うちの学校にはとても珍しい会長がいる。もちろん、ちゃんとした生徒会選挙で選任された、生徒からも教師からも信任の厚い会長だ。
会長の容姿に関して、多くを口にするつもりはないが、成績優秀は当然ながら、実家の剣術道場で師範代を務める程の実力者であるのは間違いない。文武両道を地で行く会長を、俺はとても尊敬している。
だが、どんな人間にでもひとつぐらいは欠点があるというのを俺が思い知ったのはある秋のことだ。いや、それを欠点とするか、長所とするかは判断の分かれることかもしれない。
少なくとも俺にとって、あの秋から会長の頭の上に鎮座しつづける二本の白く長いうさぎのような耳は、目の上のたんこぶだ。会長の魅力は外見ではなく内面からくるものと知られているが、そこに外見の可愛さまで追加された会長は、現在のところ次代の会長に影響を与えるほどに最強となってしまった。
「願い事……」
普段なら生徒会の定位置でノートと算盤を広げて、会計の仕事に追われている俺だが、今日に限っては何故か長方形の青い色紙と黒いサインペンを手にしている。これは先ほど件の会長から渡されたものだ。
そして、俺にこの難題を渡した会長はというと、いつもの会長の机に座って、俺に渡したものと同じ大きさだが、桃色の紙に何かを書いている。
その会長の席の後ろには校庭を一望できる窓があり、その向こうには常にはない青い葉が揺らめいている。ほんの一週間前まではなかったそれは、どうみても笹の葉で、校舎の二階に位置する生徒会室から見える辺り、その大きさが伺えるというものだ。例年ならば、体育館に入る程度の大きさの笹を入荷していた。だが今年に限って、会長は大きな笹を無断で発注し、全校生徒に願い事の短冊を書かせるという暴挙に出ている。
普通の会長ならまだ、その願いはわかりやすいのかもしれない。あるいは、会長が同性の男であれば、まだ書いている内容の予想も着く。だが、異性であるうえにいつも突拍子も無い発想に振り回されている俺には、会長が至極楽しそうに走らせるペンの描く願いをわかりたくない想い半分、あきらめ半分。
「できたっ」
笑顔で会長が書いたばかりの紙をどこぞの副将軍の付き人がもつ印籠のように掲げるのを、ため息で応えてしまった。
「あ、何ためいきついてるの」
「まさか、世界中の人に兎耳が生えますように、なんて書いてませんよね」
俺が最大の懸念を口にすると、会長は口端を上げて笑う。
「あはは、まさかそんなこと」
「ですよねー。まさか良識ある会長がそんなこと願う訳ないですよね」
「せいぜいこの学校レベルよ?」
「書いたんですかっ!?」
つい、手元のサインペンを握る手に力が入る俺に、会長は笑って冗談だと言ったが、書いても不思議がない変人だという自覚はないのだろうか。
「キミは何を願うの?」
笑顔の会長は楽しそうに俺に問いかける。答えなどわかっているだろうに。
手元のサインペンを走らせた俺は、会長が立ち上がったことに気がついていた。いつもいつも驚かされると思っているのだろうか。
「俺の願いは決まってます」
「でしょうね」
耳元で会長の声が聞こえたので顧みると、会長が隣に座る所だった。俺は会長が座るのを待って続ける。
「会長が無茶をしませんように」
これ以上の問題はごめんです、と俺が言うと、会長は少しだけ目を見開いてから、本当に嬉しそうに笑った。その花開く様に胸が少しだけ高鳴ったのは、きっと気のせいに違いない。胸の疼きを抑えこみ、俺はたぶん始めて、会長に笑いかけた。