1. 君はもういない
俺の口に冷たい塊が放り込まれるのを見つめ、彼女はがっくりと肩を落とす。
「あぁ、食べちゃった~」
「おまえが食べろって言ったんだろ」
「うぅ……っ」
「ダイエット中だから代わりに食べてくれって」
「言ったけどぉ」
泣きそうに見上げてくる彼女は別に太っていないし、ガリガリに痩せているわけでもない。身長は俺より頭一つ分小さく、簡単に押さえ込める。
「じゃあ、おまえも食べるか?」
少し考えた末に、彼女は小さな拳をぎっと握りしめ、虚空を見上げた。
「あなたはもういないけど、」
「いや、いるでしょ」
「あなたの犠牲を忘れず、私は必ず痩せてみせるわ!」
全く人の話を聞かない彼女を抱き寄せる。
「おまえが痩せるとこの抱き心地がなぁ」
脇腹に激痛が入り、俺はその場に蹲った。そういえば、彼女が以前拳法習ってたとか言ってたのを思い出した。
「絶対、痩せるっ!」
天に誓いを立てる彼女の背中を痛みに耐えながら、俺は小さく笑った。ま、これで五度目だからな。
2. 偽りの言葉
学祭で賑わう校舎内を歩きつつ、がぶりと頭から鯛焼きにかぶりつく。片腕には袋で肉まんを抱え、その腕には彼女が必死にしがみついている。問題は、胸の感触が。
「足りない」
ぽつりと呟いた言葉を彼女がぎろりと睨みつける。
「それだけ食べてて、何が足りないってのよ」
「いやいやそれじゃねぇよ。おまえ、余分なトコ痩せてねぇ?」
「は?」
僅かに腕を動かすが彼女は気づかない。はぁと息を吐き、人気のなさそうな屋上階段まで誘導する。
「ダイエットもいいけど、無理はするなって言ったよな?」
「無理なんてしてないよ」
「食事は三食ちゃんととれって言ったよな?」
彼女の眉間がきゅっと締まる。つまりは。
「いつから食べてない」
ぎろりと睨むと彼女が居竦む。
「き、昨日の朝は食べた、よ」
「今朝は」
目線をそらす彼女の顔を両手で挟む。
「無理矢理ダイエット終わらせんぞ、こらー!」
「ぎゃー! ごめん、ごめんなさいっっっ」
その後、謝り倒してきた彼女を学祭の食巡りに付き合わせたのは言うまでもない。
3. 死にたがり
女ってのはなんでこうダイエットなんかしたがるのか。男からすれば、ガリガリに痩せた女よりも多少ふくよかな方が抱き心地が良くていいんだけどな。あ、でも標準体重を軽く超えるようなのは論外な。俺は健康的な女が好きなんだ。
「死にたい……」
朝から教室でそう彼女が零しているので、しかたなく付き合う。
「なんで」
「昨日の夜計ったら、朝より一キロも増えてた」
彼女はダイエットをしたいというわりに馬鹿だと思う。
「な、知ってるか?」
泣きそうな顔をする彼女の頭を優しく撫でてやる。
「朝の体重が人間、一番軽いんだぜ」
4. 朝なんてこなければいいのに
学内クリスマスパーティー前夜、彼女から電話がかかってきた。
「どーした? まさか明日来ないなんていうなよな。エスコート役の俺を一人にさせないでくれよ」
軽口で気を紛らわせてやろうとしたが、どうも向こう側の様子がおかしい。
「……何があった」
「ドレスが、入らないの」
涙色の声に俺は何も言えなかった。
「頑張ってダイエットしたのに、去年のドレスが入らないの。可愛いって、言ってくれたのに」
ごめんね、と彼女の謝罪の声が届く。
「……朝なんて、来なきゃいいのに」
「馬鹿いうな。このためにダイエットしてたんだろ?」
「でも、ドレスが入らない」
時々なんで彼女とつきあっているのかわからなくなる。まあ、こういう馬鹿な所が愛しいからかもしれない。
「な、この一年で身長何センチ伸びた?」
「……5センチ……」
「体系もかなり変わったよな」
「ふ、ふとった?」
「グラマーになった」
「!?」
「心配しないで、とりあえず寝とけ。そんで、明日の朝一で届くから、それ着て来い」
彼女の疑問の声を聞きながら、最後に一言。
「おやすみ」
さて、俺も明日を楽しみに寝るとするか。
5. 届かない気持ち
雪の降り出してきた会場外で息を吐き出すと、白い塊がもやもやと視界を覆った。会場内では既にファーストワルツがかかっているが、彼女の姿はまだない。
「はーっ」
自分の手に息を吹きかける。
彼女はまだ来ない。ドレスはちゃんと届いているはずだし、彼女の母親からも陽気な連絡をもらっている。事故のニュースもないし、なにより彼女の自宅には迎えの車も回してある。これでまだこない理由があるとすれば、彼女が駄々を捏ねているだけだろう。ま、ここまでして来ないというのなら俺にも考えがあるんだけどな。
会場内から聞こえる陽気な音楽に興味はない。早く来ないものかと待ち望みながら何度目かの白い息を吐き出すと、ヒールがコンクリートを踏む足音が近づいてきた。
「待ちくたびれて凍えるかと思ったよ」
「ご、ごめん」
雪の妖精みたいな白いドレスに白いファーコートを羽織った彼女の腰を引き寄せる。
「サイズ、ぴったりだな」
「うん、なんで?」
「俺が彼女のサイズを知らないわけないだろう」
「……スケベ」
頬を赤らめる彼女の額に軽く口付ける。
「世界で一番可愛いよ」
会場の扉が開かれ、彼女の目が眩しげに細められる。それを見ながら彼女の正面に移動して礼をする。
「とりあえず、踊ろうか。お姫様?」
俺の差し出す手に重ねられるほっそりした白い手は仄かに暖かく、冷やさないようにそっと触れると、彼女のほうからきゅっと掴んできた。
「喜んで」
恥ずかしそうに嬉しそうに微笑む彼女は、さっきも言ったけど世界一可愛い。だから、素直に口にした。
「男が女にドレスを送る意味って知ってる?」
少しの間をおいて、彼女の細いヒールのかかとが思いっきり足の甲に降ってきた。俺がここまで苦労した気持ちが届かなかったのかと痛みに落胆していると、微かに唇に熱が触れる。
「しょうがないから、今夜だけね」
染まる頬は桜色、震える彼女の手を強く掴み、俺はたまらず彼女を抱きしめた。
1. 君はもういない
ケーキを食べられたネタは既に終わっていたので(ぇ
他の人に食べさせて食べたフリダイエット作戦。
ちなみに彼女の設定は「チアリーディング部」所属。全然太ってません。
彼氏はどっか適当に運動部ぐらいしか考えてない。
あ~あと、脳内絶賛VitaminZ前夜祭中なので、軽く金持ち学校の設定があったりします。
(2009/02/16)
2. 偽りの言葉
彼女を心配している彼氏を書こうとしたんです。
良い具合にギャグになりました。
しかし、友人からも言われたがどんだけ食う気だ、この男は。
(2009/02/16)
3. 死にたがり
今回は小ネタです。
彼女は計算でなく本気でちょっと馬鹿な方が可愛いといい。
(2009/02/16)
4. 朝なんてこなければいいのに
今回は本気で次に続くための伏線です。
馬鹿な彼女が愛しくて仕方ない彼氏もダメダメだと思います。
でも、楽しい。
(2009/02/16)
5. 届かない気持ち
男が女に服を送るのは脱がせるためと、どっかの馬鹿が(たぶんゲームで)言っていたような気がします←
設定がVitaminXと同じなので、クリスマスはなんとか舞踏祭があります。
エスコート相手がいないと参加できない、でも全員強制参加の恐ろしいイベント。
とりあえず、このバカップルはこれにて終了です。
(2009/02/16)