「重罪だ」と誰かが言っていた。人魚を皇帝から匿えば、死罪だと。だが、彼女が殺されると知っていて、どうして引き渡せよう。
「大丈夫かい? もう少しで海に着くから、辛抱してくれ」
俺の腕の中で、フードにすっかり顔を隠した人魚は弱々しく肯いたように見えた。既にその体は最初に逢った時よりも一回り小さくなって、かなり軽くなっている。彼女が言うには、だんだんと魚に近づくのだと言っていた。
人魚は死ぬとき、魚に還るのだと。
「もうすぐで海だよ、
一晩歩き続けて、ようやく風に塩の匂いが混じってきた。でも、彼女の呼吸は既に弱々しい。最初は怒鳴ったりもしていたのに、その気力も無いようだ。
「もうすぐだからね、
俺の声が聞こえていないのか、腕の中ではただ荒く喘ぐ吐息だけが聞こえてくる。
無駄なことかもしれない。だけど、俺は
「もうすぐ…
腕の中で喘ぐ声さえも聞こえなくなって、俺は足を止めた。
「
心配になってフードを覗き込んだ瞬間、ざくり、と妙な音がした。腕の中に赤い液体がぼたぼたと落ちて、彼女を赤く赤く染め上げてゆく。それは、俺のーー血。
喉を潰されているのか、声も立てられない。彼女が俺に喰らいつく。貪る様子は既に出会ったときの弱々しさは無く、俺は痛みの中で安堵しながら、両目を閉じた。
ーー人魚は人間を喰らうと人間になるという。
死に行く俺の目の前で、先ほどまでとは違う人間の足をもった彼女がしっかりと地を踏んで、立ち上がった。
水の中と外の恋を書こうとしたら、狂気になった。
自分で書いてて怖くなってきたので、ここまで。
(2009/08/24)
公開
(2009/09/07)