大好きな人達と、いつまでも一緒にいたいに決まっている。ずっとずっといつまでも、変わらない平和な日常の中にいたいに決まっている。

 でも、このままの私じゃ、それは叶わぬ願いなのだ。

「何時の時代も女神ってな自分勝手で、我侭な大馬鹿者ばかりだよな」
 不意にカラリと空気を破るあっさりとした声が響いた。ディの深い声が、泣きそうな私の心に触れてくる。

「心配しなくても、アディが命じてくれさえすりゃ、俺が二人とも守ってやるよ」
 極軽い、けれど確かな騎士の誓約が、ディの想いが、私のささやかな胸に温かさを灯す。

 確かにディの実力ならば、私とオーサーを二人とも護ることなど容易だろう。それだけが理由ならば、私だって躊躇するかもしれない。けれど、自分がオーサーを連れて行きたくない本当の理由は、フィッシャーが指摘したようにもうひとつある。

 私は世界に対して、この女神を巡る争いを止める責任があるのだ。

「帰ってよ、オーサー」
「できない」
「他のことならなんでも聞くわ。だから、村へ戻って」
「戻るときは二人一緒だよ」
 私もオーサーも互いに譲るつもりのない問答を次に区切ったのは、呆れたようなフィッシャーの呟きだった。

「だから言ったのですよ、アデュラリア。私の妻になりなさいと」
「それとこれとは別でしょう?」
「私はこれでも神官位をいただいてきた一族の者で、イネスの領主です。貴女の目的のためにはどうしてもその肩書きが必要になります」
 ティーカップをゆっくりとソーサーに戻したフィッシャーは、まっすぐに私を見つめて微笑む。彼の常に着ている蒼衣の色が映った金の瞳が、私の奥深くを見透かすように思えて、私は手のひらにじっとりと汗を掻いた気がした。

「目的って、なんのことよ」
 それでも今ここで看破されるわけにはいかない私は動揺を押し隠し、強くフィッシャーを睨みつける。オーサーもディにも、それについて悟られるわけにはいかないのだ。

「さぁ、なんのことでしょう」
 それに、この賢者がどこまで知っていて、どこまで使えるのか、私にはまだ何も答えは出ていない。もうひとつの懸念があるとすれば、時々夢に見る内容がもしも過去の事実で、フィッシャーがあの彼の転生体で記憶を持っているのなら、私はまた裏切られないとも限らない。だから、この男に気を許すつもりはない。

「フィス、いいかげんにお嬢さんをからかうのはおやめなさい。まったく貴方という人は、人が悪すぎる」
 しかし、オーブドゥ卿に窘められたフィッシャーは、少し困った顔をした後で穏やかに笑った。

「私はいたって本気だよ、イフ」
 何に対しての本気かは明かさずに笑うフィッシャーに溜息をついたオーブドゥ卿は、仕方が無いというように微笑を張り付かせた顔で私を見た。

「アデュラリア嬢、貴女は大神殿についてどの程度の知識をお持ちですか?」
 話を転換させようとしてくれるオーブドゥ卿の好意に甘え、私は素直に便乗することにする。フィッシャーとの綱渡りな会話を続けても、オーサーたちに感づかれる心配が高いのもあるし、こんなことでいつまでも問答している時間だって惜しい。

「一般的なことだけよ。女神信仰の総本山で、世界中の女神神殿の神官を統べる、当代一の大神官がいるってこと」
 そのとおり、と深くイェフダは頷いた。

「命を狙われる理由はさすがにフィスーーフィッシャーが説明しましたよね。大神殿はたしかにあなたの味方です。ですが、あの場所は女神信仰の暗部が最も色濃い場所でもあります。今のまま、そのままの貴女が向かえばすぐさま殺されることでしょう」
 王族や貴族は女神の存続を望まないから、と確かに私は先ほどフィッシャーから説明を受けたばかりだ。

「まだあなたは世に出ていない。だが、世に出てしまえば、民衆が、世論があなたの擁立を求めるでしょう。ルクレシアに限らず、この世界は女神による統治とその恩恵を望んでいますから。だが、女神を頂点とする世界では女神以下は上も下もなく、すべてが平等です。貴族も平民もなく、ヒトもヒト以外のモノも、何もかもが並列な世界」
 それは歴史書に記された過去の、女神のいた世界の話だ。あまりにも綺麗で、あまりにも不自然な世界。全てが同じくされるというのは一見とても素晴らしい物のように思える。

「権力者はそれを望みません」
「私だって嫌よ」
 私が眉間に皺を寄せて、嫌悪を顕にして言うと、オーブドゥ卿は小さく笑った。

「ええ、あなたはそうですね。そして、歴代の女神の眷属もきっと望んでなかったと思います」
 すべてが同じで留まる世界というのは素晴らしい物のように見えて、欠点がある。確かに、誰もが平等であれば、争いや競争が起きないのではないか、などという考えもある。だが、それは進歩や発展がないということの裏返しでもあると思うのだ。

 私はまだ世界を少ししか知らないが、ミゼットで見てきた店の中にも互いに競争することでより良い商品を売り出している店にも出会ったし、年に一度のコンテストのために、多くの人が良いものを生み出していることぐらい知っている。だから、私は自分が何者であるのか知っていても、過去の女神のいた頃のような世界にはしたくない。

 世界は巡り、発展していくからこそ、存続の意義があるのだから。

「ですが、権力者という人種は少しでも不安な芽であれば、摘み取ってしまわなければ気がすまないものなのです」
 困ったものですね、とのんびり言われても、オーブドゥ卿は全く困っているように見えない。困惑する私の隣にラリマーが立ったので見上げると、彼女は無表情に主を見つめている。

p.8

22#よくある古地図



「皆様、失礼いたします。ーー(クウ)
 ラリマーが落ち着いた声で力ある言葉を唱えると、ふわりと目の前のカップと中の液体が浮き上がり、それぞれにいつのまにやら用意されたワゴンへと収まっていった。普通の貴族の屋敷であれば、ここは使用人がカップをさげるところなのだろうが、何故刻龍の隠れ家でラリマーが片付けなどをするのだろうか。

 と、そこまで考えて、私はここがどこなのかようやく思い当たった。

「……ここはイェフダ様のお屋敷? 刻龍の隠れ家じゃないの?」
「私は一言もここが隠れ家とは言ってませんよ」
 クスクスと笑う賢者は確かに、記憶の中で一言もここがどこだと言っていない。「言えない場所」と「刻龍の隠れ家」が同じだと勝手に思い込んでいたのは私の方だ。

「それで、ここはどこなの」
 私は睨みつけたものの、フィッシャーは全然まったく気にかける様子もなく、クスクス笑いを続けている。答えるつもりはなさそうだ。

「ここはランバート郊外の私の本邸になります。年に一、二度訪れる程度なので、使用人がいないため、アデュラリア嬢にはご不便をおかけします」
「それは、構いません、けど」
 丁寧なオーブドゥ卿に対し、そういう対応をされることに慣れない私は、むず痒いものが背中を這うように感じて、小さく身じろぎした。隣でオーサーが苦笑しているのは私の行動の理由に察しが付いているからだろうけれど、なんでディまで生温い笑顔で私を見ているのだろうか。

「イェフダ様」
 そんな中でラリマーがオーブドゥ卿に抑揚のない声をかけると、彼はひとつ頷いて返した。

「広げてくれ」
 話している間に用意したのか、ラリマーの腕には両腕で抱えるほど大きな一枚の日焼けした古い紙が丸めて抱えられている。

「皆様、失礼します」
 一言断ると、ラリマーはそれをテーブル上に丁寧に広げた。ラリマーが持っているだけでも大きい印象はあったが、広げると更に大きい。テーブル上は直ぐにその紙で覆いつくされてしまった。紙自体は最初に思ったとおりに新品ではないようで、端が鼠に齧られたみたいにぼろぼろになり、何度も水が沁みては乾いたみたいな後の残る汚い紙だ。そこに描かれているのは風景画のような大きな地図に見える。

「宝の地図、ではなさそうですね」
「ある意味では同じものですよ」
 にこやかに答えるオーブドゥ卿とは対照的に、フィッシャーとディの二人ともが、明らかに動揺して椅子を揺らした。

「こりゃぁ……っ」
「イフ、こういうものを手に入れたらすぐに言えと……っ」
 先ほどまでの余裕はどこへやら、二人ともが腰を浮かしたまま地図を凝視する。その視線は宝を見つけた子供と相違ないだろう。それほど珍しいものなのか、と私とオーサーは瞬きした。

「珍しいの?」
「珍しいなんてもんじゃねぇ。よくこんなもの残ってたな」
 興奮状態のディはこちらがわかるように答えるほどの余裕もないようだ。こんなもの、とは一体なんなのだろう、とオーサーと顔を見合わせるも、こちらはわからないと首を振る。どうやら目の前のこれがなんなのかわからないのは、私とオーサーの二人だけらしい。

「状態もかなり良いな」
 おそるおそるに震える手でフィッシャーが紙に触れ、そっとなぞる。相当に貴重で珍しいものだというのが、フィッシャーらしくないように見られる動作の端々から分かるが、この古びた地図のようなもののどこにそこまでの価値があるのか、私にはわからない。

 もう一度、私がオーサーを見ると、彼は大きく頷いた。

「イェフダ様、これは一体何の地図なのですか?」
 オーサーの丁寧な問いかけに、オーブドゥ卿は嬉しそうな笑顔で答えてくれる。

「女神のいた時代のものは遺跡以外のほとんどが存在していないというのはご存知ですね?」
 これは割と有名な話なので、私もオーサーも知っている。年月の風化以外の理由でほとんどの遺跡は壊されてしまったのだ。

「最後の女神が成長した後、地上では大きな戦争が起こりました。いわゆる」
 聞きなれた文句に私はつい、露骨に眉をしかめていたらしく。隣のオーサーが軽く肩をぶつけて、無言の注意を促してくる。

「女神が天に還ってから最初に起こった戦争で、遺跡以外の一切が焼き尽くされたんですよね」
「正確には、当時の王の手によって、です。最初にこの世界の王となった男は、女神に関わるもので、女神の信仰以外の痕跡の一切を消そうとしました」
 女神がいなくなり、最初に一つの国が作られた。だが、女神がいたからこそ成り立っていた統治は容易でなく、国は少しずつ分かれてしまった。幾度となく戦乱を繰り返し、そして今は二つの大国と一つの小国となってしまった。大神殿のあるこのルクレシアは中立国とされる小国だ。あとの二国ではこの五年だけでも二度、衝突があった。

「これは女神の遺品なんですか」
「女神のいた時代の世界地図、といえばいいでしょうか。流石に古神聖文字まで使われては、現代の神官であってもここにある文字を読むことはできませんが、なんとなくこの辺りとか見ると現在と繋がるでしょう?」
 同意を求められたフィッシャーは、まだ地図から目を離さずに肯定を返してくる。新品の玩具を与えられた子供のように夢中になっている様子からは、今までの憎たらしいほど余裕綽々だったのが嘘みたいだ。

 ここに書かれている文字は普通は読めないものなのか、と私も地図に目を落とす。

「アディ?」
「なんでもないわ」
 オーサーのいぶかしむ声に、私は片手で眉間に寄った皺を直しながら答える。

 この地図に書かれている文字に、私は見覚えがある。村にあった無人の神殿の壁にも同じような文字があったからだ。そして、それを私はマリベルに文字を習う前から読むことができた。

 文字に手を触れる。それだけで、そこに書かれた意味を知ることが出来るのは、普通の技ではない。そして、それが出来る意味というのも私には嫌になるほど分かっている。

「それで女神の眷属かもしれない私が命を狙われる理由とこの地図、どう関係あるの」
 私の問いに対し、少し困ったようにオーブドゥ卿は微笑む。

「これは女神が宝とされる所以でもあるのですが、この世界には女神にしか開けることの出来ない五つの扉があります。その扉は天へと通じていて、女神だけがその扉を通っていくことが出来るのだと伝えられているのです」
 そうだっただろうか、と私は目を瞬かせた。夢の中ではそこまで詳しく見ていないから断言できないのだが、重要なのは扉ではなく、場所だったような気がする。もちろん、そんな疑問を口にするつもりはない私は別の疑問を尋ねてみた。

「断言するということは、その所在はわかっているんですか」
 しかし、これにはとても残念そうに両目を閉じて首を振られてしまう。

「いいえ、文献にそう残っているのです」
「文献に? さっき信仰以外の一切の痕跡を消したって」
「民の目に触れることのないように、消されたのです。まさか本当に消せるはずが無いでしょう。この世界は盲信的な女神信仰でなりたっており、何人たりとも女神を敬愛せずにはいられないのです。これは言わば、魂の刻印であり、誰にもそれに逆らうことも取り除くことも出来ません」
 断言するオーブドゥ卿に、私は考えるよりも先に言葉が口をついてでていた。自分の思考に、夢の中の女神が重なるのを感じる。

「嘘よ、現に……最後の女神は……っ」
 私は、と声にならない言葉が喉に引っかかる。こんな時まで取り繕おうとしてしまう自分が滑稽で、代わりに口にしていたのはフィッシャーから聞いた話の方で。

「ーー貴族に、殺されたのでしょうっ?」
 自分を守るはずだった、一番近くで信頼し、力まで分け与えた存在に殺されたことが、まるで昨日のことのように脳裏に蘇った。そうしてしまうのは同じ愛称をもつ、未だ地図に釘付けとなっているフィッシャーが、そして、彼の親友と同じ愛称のオーブドゥ卿がいるからに違いなく。私は悲しみに自分の心が引きずられているとわかっても、自分ではどうしようもなくなっていた。

 信じていたのに、どうして「私」を裏切ったんだ、フィス。

「最後の女神を殺した貴族の名前を聞きましたか?」
「……いいえ」
 それは一般人が知ることのないはずの名前で、「私」にももう思い出せない。それを、オーブドゥ卿が口にする。

「フィッシェル・クラスター大公。当時、女神の親衛隊長を務めていた者で、最も信頼の厚い男でした」
 名を聞いた瞬間に、「私」の中には言い知れぬ悲しみが生まれた。何度、彼の名前を呼んだだろう。何度、彼に救われただろう。何度、彼と想いを重ねあっただろう。それなのにーー。

「アディ?」
 ボタリと、私の膝の上に握った拳に、大きな水滴が落ちた。自分はあの時のことの全部を思い出してはいないけれど、それでも感情が哀しみを、怒りを蘇らせる。

「信頼、していたのよ」
 強く噛み締める奥歯が、ぎりりと悲鳴を上げる。

「そうしなければ止められないというから、私は剣をとったのよ。もしも女神が死んでも他の女神が還らないと知ったら、この世界が崩壊するというから、私は世界を、私に付いてきてくれる者たちを死なせないために戦ったのよ……っ」
 強すぎる夢の残滓に感情を引きずられ、溢れる涙も怒りに震える拳も、自分では制御しきれない。自分が放つ言葉さえも自由にならない。

「なのに何故……っ?」
 完全に思考が夢に引きずられている私を、聞き慣れたテノールが強く引き留める。



「アディ!!」



 「私」の両肩を強く抑え、オーサーの強い瞳が私を引き戻す。

「違うよ、アディ。君じゃない。それは君じゃないよ、アディ」
「オー……サー……?」
「落ち着いて、よく思い出してよ。アデュラリア、君じゃない。君は、違う」
 重ね合わされるオーサーの額と、近くで囁くオーサーの言葉を聞きながら、ゆっくりと私は目を閉じる。

「君は、女神なんかじゃない。負けず嫌いな僕の姉で、少しだけ魔法の使える、」
 そういえば、まだ小さい頃によくこうされた気がする。私が時々夜中に夢に震えて泣く時、オーサーはいつも抱きしめて囁いてくれた。私は違うのだと、女神の眷属でも、女神でもないのだと言ってくれた。その言葉で、いつだって私は私に戻れた。

「僕の大切な女の子だよ」
 嵐吹き荒れる私の心を落ち着かせる、オーサーだけが使える魔法だ。

 私はのろのろとオーサーから離れ、目を開く。そこには安堵の笑顔を返してくれる大切な弟の顔があった。

「取り乱してごめん、オーサー。それから、ありがとう」
「……え?」
「私は、女神でも、女神の眷属でもない。私自身が認めちゃいけないって、忘れてた」
 戸惑ったオーサーが首を傾げる。

「あの、さ。僕の話聞いてた?」
「うん」
「うん、じゃなくて」
「うん?」
「いや、そうじゃなくて、さ」
 もごもごとオーサーが口ごもっていると、オーブドゥ卿が少しわざとらしい咳払いをした。

「アデュラリア嬢の旅の目的は系統を調べることにあると聞きました」
 誰とは言わないが、彼らが私についていろいろと知っているのはオーサーが話しているからだと、これまでの経緯でわかっている。賭けに負けたオーサーはほとんどのことを話してしまっているに違いないのだ。

「通常神官の試練として行われるものに、天の回廊、という項目があります。いわゆる、天界を覗き見る技です。これは神官能力査定のひとつではありますが、過去にはこの回廊まで個人の精神を飛ばせるほどの能力者もいました。歴史上知られている女神の眷属はこの方法で系統検査を行ったと、当時のディルファウスト王の日記に残されています」
 女神に関する情報というもののほとんどはそのディルファウスト王の時代の記録を元にしているというのは、私も聞いたことがある。

「ああ、これはもちろん公式記録ではありませんがね。貴方の歳まで知らずにいると系統検査は通常の方法では行うことが出来ないのですよ。そうですね、フィス」
 話を振られたフィッシャーは、今度は嫌々ながらにオーブドゥ卿を顧みる。

「五歳以上の系統審査は通常の方法では行うことが出来ず、万一やるためには道具と相応の能力をもった神官が必要となる。それから、」
 実に苦々しい顔で、フィッシャーはそれを口にした。

「大神殿でなければその審査を行うことはできない。それを可能にしている理由が「扉」にあるからな」
「扉?」
「女神だけにしか開けられない五つの扉の一つ、その場所に大神殿は立てられています」
 五つの扉についてはさっき聞いた気がする。

「それなら、他の四つの扉に力の強い神官と行けば、系統検査できるってこと?」
「残念ながら、現存している扉で所在がわかっているのは三つだけです。そのうち、使用することが出来るのは大神殿しかありません。他は神殿そのものが破壊されていたり、水没していたりするのですよ」
 オーブドゥ卿の答えを聞いた私は、少しの間額に手を当てて考えた。つまり、それは。

「なに、最初から大神殿には行かなきゃいけないんじゃない」
「別にそんなもの調べなくてもいいと言っているじゃないですか。私の妻になれば公式の記録なんてあってないようなものになりますよ。そうですね、アディなら猫とかもいいんじゃないですか?」
「黙れ、ロリコン」
 ここまでの話を総合すると、女神の眷属と「疑われている」から私は大神殿に行くことはできないこと。それから、大神殿でなければ扉が開かれていないから、その扉にいかなければ審査できない。それから、相応の神官能力を持つものが必要、と。

「結局、この地図はなんなの?」
「あー……これは仮定なのですが、」
 オーブドゥ卿が何かを迷う瞳で、ディを見る。その意味がわからないディは首を傾げた。

「なんだ?」
「女神の従者は一切の魔法を受け付けない体質です。もしかすると、ディであれば他の扉を開けることが出来るかもしれません」
 もしそうであれば、道具と能力の高い神官がいれば、大神殿でなくとも系統を検査することが出来る、とオーブドゥ卿は言う。

 視線が集中し、少し困ったようにディが首に手をやった。

「悪いが、それは無理だ。俺もいくつか遺跡を回ったが、入れない神殿も多かった」
「水中神殿フィアネルや、虚空の砦カーフォルでなく?」
「ああ、女神の使う術式はこの世界とは別の理で出来ているらしい。神殿の祭壇の間まで行くことが出来ねぇ」
 ディの返答で、明らかにがっくりとオーブドゥ卿の肩が落ちた。

「ディとフィスがいればすべての遺跡に入れると楽しみにしていましたのに……っ」
 どうやら、今回の私の系統検査に関して、かなり私情が混じっているようだ。

「イフは相変わらず馬鹿だな」
「ほっといてください。あなたにだけは言われたくありませんよ、フィスっ」
 慰めているのか抉っているのかわからないフィッシャーの言葉に、強気にイフが言い返しているのをみて、自然と私の口から穏やかな笑みが零れ落ちる。

「オーブドゥ卿って、案外面白い人ね、オーサー」
「う、うん」
 隣にいたオーサーは何かを誤魔化すような曖昧な笑顔を浮かべていた。

p.9

23#よくある逃亡



 窓の外が南瓜のランタンに灯された炎色に染められていく中で、一つ、また一つと白銀の魔法の灯火が点るのをみて、私は部屋の時計を探した。ぐるりと室内を見回し、目的のものを見つけると、如何にも貴族らしい、野辺に咲く黒百合色のよく磨き上げられた柱時計が地の底から響くような音を立てるところだ。

 ボーン、と鳴る音の数を数えずに、大きな音を立てて私は席を立っていた。弾みで椅子が倒れ、スカートがひらりと舞うが、気にする余裕もないほど顔色が青ざめるのを自分でも感じる。

「これ、街灯じゃない……っ?」
 先ほどランバートの郊外だという説明を受けたばかりであるが、それにしても不自然すぎる光の影の揺れ動き方は、人の持つ灯りに見える。つまり、今現在この屋敷は囲まれていて、聞いたとおりならば大神殿が私を捕まえにきたということで。窓際まで確認に走りだそうとした私を、後ろから大きな影が柔らかく抱きとめる。

「落ち着け、アディ。単に神官兵に囲まれてるだけだ」
 頭の上で冷静にディが言うので、私は周囲を見回し、他の者達にも目で問いかける。それはどう考えても、全然落ち着ける状況ではないはずだ。

「案外早く嗅ぎつけましたね」
 オーブドゥ卿が古地図を丁寧にまとめながら言い。

「遅いぐらいだ。私ならあと三日は早い」
 偉そうなのはフィッシャーで、私に向かって宥めるようにオーサーが大丈夫だと言う。つまり、こうなると私以外の者は全員わかっていたということだ。

 私が走りださないのを察したディが拘束を解いてくれる。

「アディ、君が女神の眷属ということは既に僕らが村を出る前に、大神殿まで伝えられていたんだ」
 オーサーの言葉に眉をひそめる私の頭を、ディが軽く叩く。

「村で最後に魔法を使ったのはいつだ、アディ?」
「え?」
「新しい神官が来た前日の事、覚えてる?」
 オーサーに言われて、私は何があったか記憶を辿った。そう遠い出来事ではないはずなのだが、旅に出てからいろいろありすぎて、ずいぶんと昔のことのように感じる。

「ファラとかなり大きな魔法実験してたよね」
 記憶と共に嫌な汗が、私の首筋を通り抜ける。

 魔法実験というか、練習というのは元々行っていたことだし、一応人に見られなければという条件つきでマリベルに了承はもらっている。いざという時に自分の身を守れるように、と。それでも、人には決して見られないようにと言い含められたはいたのだけど。

「僕を除け者にしてさ、かーなーりー大きな実験してたよね? 焦げた髪を母さんにばれないように、僕に切りそろえさせたりしたよね」
 話しながら近づいてきたオーサーが手を伸ばして、私の髪の一房を手にし、それに口付けながら、私をまっすぐに見つめてくる。

「忘れたわけじゃないよね?」
「……わ、忘れてるわけないわよ。私、まだボケちゃいないもの」
 焦りながらの回答を返すと、少しだけ切なそうなオーサーの手から、サラリと私の髪は手放された。

「魔法の実験って何してたんですか?」
 オーブドゥ卿がまとめ終えた地図をフィッシャーが手にしながら、聞いてくる。

 何、と聞かれてもなんと答えたものやら。実際、大した魔法じゃないはずなのだが、いろいろと偶然が重なって、暴発してしまっただけだなんて言って、信じてもらえるだろうか。

「フィス、その話は後にしてください」
 私とフィッシャーにオーブドゥ卿が割り込んでくれたのには、この時ばかりは本気で感謝した。オーサーも知らない魔法実験について、ここでこれ以上話したくもないし。

「アデュラリア嬢、その魔力反応を神殿で多くのものが感知したのです。だから、すぐに刺客が放たれました」
 だから、村を出て直ぐに私は刻龍に襲われたのだとオーブドゥ卿は言うが、まさか自分の魔法実験が全ての原因とは思っていなかっただけに、私は反応に困ってしまった。

「おかげで刻龍の人間も何人か飼われてしまってね。私としては人手不足で、非情に困る。折角のチャンスだってのに、手持ちの札がアレでは非常に使いにくい」
 レリックは融通が利かなくていけないとフィッシャーは愚痴のように零しているが、メルト=レリックだって十分強いし、ディがいなければ私もオーサーもここまで生き延びることは難しかった。

「フィッシャーは刻龍の頭領、だよね? なんで、そんなことに」
「それだけ、女神とか女神の眷属ってのは魅力的なんだよ」
 ディが言うように確かに女神とか女神の眷属っていうのは、価値のあるものらしい。だが、これだけ世界が女神を拒絶しているのに、本当にその価値があるのかと私は思ってしまう。

 女神なんて過去の遺物に、人は支配されたくないだろうし、私も支配したくなんかない。私が望むのは、ただ平凡な幸せなのだから。

「このままアディを狙う連中の真ん中に放りこんでも結果は見えてるし、連中の目を晦ませるためにも一度どうしてもアディは身を隠す必要があるんだと、こいつらは言ってる。アディが眠っている間なら魔力探知をさせないようにすることもできるそうだ」
 今大神殿に行っても殺されるだけだというのは聞いたが、私を狙う連中から逃げて、その後どうするつもりなのか。そもそも、私は系統診断(ルーティスト)を受けるために大神殿を目指しているのに行かないでどうするのか。

 私の口に出さない不満を察したのか、フィッシャーが苦笑する。

「そんな顔をしないでください。今直ぐには無理というだけで、必ず系統診断(ルーティスト)は受けられますから。それよりも今は大神殿の追跡を撒くことの方が重要なんです。死んでしまっては何もならないでしょう」
 しぶしぶと私が頷くと、何故かディが私の頭を柔らかく撫でた。なんだ、その子供扱いは。そりゃあ、私はディやフィッシャーから見れば子供に違いないだろうが。

「追っ手をまかなきゃいけないのはわかったけど、魔力探知の無効化なんてできるの?」
 誰でも多かれ少なかれ身のうちに魔力を持つというのは、誰でも当たり前に知っていることだ。それを探知するというのは賢者ほどの魔法使いであれば容易なことだし、魔力が大きいものほど探知から逃れることはできないと言われている。

「もちろん、アディが大人しく眠っていてさえくだされば、この私の偉大な魔法でどうとでも」
 なんだか怪しいフィッシャーに疑いの眼差しを向けると、彼はひとつ咳払いをして、ラリマーを呼んだ。

「失礼いたします」
 ラリマーは私の前に手のひら大の水石を置く。その内部では波紋がゆらゆらと揺れているが、表面は硬いままだ。水石は水鏡とも言われる魔力の固まりだと言われている。望むままの世界の姿を見せるともいわれているが、その用途の全貌は未だ解明されていない。

「石に触れてください、アデュラリア」
 フィッシャーに言われたものの、それはここに来る前に彼に騙されたときと非常に状況が似ていて、私は躊躇ってしまう。あの時とは違い、オーサーもディもいるが、それでもこれから何が起こるのかわからないというのは不安だ。

「ただ眠るんじゃダメなの?」
「……アデュラリア嬢、あなたは自分がどれほどの光り放つ力を身にお持ちかご存じないのですか。神職をもつ者か私のような偉大な魔法使いが見れば、村を出てからのあなたは起きている時は真昼の太陽と同じぐらい眩しく、眠っている時でさえフルムーン程に明るい。ただ眠るだけで抑えられるわけがないでしょう」
 そんなことを言われたことは一度もなかった。だって、私は普通の魔法を使うことは出来ないのだ。小さな明かり一つ燈すことだって出来ない。

 戸惑う私がオーサーと、次いで側にいるディを見上げると、彼は寂しそうに微笑んでから、私の頭を上からぐしゃぐしゃと撫でた。

「何?」
「心配するな」
 髪を直しつつ、私は首を傾げる。ディのそれは、遺跡のときとはまた違う感じの反応だ。私から逃げているわけでも、私を避けているわけでもないのに、対応には不思議な優しさが滲む。それ以上何かをディに問いかけてはいけないような気分になり、私はテーブルに向き直った。

「それから、これは私独自のではなく、かの偉大な魔法使いディルファウスト王が女神の眷属であったリンカ妃を護るために創りだした魔法ですから、安心してください」
 フィッシャーが私を安心させるためにそう言うが、すでにそのディルファウスト王の転移魔法で酷い目に合っている私にどうそれを信じろというのだろうか。

 それでも、彼らが苦労して考えてくれた作戦以上に、私が生き延びる方法はないのかもしれないな、と思わず口元が緩んでいた。それにフィッシャーはともかく、騎士の誓いまでしたディが私を害することは絶対にないだろう。

「アディ」
 不安そうに私を見るオーサーを安心させるために、私は意識して笑顔を見せた。

「信じるしかないでしょ。オーサーまで巻き込んで、これで私を狙っているって奴らをまけないようなら、フィッシャーをミンチにするしかないよね」
 私の視界の端でひくりとフィッシャーの顔が少しだけ引き攣ったのは、みなかったことにしよう。

 周囲の視線に押されるままに、私はそっと水石に触れた。それは熱くもなく冷たくもない。触れた場所から水面と同じように波紋が広がるのが見える。



「虹色の羽」



 フィッシャーの言葉と共に、私の足元を中心に風が巻き起こる。



「天の機織」



 周囲の風が虹色の輝いてゆく。



「金の鳥籠を構成し、アデュラリアを身のうちに収めよ」



 力ある言葉が終わると共に、ゆらりと視界が揺れた気がした。ゆらりゆらり、と水石に映った波紋と同じく景色が揺れる。思わず伸ばそうとした自分の手が急に重くなり、同時にゆらゆらと水面のように景色が揺れる。自分が揺れているのか、周囲が揺れているのか。目の前の景色が、どんどん遠くなる。

 水面の向こうに見えるのは、力をなくした私を大切そうに抱きとめるディ。それから、近寄ってきたオーサーが不安そうに私の手を握っている。それから、蒼衣を翻したフィッシャーと一緒にオーブドゥ卿が歩み寄っている。二人は私の前に跪き、脈を取ったりしているようだ。

 彼らの中心にいる私の身体は、ぐったりとして意識もない。そりゃそうだ、私は水石の中にいるようだから。

(どういうこと?)
 まるで意識だけ切り取られたみたいな状態にある私の身体から水石に、フィッシャーが眼を向ける。一瞬目があった気がしたけれど、それはすぐに逸らされてしまった。

「ひとまず成功、といったところかな」
「本当にアディは大丈夫なんだろうな、フィッシャー」
「もちろん、と言いたいが、私もこれを使うのは初めてなので断言はできない」
「おい」
 低く唸るディの声は聞こえる。でも、その向こうのオーサーに私は別の違和感を持っていた。

 ラリマーが手にした長髪のカツラは、私と同じく黒。それを被ってフードをかぶったオーサーの姿は彼が厭う女装のはずだ。加えて、私が一緒に女姿でいると、本気で姉妹に間違われるほどに似通っているらしい。確かに元々オーサーは男の割に細いし、背も私と殆ど変わらない。それはマリベルがわざとそういう風に似せているのだと、以前にオーサーが洩らしたことがあった気がするが、私は深く追求はしていなかった。

 もしかして、マリベルはこういう状況をずっと前から予想していたのだろうか。私を見つけ出したことといい、その可能性は高いかもしれない。マリベルは私のことになると我が身さえ厭わないから。

「フィッシャー様、イェフダ様……ディも、アディをお願いします」
 嫌な予感がするのに、水石の中の私は何もできなくて。ディも何も言わなくて。フィッシャーが答える。

「ああ」
 短いけれど、その返事で満足したようで、オーサーは今にも泣き出しそうな顔で笑った。

「アディじゃありませんが、もしも彼女に何かあったら、僕は一生あなた達を許さない。どんな手を使ってでも、あなた達を殺します」
「肝に命じておくよ」
 フィッシャーが銀の短剣で、私の身体から髪の一房を切り取る。といっても、目立たない程度だし、私も装いを気にすることなどないし、別に大したことじゃない。フィッシャーは切り取った私の髪をオーサーの上に乗せて、小さく力ある言葉を絡めた。一瞬の後、オーサーからは私と同じ気配を感じるようになった。これなら、ヨシュあたりなら騙せるかもしれない、というぐらいに似通っている。

「何日騙せるでしょうか?」
「ジジイ共も馬鹿じゃない。三日騙せりゃ良い方だろうな」
 オーサーとフィッシャーの会話、それにオーサーの格好の意味するところに、私はようやく気づいた。追っ手をまくために、オーサーが私の身代わりになるなんて、聞いてない。

 でも、どんなに叫んでも水石の中の私の声は届かない。こんな風にオーサーを身代わりにしてまで、生きたくなんかないのに。なんで、こんなことになっているんだろう。

 何かを話していたオーサー達は屋敷の扉を強く叩く訪問の声で、話をやめて、顔をあげる。

「ディは行って下さい。そして、必ずアディを守ってください」
 深く頷くディが私の身体を抱えたままに立ち上がると、慌てたフィッシャーが水石に手を伸ばし、ひっつかんだ。

「これを、アデュラリアから絶対に離さないように」
「わかった」
 水石はどうやら私の身体の上におかれたらしく、私は下からディを見上げる形になった。ディは無言のままに移動し、どこかの部屋に私のソファに私の身体を寝かせたようだった。

 私の前に跪くディは、迷子と同じに不安で泣きそうな目で私を見ている。いくら最初から私を女神の眷属と疑っていたのだとしても、その目に隠る愛しさはなんなのだろう。主に向けるものではないし、子供に向けるものでもない。対等な大人のように私を見ているようにも見える。

「行こうか」
 フィッシャーが声をかけると、ディはそっと私の身体を抱き起こした。その瞳はずっと不安に揺れていて、どれだけ大切にされているのかが今更伝わってきて、水石の中の私はとても気恥ずかしい。

 フィッシャーが移動の術式を組み上げる中、ディの小さく謝罪する言葉が聞こえた気がしたけれど、私はすぐに意識を無くしてしまったから、本当のところがどうなのかわからない。わかるのは、私がやっぱりフィッシャーに騙されたということだけだ。

あとがき

話休題十一、よくいる薬屋


 いつも感想をくれる緋桜さん、楽しみにしてくれている方々、有難うございます。


 逃亡予定があっさりと村に向かうことになりました。
 薬屋との話は別に書いてたかもしれないとそういえば思いました。まあいいや。


 そんなわけで、次回は村に戻ります。


【十二、よくある故郷】


 感想・批評・酷評大歓迎です♪
 今後も楽しみにしていただけるように、精進したいと思います。


話休題十一、よくいる薬屋(改)


 いつも感想をくれる緋桜さん、韻さん。楽しみにしてくれている方々。有難うございます。
 いつもなら一度に一話分更新するのですが、今回は思い直しました。思考が迷走中なので、半端に半分だけ更新。後半書き直してよかったのですが、ますます迷走している気がします。まあいいや←
 結局置いていかれるオーサー。オーサー好きの皆さん、ごめんなさい。彼はそういう役回り~←ぇ いい加減、貴族二人も活躍させないとなぁ。


 次回、どうしよう。そもそも幻惑士ってなんだ←オイ


【十二、よくある罠(仮】


 感想・批評・酷評大歓迎です♪ 今後も楽しみにしていただけるように、精進したいと思います。


101 11/25 20:19
102 11/25 20:18
103 11/25 20:28
104 11/25 20:28
105 11/25 20:31
106 11/27 20:34
107 11/27 20:34
108 11/27 20:31
109 11/27 20:36
110 11/27 20:42


初稿
(2008/12/16)


話休題十二、よくある術式


 感想をくれる皆様、楽しんで読んでいただけている方々。いつも有難うございます。


 やっぱりタイトルが変わりました。


 魔法メインなので「術式」。あらすじなので書いてませんが、この世界では「魔法使い」の正式名称は「高等術式制御者」なので。


 術式を考えるのが何よりも大変です。綺麗なものを関連させて並べようとしているんですが、難しい。でも書きたいジレンマw


 次回は、十三?早いなぁ。


【十三、よくある晦(つきこもり)】


 感想・批評・酷評大歓迎です♪ 今後も楽しみにしていただけるように、精進したいと思います。
(2008/12/17)


111 12/16 19:28
112 12/16 19:31
113 12/16 19:52
114 12/16 19:56
115 12/16 20:02
116 12/16 20:08
117 12/16 20:39
118 12/17 20:01
119 12/17 20:12
120 12/17 20:17


話休題十三、よくある誓い


 感想を下さった韻さん、緋桜さん、有難うございます。それから、楽しみに読んでくださる皆さんも有難うございます。


 うん、最初は違う展開の予定だったんだけど、ディに割り込まれました。一応賢者との仲を深める予定の回だったんだけどなぁ。


 予定が繰り下がって、次回こそコレです。


【十四、よくある晦】


 オーサーが割り込んで来ませんよーに!←1番暴走するので


 感想・批評・酷評大歓迎です♪
 今後も楽しみにしていただけるように、精進したいと思います。


121 12/25 21:04
122 12/26 08:24
123 12/26 08:30
124 12/26 08:42
125 12/26 09:28
126 12/26 09:39
127 12/26 10:02
128 12/26 10:07
129 12/26 10:11
130 12/26 10:18


初稿
(2008/12/26)


初稿
(2009/01/06)


話休題十四、よくある晦


 感想を下さった緋桜さん、韻さん、有難うございます。それから、楽しみに読んでくださる皆さんも有難うございます。


 そろそろ〆に入りたいと思います。


 オーサーもディも置いて、フィッシャーの手を取った理由は次回。


【十五、よくある裏切り】


 感想・批評・酷評大歓迎です♪
 今後も楽しみにしていただけるように、精進したいと思いま「僕の出番は?」


 えーと、なんだ。オーサー?オーサーの出番は…「そろそろあるよね?アディを助けられるとしたら僕しかいないでしょ」
 いや、ほら、オーサーは場所知らな「薬屋のお姉さんとかディとか怪しいよね」
 べ、別に何も怪しくないってばっっっ


 次回こそ出番があるかどうかは賢者に聞いてクダサイ!では(脱兎
(2009/01/06)



131 01/05 18:38
132 01/05 18:47
133 01/05 21:38
134 01/06 20:06
135 01/06 20:11
136 01/06 20:17
137 01/06 20:19
138 01/06 20:22
139 01/06 20:26
140 01/06 20:33


初稿
(2009/01/09)


話休題十五、よくある裏切り


 感想を下さった韻さん、緋桜さん、有難うございます。それから、楽しみに読んでくださる皆さんも有難うございます。


 今回はちょっと頑張りすぎて一話に話が収まらなくなった…orz


 ぶっちゃけ大きな戦場って書くのも見るのも苦手。一対一が好きです。


 次回は、
【十六、よくある裏事情】


 刻龍も一枚ではないという話の予定。これでアディを狙う者がはっきりするといいなァ


 感想・批評・酷評大歓迎です♪
 今後も楽しみにしていただけるように、楽しく書いていきたいと思います。


 すいません、今回もオーサーは出られませんでした。過去話が長すぎた…!


141 1/9 7:40
142 1/9 7:43
143 1/9 7:46
144 1/9 7:48
145 1/9 7:52
146 1/9 7:56
147 1/9 7:58
148 1/9 7:58
149 1/9 8:02
150 1/9 8:07


話休題十六、よくある裏事情


 いつも感想を下さる緋桜さん、有難うございます。それから、楽しみに読んでくださる皆さんも有難うございます。
 そろそろ終わらせたいなぁと思う今日この頃←


 一部の方々、お待たせしました!
 やっとオーサーが合流。合流方法は次回に気が向いたら入れます(ェ


 賢者は変態にするつもりはなかったんですが、まあ彼もいろいろと事情があって変態なんですよ←やっぱり変態か


 前回ご指摘いただいたんですが、今後もここで入れる予定がないのは貴族同士の呼び方(あらすじだから)。
 ・フィッシャー(愛称、フィス)
 ・イェフダ(愛称、イフ)
 理由は文字数を縮めるため(マテ
 冗談はさておき、幼少からの付き合いなので愛称があるだけです。


次回、


【十七、よくある系譜】


 感想・批評・酷評大歓迎です♪
 今後も楽しみにしていただけるように、楽しく書いていきたいと思います。


 今読み返して気付いた。人称と視点が崩壊してますねっっ。が、頑張ります。
(2009/01/14)


151 1/14 12:27
152 1/14 12:30
153 1/14 12:31
154 1/14 12:36
155 1/14 19:06
156 1/14 19:17
157 1/14 19:21
158 1/14 19:41
159 1/14 19:55
160 1/14 20:01


初稿
(2009/01/14)


初稿
(2009/01/26)


話休題十七、よくある理由


 長くなったので一旦区切ります。


 感想を下さった韻さん、緋桜さん、寝逃げさん、氷室 神威さん、くるみりさん。
 それから、楽しみに読んでくださる方々も有難うです。
 少しずつ本編として推敲しつつ(あらすじなので)皆様の感想を参考にさせていただいてます
 おかげさまで良いものが書ける予感がしてます♪


 やる気がでつつも、展開に悩む毎日です。どこにオトすか!(そこか


次回、


【十八、よくある古地図】


 あ、現在地をまだ書いてないことに今気が付いた。それも次回で明かせるといいなぁ。


 感想・批評・酷評大歓迎です♪
 今後も楽しみにしていただけるように、楽しく書いていきたいと思います。


 「一言感想委員会」として、皆様の作品ももちろん楽しみにしてます♪
(2009/01/26)


161 1/26 19:15
162 1/26 19:22
163 1/27 07:18
164 1/27 07:18
165 1/27 07:21
166 1/27 07:24
167 1/27 07:26
168 1/27 07:29
169 1/27 07:31
170 1/27 07:39


初稿
(2009/01/30)


話休題十八、よくある古地図


 感想を下さった韻さん、寝逃げさん、緋桜さん
 それから、楽しみに読んでくださる方々も有難うです♪


 人称が書きながら混乱しているんですが、読んでいる方大丈夫ですか?


 配置とかもいろいろと気にして書くようにした割に、
 紅茶どこいった…!
 …ラリマーが片付けたということで。優秀な執事さんなので、気配を感じさせずに動くのが得意です


次回は、


【十九、よくいる神官】


 不敵な賢者が嫌っている神官が出ます


 感想・批評・酷評大歓迎です♪
 今後も楽しみにしていただけるように、楽しく書いていきたいと思います
(2009/01/30)


171 1/30 23:13
172 1/30 23:57
173 1/31 01:07
174 1/31 01:27
175 1/31 02:35
176 1/31 02:47
177 1/31 02:54
178 1/31 02:58
179 1/31 03:05
180 1/31 03:10


初稿
(2009/02/06)


改訂
(2010/05/31)


改訂
(2010/06/07)


公開
(2010/06/18)


改訂
(2010/06/18)


改訂
(2010/07/02)


公開
(2010/07/09)


公開
(2010/07/23)


公開
(2010/07/30)


改訂&公開。
待ってくれている人も流石にもういないかもしれないけど、お待たせしました。
少しずつ完結目指して更新していきたいと思います。
(2012/1/26)


改訂
(2012/02/01)


公開
もうちょっとで、折り返しですから!
(2012/02/02)


改訂
(2012/02/06)


公開。
あらすじではこの辺りからオーサー編というか王宮編を書いていたのですけど、ちょっと順番を入れ替えたいと思います。
とりあえずはしばらくアディの話が続きます。ディもちょっとずつ遠慮がなくなります(え
(2012/02/08)


こめんと閲覧

  • ごめんなさい。
    嘘つきました。
    まだ読破出来ません。~(笑)


    なので。
    途中までの感想をお届けしたいと思います。


    ~180まで。
    アディのモテモテっぷりが、見てて気持ち良いですねw
    しかも本人は無自覚という、主人公クオリティ。(笑)


    ストーリーも、複雑になってきて、謎が謎を呼ぶ展開。
    ものすごーく気になるところなんですが、アディを取り巻く恋愛模様の方についつい目がいってしまいます。~


    個人的にはディが好きですが、やはりオーサーに頑張ってほしいですね。
    「弟」宣言は不憫すぎる。(笑)


    これからも応援してます。
    執筆活動がんばってください。~
    (2009-03-12 21:01:00 ILMA)
  • 【~160】
    変態だったのかwwや、でも好きだよフィス
    オーサーかっこええなあ……
    アディとオーサー、二人の絆大好きです
    (2009-02-26 21:54:00 ぼんぼり)
  • 【~140】
    ちょ、ま……!ディ最近かっこよくないですかあれ?なんかかっけえよディ!
    (2009-02-25 21:35:00 ぼんぼり)
  • 【~130】
    アディの意外な秘密にびっくりしましたΣ(oдo艸)
    これからますますおもしろくなりそうでわくわくです~
    (2009-02-24 16:00:00 ぼんぼり)
  • オーサあああああっ~~~(もはや声にならない
    そして、オーサーの愛の告白~を完璧聞いていないアディさんっ、君、な ん て ざ ん こ く なΣ( ̄□ ̄;
    オーサーは戻って来てから何か積極的過ぎる気がします、アディに会えなかった分を取り戻そうとしてるみたいですね、素敵(*゜▽゜)
    じっくりまったり読んだ結果、人称大丈夫なように思われます。
    (2009-02-02 22:23:00 緋桜)
  • (180まで)
    む…報われないよ、オーサー~
    私だったらオーサーにあんな風に言ってもらえると物凄くときめきますが。
    実は、オーサーの再登場に気を取られて、私の中ではすっかりディの影が薄かったんですが…
    注目されてたじろいでるディが可愛かったです(´∀`)
    (2009-01-31 19:27:00 韻)
  • 今回の話は眠た眼にはちときつかったのですが……最後にまとめて回答してくれてたので理解しやすかったですω`)Thanks
    これから伏線の回収など大忙しだと思いますが、頑張って下さい。


    イフの感情の染みだす様が面白かったですよwww
    (2009-01-31 09:33:00 寝逃げ)
  • (170まで)
    オーサー、格好いい~
    ちょっ、どうしちゃったの!~格好いいよ、オーサー~~
    アディは突き放そうとしてますが、オーサーの意志は強いですねー(´∀`)
    オーサーの身を案じるあまりきつい口調になってしまうアディも…胸がきゅんってします←
    ツンデレですなあ~
    気になったのは、「アディの知っている限り~」の一文です。
    知っている限り、だけでいいんじゃないかな?と思いました。
    「いや目の前で」と続ける必要はないように思います。
    (2009-01-29 21:08:00 韻)
  • アディが つ ん で れ に見えて仕方ないです、そしてかわゆいです(*゜▽゜)
    オーサーの強情なところにもきゅんっときます~
    この二人のやりとりを見てると、幼い頃から連れ添った関係って良いなぁと~
    オーサーとアディもやっぱりお似合いです、可愛い二人だと思います~


    一つ気になったのは「オーサーが格好よく見えてしまう」の一文ですね~
    日本語としては間違って無いですが、三人称で「格好良い」は単純な言葉な気がします。
    顔の描写をしっかり書いてから……いつもとどう違うかを比較する方が、読者にとってみれば親切かなぁと。


    取り敢えず二人がかわゆければ良いです~(何
    (2009-01-28 05:25:00 緋桜)
  • いつも思うのですが、修飾量が適度で読み易いです。
    それはさておき。
    アディとオーサー、二人とも引く気配すら感じさせない言い合いから相思相愛なんだなwと感じました。
    まったく裏山ですたいww
    (2009-01-27 20:22:00 寝逃げ)
  • (162まで)
    アディ可愛いー~~
    殿方はみんな目を奪われますな
    私もキュンキュンしました~
    そしてちょっと強気?なオーサー、アディの言う通り、すっごく格好いいです~
    褒められて照れるアディも可愛くて、とにかく今回はキュンキュンしっぱなしでした~
    次は何やら明かされそうで楽しみにしてます(´∀`)
    それにしてもオーサーがいるとテンション上がります~←
    (2009-01-26 23:51:00 韻)
  • とにかくとてもおもしろいです!世界設定が細かく作られていてすごい!
    魅力的な世界に、グッと引き込まれて一気に読んでしまいました。
    キャラクターたちの関係の変化にもドキドキしちゃいます!
    作りこまれた素晴らしい良作です!
    今後の展開にも期待してます。


    ただ、あえて欲を言うならば、人物の動きなどに関する描写をもう少し増やして欲しいな、と思いました。
    今ここに、誰と誰がいて、誰が何をしていて、誰がどの位置ににいるのか…。
    会話をしている人物以外が存在を消してしまっているときがあって、ときどき混乱してしまいます。
    さりげなく人物の位置関係の描写を入れたり、視線、仕草やクセの描写を入れると、キャラも空間も生きたものになって、読者が想像しやすく、物語に入りやすいかと思います。
    素人のごく個人的な意見ですが~
    文字数などの関係もあるかもしれませんが、読者としては、もう少しヒントを入れてくれるとありがたいです。


    とはいえ、とても完成度の高い作品!これからも楽しみにしてます!!
    (2009-01-24 16:49:00 くるみり)
  • まだ途中までしか読めてないっす(泣)
    読み終わり次第べべーんと感動を報告したいと思っております←本気


    とか言いながら今の時点で感動しちゃってるのは内緒です



    あとお茶大丈夫ですか?
    火傷してなくて良かったです
    ちなみに自分は今朝紅茶こぼしちゃいました(´▽`)
    友人に「貴族な香りがする」と言われ盛大につっこませてもらいました(笑)
    (2009-01-21 22:56:00 氷室 神威)
  • 描写が丁寧で絵として想像しやすいですω`)
    同時に印象に残りやすく、とても読みやすかったですよ。
    (2009-01-16 17:37:00 寝逃げ)
  • オーサー(*゜▽゜)
    オーサーあああああっ~~~(何やら絶叫
    久し振りに出て来たなぁと思ったら、期待を裏切らない か っ こ よ さ にときめきました流石だ素敵だ、オーサー~
    アディのことを「アデュラリア」と呼ぶシーンなんて心臓が危うかったです~
    そうですねぇ……一つ気になったのは「方向性が嬉しくない」という部分でしょうか。
    後の文で意味は分かるのですが、具体的に書くと更に良かったかなぁと思いますね~
    フィスの暴走っぷりも見ていて面白いです~
    (2009-01-15 21:31:00 緋桜)
  • (160まで)
    まず最初に…
    ありがとうございます(゚∀゚)~
    オーサー来ましたねっっ~~
    しかもめっちゃくちゃカッコイイです~
    アディのことが本当に大事なんだなーって思います。
    お互いに思い合ってる2人の関係がすごく素敵~
    オーサーの気持ちをアディに素直に受け止めてほしいとも思いますが、アディがオーサーを危険に晒したくない気持ちも分かる~
    アディとオーサーがどのように行動するか楽しみです(^^)
    (2009-01-14 20:57:00 韻)
  • アデュラリアを是非ともお姉様とお呼びして付き従って良いですか(*゜▽゜)
    かっけぇえですね、アデュラリア様(様付け~
    「名前も言うことも似ていたが、よく見ればどうも別人らしい」
    という文章に少し違和感を感じました~
    フィスとフィッシャーが似てるってこと……ですかね~
    主語が省かれていて、少し読みにくかったです~
    オーサー、早くアディの元へおいで(笑)
    (2009-01-11 20:24:00 緋桜)
  • ちょ……何て展開~~~Σ( ̄□ ̄;
    あああああ、まさか内部犯~だったとわ~
    予想外の展開に痺れ、なおかつアディに対するディさんの優しさに痺れました婿に下さ(やめなさい
    オーサーはどうなったの~とは思いますが、きっとまた出て来ると期待してます(*゜▽゜)
    アディには酷な話ですが、「壊れていく」だけでは少し物足りないかなぁと。
    村の壊れいく様子をもっと残酷に描いたら、更にアディの悲しみが伝わるのでは無いかと思いました~
    そろそろ佳境ですかね、続きが気になる今回の終り方は秀逸だと思いました~
    (2009-01-07 23:12:00 緋桜)
  • 〔133まで〕
    ディとアディの絡みが好きです(*^_^*)
    アディが可愛かったです~
    アディを守りたいディの気持ちがさり気なく、でも分かりやすく表されていて、もう本当にディがかっこいい~の一言に尽きますね
    しかし私はやっぱりオーサーが大好きなんですよね~←
    オーサーの出番を楽しみにしてるんで、よろしくお願いしますよ?((おま
    (2009-01-06 18:46:00 韻)
  • (130まで)
    オーサー割り込んで下さいよ~是非~(*゚∀゚*)←
    ディはやっぱりかっこいいですねー
    慌てるアディも可愛いです~
    (2009-01-04 14:41:00 韻)
  • わぁ(*゜▽゜)
    ディさん再登場~嬉しい限りです(≧∀≦)/
    待ってたぜ、ディさん~
    てな訳で今回も、ディさんのかっこよさを堪能させて頂きました……ふふふふ(怪
    んー、いつぞやも指摘したことなのですが。
    物語の語りが三人称なのか一人称なのか安定していない印象を受けます。
    「アディは」「私は」二つの主語が有り、三人称にしては「全然関係無く」などくだけた表現が目立って違和感を感じました。
    (2009-01-03 22:17:00 緋桜)
  • 感想&好きな点:ディさん か っ ち ょ い い(ぐはっ
    さり気なくマントを掛けてあげるって貴方……男前過ぎるだろ畜生(*゜▽゜)
    てな訳で改めてディさんのかっちょよさに惹かれました。
    そして、今後出て来るのかかーなり不安です~~~
    オーサーもそうなんですけど、また出て来て欲しいなぁ。
    置いてかれたとしても追って来そうですがね(笑)



    気になった点:「どうしてとどうしようもないことがぐるぐる回る」この一文に違和感を感じました。
    少し言葉足らずかなぁと。
    「どうして」はアディの気持ちであり、この文は並列なのでしょうか。
    そうだとしたら、「どうしてと思う気持ちとどうしようもない事実がぐるぐる回る」
    私ならこう直します。
    「~と~が~する」という文章は二つの体言が用意されて無いと違和感を感じます。
    どうしてという言葉だけだと体言とは言えないので、違和感を感じました。
    (2008-12-19 11:00:00 緋桜)
  • 【117まで】
    ババ抜きに負けちゃうオーサーが可愛いです( ̄ー ̄)~
    オーサー出番はありませんでしたが…。残念~
    ディも格好良さを遺憾なく発揮してくれちゃってますねー。
    うはうはです(何
    (2008-12-16 23:52:00 韻)
  • やっぱりアディはオーサーを置いていくのですね(´;ェ;`)
    仕方は無いとは言え、オーサーが少し可哀相と言いますか~~~
    またアディとオーサーが邂逅するのを楽しみにしておりますっ(*゜▽゜)
    ディさん、相変わらず男ですねっ~
    アディにお似合いだとも思いますが私も狙って良いですかっ~(おまっ


    一つ言わせて頂くのならば。
    「どんな状況でも体質には勝てないものである」という一文でしょうか。
    個々人の体の性質と言うよりも、睡眠は基本的欲求と言う方が良いんじゃないかなぁ……と思いました。


    素敵な殿方に囲まれるアディが羨まし過ぎまっす~
    (2008-11-30 18:09:00 緋桜)
  • オーサーァアアア~
    良かったぁぁぁ~
    ディに傾いていた私ですが、やっぱりオーサー好きです~
    むしろアディがディとくっついて私がオーサーと(ヤメロ
    ずっとオーサーを心配してたアディがどうしようもなく可愛く感じてしまいました
    彼女にはあまり自分を責めてほしくないです~
    それにしてもオーサーが回復して本当に良かった~
    (2008-11-26 00:36:00 韻)